第百十二話 アース公爵家 四
「こちらになります」
ガドリアさんが離れの扉の前で止まりノックする。
何か中から合図があったのだろう、扉を開け俺達を中へ誘導した。
外からもわかるがそこまで大きな住処ではない。
こじんまりとしており内装も質素そのものだ。
ちょっと高価な普通の家、と言うのが印象だ。
が、印象に騙されてはいけない。
ここは貴族の屋敷だ。どこに地雷となるものがあるかわからない。
「普通だな~」
「「「ちょっ!!! 」」」
エルベルが思ったことを口にして俺とスミナが口を塞いだ。
距離を詰めたせいか当たっているが気にしない。
それよりもこれ以上変なことを言われたらしょっ引かれる。
「ほほほ、大丈夫でございますよ。大旦那様はそのようなことで怒ったりはしません」
ガドリアさんがこらちに振り向きにこやかにそう告げた。
そう言われても気が気でない。
本当にきもが冷えるとはこのことだ。
ガドリアさんが振り向いた体を再度反転させ前を進み俺達も慌ててついて行く。
そしてその先に一つの扉があった。
「旦那様、お客様をお連れしました」
ガドリアさんが耳を澄ませて入室許可を確認した。
どうやら入ってもいいようだ。
彼が扉を開け、俺達を中に入れる。
部屋の中も、貴族にしては普通である。
横にメイド三人執事三人を置いて――真ん中には誰もいなかった。
あれ? 先代当主様は?
少し混乱していると扉が閉まる音と共に迫りくる気配がする。
「え? ガドリアさん? 」
カツカツカツと進み、俺達の横を過ぎていく。
俺達より前、つまり使用人達よりも前に行きソファの前に行くと腰を折り下から何か取り出そうとしている。
何が、起こってるんだ?
そして一つの横長い木版に【ドッキリ大成功】と大きな文字と書かれていた。
「私——わしが先代アース公爵、カーター・アースじゃ」
「「「……えっ??? 」」」
★
気が抜けた顔をした俺達の顔が余程面白かったのだろう。
声を上げ爆笑しているガドリアさんこと先代カーター公爵様。
「え? ということは今まで執事長だと思っていた人はガドリアさんで? え、でもガドリアさんは? 門番で、あれ? 」
「はははははは! 大成功じゃ! ほぉれ、わしが言った通り全員騙されたじゃろ? 」
「呆れてものが言えません。普通に招いたらいいでしょう」
「それじゃ面白くないじゃろ? それに仕込みのおかげで馬鹿一匹連れたんじゃ。僥倖僥倖」
状況を把握するためにカーター様と使用人達の話を聞く。
馬鹿一匹とはあの門番の事だろう。
え、じゃぁあいつが左遷されてから先代公爵が門番してたの?!
誰か止めてくれ……。
ならあの後ろの控えのような人達はもしかすると護衛だったとか?
ややこしい!
「ケイロン、セレス。先代アース公爵閣下を知らなかったのか? 」
「うう“……。正直初めて拝見したよ」
「ワタクシもですわ。会う機会が殆どなく、ワタクシ達が物心つくころにはすでに隠居されておりましたので」
「隠居するような歳には見えないけど? 」
「それは、魔族の血が少し流れているからじゃよ。それで少しだけ長命で若々しく見えるんじゃ」
小声で話していたが聞かれていたようだ。俺達の疑問に答えてくれた。
人族と思って油断した! 最近これが多い気がする。
でも見た目は五十代くらい何だよな。
一体何歳なんだ?
「乙女の年齢を邪推するなんてお主達も命知らずよの」
「え? まさか女性?! 」
「違います。カーター様は正真正銘の男性です」
「おい、こら簡単にばらすな。引っかかってくれるところじゃったのに」
正体をばらしたメイドに言いながら肩を降ろすカーター様。
本当に……いたずら好きなんだな。
「それにドラグ家とアクアディア家を挑発するようなことはおやめください。心臓に悪いです」
「ま、最悪どっきりをやめてガドリアに化けたままやり通すのも面白いかと思ったが、今がタイミングじゃと思ってな」
「え、ガドリアさんと言う方は架空の人物じゃ? 」
「それは私です」
そう言い執事の一人が一歩前に出て背筋を伸ばしこちらを見る。
「私が本物の執事長ガドリアです。以後よろしくお願いします」
「「「よ、よろしくお願いします」」」
五十代くらいだろうか、この人が本物らしい。
実は違う貴族の先代当主が、とかいうオチはないよな?
さて、と一息つきカーター様が真剣な眼差しでこちらを見る。
「まず、我が孫を助けてくれてありがとう。心より感謝する」
「「「ありがとうございました! 」」」
ちょっと頭を下げて礼をいうとそれに続き周りの使用人達も礼を言った。
正直少し恥ずかしい。実際に助けたのは俺ではなくて組織を壊滅させた人達だからだ。
「お主の困惑は分からなくもない。だが孫を助け出すきっかけになったのは事実。お主の行動が無ければあの人身売買組織を壊滅させることは出来なんだし、それよりも孫を救い出すことは出来なんだ。もちろん他の面々にも相応の報酬は払っておる。気にするでない」
俺の心を見透かすようにそう告げた。
「それにしてもジルコニフも気がきかんのう。あんな大金直接渡す必要ないじゃろうて。銀行に振り込めばいいものを……。ま、それはそれじゃ。あれを」
小さく溜息をつくカーター様に苦笑しながらも執事の一人が机に置いたそれを見下ろした。
「この大きな袋と小さな袋は一体? 」
「両方ともアイテムバックじゃ。小さい方に大きい方をいれると何かと便利じゃぞ? 騎士爵を手にしても冒険者を続けるのではないかとみて用意しておったのじゃ。普通は爵位を持ったら職を探すんじゃがの……」
少し呆れながらそう呟き目の前の袋に手をかけた。
小さな方に大きな袋を詰め込んでやってみせるカーター様。
て、手慣れてやがる。手品の用だ。
「で、次じゃ。家名をどうする? 」
そうだった。衝撃が大きすぎて自分が貴族になってしまったことを忘れていた。
どうしようか。地名にちなんだ方がいいのだろうか。
俺がいた村は正式にはドラグ伯爵領セフェム村だ。
ならセフェム? いや、村長がそんな名前だったような気がする。
ドラム? いやいや、ありそうだ。
なら……。
「セグと言うのはどうでしょうか? 」
「……貴族名簿を」
また違う執事が大きな冊子を幾つか持ってきてそれをめくり調べるカーター様。
そして苦い顔をしてこちらを見る。
え? あったのか? もしくは過去に没落がした貴族の苗字とか?!
額に汗がにじむ。
長い数秒を過ごしたのちにカーター様がゆっくりと口を開いた。
「無いの! 」
「無いんですかい! あ、すみません」
「構わん、構わん。じゃ、アンデリック・セグで登録しておくがいいかの? 」
「よろしくお願いします」
無駄にじらされ精神的に消耗した俺は「また話し相手になってくれの~」と言うカーター様に見送られながら屋敷を後にした。
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