第百二十八話 王都のアクアディア子爵家別荘へようこそ! 二
セレス達と別れた俺はレストさんに連れられ男風呂と言うところへ向かった。
湯気が立ち上る風呂の横に小屋のようなものを見つける。
「こちらで着替えるようになります」
レストさんが先導し木でできた小屋の扉を開け俺に入るように促す。
中は外から見たよりも広い。
木の匂いがするが普通の木ではないのは明らかだ。
「木の匂いがいいですね」
「おお、これがおわかりに」
「これは今の大和皇国から直接取り寄せた一級品らしいぜ。あんまお目にかかれるもんじゃねぇぞ? 」
隣に来たガイさんがそう言いながら自慢する。
誇らしげな顔をしながら俺よりも前に行き服を脱ぎだした。
「ガイ、お客さんが先ですよ? なに先に入ろうとしているのですか」
「いいじゃねぇか。な! 」
「え、ええ」
「わかってるじゃねぇか」
「はぁ全くガイは。ささ、お早めにお着替えを」
急に俺に話を振り同意を得る。
いきなり声をかけられたせいか曖昧な返事になってしまった。
が、気にする必要などなく一瞬にして風呂に入る準備が出来たようだ。
俺も服を脱ぐとレストさんが木でできた棚に置いてある籠を持ってきて、入れるように指示をしてくる。
「こちらに入れておいてください。後程洗濯してお返ししますので」
「……そんなに早く乾くのですか? 」
「大丈夫でございます。乾くまでの間、替えの服をご用意いたしますので」
レストさんがそう言いながら服を回収した。
臭いがきついだろうに……。申し訳ありません! と心の中で謝りながらレストさんから風呂の方向へ顔を向けた。
俺は――貴族出身者やお金持ちはやらないようだが――所謂生活魔法で自分の服を綺麗にしたり臭いを消したりすることが出来る。
だが俺は今戦闘後で、しかも大量の魔力を消費し無理に体を動かしたせいか疲労感が酷い。今生活魔法を使ったら確実に倒れるだろう。よって洗濯消臭のような諸々の作業はアクアディア家の皆さんに任せることにした。
「行こうぜ! 」
ガイさんがそう言いながら立派な尻尾をフリフリしている。
早く行きたいようだ。
その様子に少し笑みをこぼし俺達は風呂へ入っていくのであった。
★
「気持ちいいな……」
「あ“あ”あ“あ”……」
「はしたないですわよ、ケイロン」
「エルベルほどじゃないよ」
全員が彼女の方に諦めた目線を向けた。
「うひょひょひょひょ! 精霊様がいっぱいだ!!! 」
精霊が視える彼女は狂乱しながらハイテンションでタイルの上を裸で踊っていた。
視えない人からは彼女が何をしているのかはわからない。
いつも付き合わされている種族の輪のメンバーは恐らく手を伸ばした先に精霊がいるのだろうと勘づくが、一緒に入っている使用人達はドン引きの状態で彼女を見ている。
「あ、あの。お嬢様。あのお客様は一体……」
「ええ~っと。精霊狂いのエルフってところですわ」
「精霊狂い、ですか」
「タウ家縁の人と言えばわかる? 」
「ヒィッ! タ、タウ家?! 」
彼女達の反応でタウ家が余程問題のある貴族家なことが分かったスミナ。
が、同時に今の異常行動を見たらそれも仕方ないと思う。
弁論の余地もない。
「あ、お風呂は走らないでください!!! 」
「うひょー! 火の精霊様お待ちをー――!!! 」
『な、なにこいつ! 私達が視えてる?!』
『なんか目が怖い! 誰か助けて! 』
『まて。このエルフは触れないようだ。ここはじっと待って……』
「素敵な体ですね! 土の精霊様ぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
『『『変態だぁぁぁぁぁ!!! 』
精霊達が逃げまとう中、彼女らは隣の風呂へ通り抜け――
「へぶしっ!!! 」
ギギギギギ、バタン!!!
男湯と分けていた仕切りと共にエルベルがこけて倒れた。
そしてその先には……。
★
「ふぅ……疲れが取れる」
「癒されるぜぇ」
「いい湯ですねぇ。ほほほ」
「本当だな」
「「「……あれ??? 」」」
レストさん指導の元俺は体を洗いお風呂に浸かっていた。
お湯につかるということがここまで気持ちいいとは。
肩まで浸かると更に気持ちいいとの事だったので更に深く沈む。
ああ……。癒される、と思っていながらレストさんとガイさんと共に浸かっていたらいきなり目の前に龍人族の男性が浸かっていた。
いつの間に、と思ったが今更だ。知らない間に誰かに見られているなんていつもの事だ。恐らくこの家の諜報員か何かだろう。気配の消し方からして。
「「だ、旦那様! 」」
主人かよ!!!
すぐに立とうとする従者二人を手で制して止める。
「かまわない。少年は初めてだな。俺はコウだ。コウ・ドラゴニル・アクアディア子爵家当主。いつもうちの狂乱娘が世話になってるな! ハハ! 」
「は、初めまして! お、私はアンデリックと言います。先日騎士爵を拝命しアンデリック・セグを名乗らせていただいております! 娘さんにはいつもこちらがお世話になっております!!! 」
緊張しながらの挨拶。
よくよく見るとセレスとは真逆な感じだ。
発達した筋骨隆々な体に巨大な透き通った青色の角。色からして水龍人だろうことがよくわかる。
平常時のセレスを冷静沈着と取るなら熱血感あふれる印象を受けた。
「振り回されてばっかりじゃないか? 興味のままに行くからな、セレスティナは」
「それ以上に助けられています! 」
「否定はしないんだな、ハハハ!!! 」
体つきとは逆にハンサムな顔で笑い俺の失礼ともとれる言葉を笑い飛ばす。
肩まで伸ばした青い髪を湯舟の外縁に敷き詰めた岩に垂らしながら豪快に。
そして金色の瞳がこちらに向いた。
「省くが……今回は大変だったな」
「ええ、全く。まさか古代神殿探索がこんな事態になるなんて思いませんでした」
「そりゃそうだ。もしそれが分かるのなら流石の俺だってセレスティナを西の森に行かせてねぇ」
はぁ、と少々溜息をつきながら上を向き独り言のように口を開く。
「久しぶりの子だったもんで一族総出で喜んだんだがな。甘やかしすぎたか……」
「いいえ、旦那様! これからですぞ! アンデリック様がおります」
「そうだな。色んな意味で期待しておこう! 」
そう言うとこちらに顔を戻してニカッと笑った。
何の? と言いたいところだが口を紡いだ。
聞いたら大変なことになりそうだからだ。一見すると筋骨隆々のハンサムダディだが権力の片鱗を見せているアクアディア子爵家の当主だ。変に言質を取られないようにしないと。
「そういえば……」
と、セレスパパが口を開こうとすると隣から騒ぎ声が聞こえた。
エルベルの声だ。
それを聞き俺は顔を片手で覆い項垂れる。
「なんだ? 騒ぎか? 」
「むむ、旦那様。もしもがあったらいけません。おさがりを」
「ご当主。俺が様子を見てきます」
「ちょ、お前、事に乗じて可愛いセレスティナちゃんの裸を見るつもりか?! 」
「何言っているんですか?! 違いますよ、外から声をかけてみるだけですよ」
変に勘ぐる水龍人に一言入れ俺が仕切りの方へ行き何が起こっているのか確認しようとする。
が、正面から意外な者——精霊が多数こっちにすり抜けてぶつかった。
「うわっ!!! 」
ぶつかった衝撃と驚きで飛び跳ねて一歩後退する。
『あ、ごめん! ってあれ? 』
『もしかしてこの人も視えてる? 』
『今さっきぶつかってなかった?! 』
『え、本当だ! 触れる! 』
俺の周りをぐるぐる回ったかと思うと次は体を触ったり髪を引っ張られた。
い、痛い。地味に痛い。
「何が起こってるんだ? 」
「さて。まさか精霊関係でしょうか? 」
「何人か精霊が俺の周りを、痛っ! ちょっ! 引っ張るな! 」
『なにこれ面白い! 』
『まさか大精霊の加護持ち! 』
『珍しい! 』
俺の不思議な行動と変な方向に動く髪の毛を信じられないと言った表情で見るアクアディア家の人達。
振り払うように手を動かすが、その手も小さな手で握って遊ぼうとする。
「やめっ……」
「へぶし!!! 」
やめろと言おうとした瞬間エルベルの声と「ミシミシ」と言う嫌な音が聞こえてきた。
「おい、まさか……」
どんどんと音が大きくなり――俺の脳天を直撃する。
その先の桃源郷を見ることなく俺は意識を手放したのであった。
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