第十話 宿屋『銀狼』 五
真面目な顔をしてこちらを向き、告げる二人。
その圧倒的なまでの雰囲気に俺達は飲まれていた。
これから話すことに有無を言わさない、といった意思が感じられる。
「なぁ兄ちゃん達。正直薬草採取とゴブリン退治の事、どう思ってる? 」
「ふぇ? それは……」
「簡単な依頼、と思ってるでしょう? 」
「え……まぁ……」
図星を突かれ、少し気まずい顔をする。
「森……この辺だと林になるが、薬草と言っても多種多様だ。特徴的な形をしてるもんなら、まぁ見分けるのに苦労はしないんだが殆ど雑草のような物もある」
「持っていったら、間違っていたり、ね」
「あれは酷かった……。まさか受付が新人で薬草と雑草を見分けれず調合師に持っていったら雷が落ちたもんな」
「あの後責任をその冒険者に押し付けて……」
「おおっと、話がずれてたようだな。だが、これはまだ良い方だ。森や林は時にモンスターになる。単純に迷って出れないこともあれば、意図しない形でモンスターと出くわす場合とかな」
懐かし気に昔の事を話す二人。
経験則か、やたら詳しい。
しかし……これは脅威だ。
森や林は確かに危険なようだ。浅いところならまだしも奥へ行くとどこを歩いているのか分からなくなるってじいちゃんがいってたし、な。
「ゴブリン退治は更に難易度が上がります。体格の弱弱しいゴブリンと言えど剣等を持ち、集団で襲ってきますので」
「考えてみろ。そこら辺のガキが鉄製の剣を振り回してくるんだぜ? 大人が取り押さえに行っても集団で来られたら流石に少しは怪我するだろ? それに魔石の回収もしなきゃならねぇ。死んだ相手とはいえ、体を捌いて取るんだ。相当に心に来るぜ? 」
「……慣れるまで大変です。それに加え倒したゴブリンの血にひかれて他のモンスターや動物が来ることもあります」
分かりやすい例えでガルムさんが補足する。
確かに……。
これは甘く見ていたかもしれない。
ここまで考えないといけないのか。
「俺達に兄ちゃん達を止める権利はねぇが……せめて危険を察知できるほどの力と変化していく状況に対応できる能力。そして何が何でも生き残れる力を手に入れてからでも遅くはねぇんじゃねぇか? 薬草採取とかは」
「最初の内は無茶をしないのが一番でしょう。本来はこうして縛るようなことを言うのはあまり褒められたものではないのですが……最初のお客様がいなくなるのは心にくるものがあるので......」
表情を暗くし、忠告してくれる。
もしかしたら昔何かあったのかもしれない、二人の表情はそう思わせるものであった。
しんみりとした雰囲気の中、床に転がっている銀色の塊がピクリ、と少し動いた。
経験者二人の言葉だ。ありがたく受け取っておこう。
「だわーー!!! 私、復活っ!!! 」
元気に拳を天井に掲げながら、勢いよく立ち上がった。
しかし相当なダメージを受けたようだ。
少し白い肌色に銀色の狼耳が赤くなっている。
「ふぅ、ママも酷いわ。私が普通の人族ならすでに頭は爆散してるわよ」
胸を張る。張るほどの胸はないが……。
どれだけ自分がすごいか主張したいんだろう……だけど単に石頭ってことだよな、それ。
少し呆れたガルムさんとフェルーナさんだったが、しんみりとした空気は払拭された。
「で、どう? 行く? 行く? 行きましょう! 」
白い肌をこちらに向け、詰め寄り聞いてくる。
どれだけ行きたいんだよ……。
隣のケイロンも呆れ顔だ。
「どこに行こうとしているのですか? 」
「ひぃっ! 」
俺達にぐいぐいきている所で、フェルーナさんに問いただされるフェナ。
その白い右手がフェナを掴もうか悩んでいる。
やはり何かあるのだろう。少し顔に困惑と怯えが見える。
「い、いやぁ~その……お客様である美少年? とお兄さんに町を紹介しようと思って……。ほ、ほら! この宿に来たということはこの町初めてかもしれないじゃない? 一か月も滞在するのよ! 町を知ってもらっても罰は当たらないわ! 」
「……それは良い心構えですが……晩御飯の用意に掃除はどうするのですか? 」
うぐっ! と詰まるフェナ。
なるほど、仕事から逃げるための口実に町を紹介したい、と言い出したのか。
なんとも……。
確かに善意百パーセントで言っているのではない事は雰囲気からわかっていた。
だが、こうも上から目線で言われると釈然としない物がある。
「今日くらいは良いんじゃないか? 今日はこの近くだけだが、兄ちゃん達がどこに何があるのか確認する必要はあるだろ? 町の中の依頼を受けるなら」
「……確かにそうですが」
「新しい町に慣れるのも、重要だろ? 」
少し困った顔で悩むフェルーナさん。
腕を組み、首を傾げる。尻尾は前の方まで曲がり、悩んでいる様子を表している。
彼女としては単純に人手が足りないのだろう。
家にも見えるこの宿。
思っている以上に広範囲なのかもしれない。
「俺が出来る所は俺がやるから、よ」
「ありがとう! パパ! 大好き!!! 」
ガルムさんが代わりに仕事をすると肩を窄めながら申し出た。
その言葉に一早く反応し、物凄い勢いで受付台へ走っていき、飛び込んで抱き着く。
ドッ!!! と殺せなかった勢いがそのままガルルさんを襲った。
も、物凄い音が出た、な……。
だが特にダメージは伝わっていないようだ。そのまま抱きしめ返している。
見ているこちらからすると、少し顔が赤くなるような――しかし和む光景だ。
ジト目のフェルーナさんの瞳で今の状況に気が付いたのか顔を赤くしながらも抱き着いてきたフェナを離し、落ち着く。
「はぁ、仕方ありませんね。ではお客様方、娘をよろしくお願いいたします」
そう言い、頭を下げた。
いえ、町の案内をしてもらうのは俺とケイロンなのですがっ!
まさか連れて行くだけで問題が起こる……何てことはないよな?
かなり不安になりながらも「いえいえ、こちらこそ」と言い、申し出を受けた。
フェナはフェナで親の了解が出たことがよっぽど嬉しいのか、金色の目を輝かせ銀色の尻尾をぐるんぐるんと回していた。
そこまでして働きたくないのか……。
若干ジト目で見る。
俺達の目線に彼女は気付いていないようだ。
そしてフェルーナさんの目線にも気付いていない。
しかし本人は今にも行きたくて仕方ないようだ。
「じゃぁ行くわよ! 」
彼女が声高らかに言う。
俺達は腕を掴まれ半ば強制的に宿の外へ連れ去られていった。
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