第百五話 一日目終了
セレスが雑貨屋の商品を貴族買いした後、ルータリアさん先導の元、レストさんがやってきた。
挨拶もほどほどにレストさんが大袋を取り出して商品を詰め込む。
すると店の中の物は何もなかったかのようになくなり閑散とした。
買い物も済んだということでお婆さんと別れを告げ俺達は次の場所へ。
レストさんとルータリアさんはいつの間にか見えなくなっていた。本当にいつの間に?
次の場所に行くと言ってもどこに行けばいいのか分からない。
もう殆ど買い物が済んだようなものだからな。
「ケイロン。どこか寄りたい場所はある? 」
「ん~ぱっとみて何も思いつかないな」
まだ何も買っていないケイロンと俺が市場を散策していた。
セレスは「これから本を読み漁ります」といいエルベルとスミナもそれに続いた。
何でもセレスが買った雑貨の中に精霊に関する本や有名な細工師が作った物があったらしい。それを貸してもいいということで二人共宿に戻った。
「あ! あれ見て! 」
露店が作る道を行くとケイロンが声を上げ指を指した。
その方向を見ると一つの色とりどりの大きな天幕が張られており多くの人が騒いでいる。
「何だろう? 行ってみようよ! 」
「ああ、行ってみるか」
ケイロンの言葉に乗っかかり俺は人だかりができている方へ向かった。
★
商業区を中心にしてみると北西の方向に王城が西の方向に中央広場がある。
中央広場を更に西に行くと貴族街があるのだがそれとは反対側、つまり商業区を東に突き進むと市場や小さな広場がいくつもある。さらに行くとバジルの町へ繋がる東門に行くのだが今回はそれよりも少し冒険者ギルドに近い方向——南の方向へ行っていた。
そしてそこで行われていたのは……。
「凄い、凄い! あれ見て! なんで浮いてるんだろ! 」
「熊が浮いているだと?! 」
「水がまるで生きてるように動いてるね! 」
「魔法か? だがあそこまで繊細な魔力操作……一体だれが……」
俺とケイロンがその集団を遠目で見ると宙に浮いて水芸をしている熊を見た。
まぁ本当に熊が水芸をするわけでもないので恐らく着ぐるみか何かだろう。
多くの人が集まっているせいか俺達は宙に浮いている熊しか見えないが地上でも何かしらすごい事が起こっているようだ。
前の方から絶叫に近い熱狂的な歓声が聞こえる。
「何をやっているんだろ? 」
「分からない。だが多分熊よりもすごい事なんだろうな」
純粋にすごいと思いながらも宙を浮く熊を見ていたら更に歓声が上がる。
「水が……龍に!!! 」
「……なんだろう。分かった気がする」
「我々は水龍サーカス団でございます。皆さん! 是非アクアディア! アース公爵領アクアディアでお会いしましょう!!! 」
やっぱりか。それにしてもこの声どこかで聞いたことあるな……。
遠い目をしている俺の顔を不審に思ったのかケイロンが黒い瞳を下から覗かせた。
「どうしたの? 」
「いや。今この瞬間、夢から覚めた気がしただけだ」
ふ~ん、と言いながらケイロンはまた前を向き次の演目を待ち遠しいようにキラキラした目で見る。
気付かないのか?! ケイロン! 多分この中で一番彼らの事を知っているのはお前だぞ?!
だがキラキラした瞳を見ると正体についていうわけにもいかず俺も前を向く。
空中に「アクアディアでお会いしましょう」と書かれた色付きの水を戻して本当に終わったことを示す水龍サーカス団。
もしかしたら次があるかもしれないと思って終わったのに残っている群衆。
時間が経つにつれて完全に今日の演目が終わったのが分かったのだろう。徐々に人だかりが解散していった。
だがその顔には興奮が残っていた。
「凄かったな! 」
「ええ。王都でまさかアクアディアから出ないと噂されてた水龍サーカス団を見れるなんて」
「今年は運がいい」
「本当だ。音楽旅団もいることだしな」
「早く音楽旅団も演奏始まらないかな~」
そんな彼らが横を通りながら俺達も足を商業区へ向ける。
群衆に飲まれたらいけないので俺とケイロンは少し横にずれて彼らが去るのを待つ。
すると同じように考えたのか一人の耳の長い人——エルフが横に来た。
「……いいものを見ることが出来ましたが、この人混みの移動は災難でしたね」
「ええ」
いきなり声をかけられ吃驚し、そっけない返しになってしまった。
ケイロンも自然と声をかけてきたその人に驚いたのか声が出ない様子だ。
だがそれも束の間、ケイロンは彼が持っている道具を見た。
「ハーブ? 吟遊詩人ですか? 」
「ええ。しかしお客さんは水龍サーカス団に取られてしまいましたがね」
苦笑いをしながら一つポロンと小型の湾曲した道具に手をかけて奏でた。
ふわりと風が吹くと帽子についてある大きな鳥の羽が揺れる。
自然と音だけが流れてそれに合わせるかのように少年は口を開いた。
「近々王都で良くないことが起こりそうです。予感、予感。嫌な予感。逃げるも一手、抗うも一手。はたまた巡り合わせで違う未来も。貴方にクレア―テ様の導きがございますように」
そう言いエルフの少年はどこか消えるように行ってしまった。
「何だったんだろう」
「さぁ……。何か不吉なことを言ってたが。これから何かするつもりか? 」
「犯罪者……には見えないね。何より堂々としすぎている」
「結局何が言いたかったんだ? 」
「分からない。ま、一旦戻ろう」
俺達が移動する頃には人の波はなくなっていた。
★
水龍サーカス団天幕の中。
「ふぅ今日もお疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!!!」」」
そこには色々な種族の人達がいた。
顔料で顔を染めた赤と白の服のエルフ族に熊の着ぐるみを首から上だけのけている龍人族。
「今回の王子殿下の誕生祭に間に合うかと冷や冷やだったが、間に合って何よりだ」
「そうですね、隊長! 」
隊長と呼ばれた獣人——ガイは腕で汗を拭い簡易的な椅子に座る。
今日は彼は土を使った芸を披露していた。
だから体中が土塗れだった。
「あ、あの~私出来てましたでしょうか? 」
「完璧だ! これからもよろしく頼むぜ!」
不安げに口を開いたのは龍人としては年若い――それでも百歳を超えている――女性だった。
彼女の首から下は熊の着ぐるみだ。
つまり浮いていた熊というのは彼女ということになる。
「俺達の副業も時には役に立ちますね」
「ああ、稼げるし万々歳だ」
「これから王都や他の領地でもやりませんか? 」
「稀にやってるだろ? 」
「それ以外にですよ。この稼ぎですよ。もっと儲けれるじゃないですか」
そう言い猫獣人の女性が袋をゆさゆさと揺さぶり鳴らす。
が、それを他の団員が否定した。
「アクアディアでの仕事に差し支える。無理だな」
「副業は副業ってことですね」
「ま、副業が認められているだけでもありがてぇ」
「きついですがね」
「「「ははは」」」
こうして彼らは天幕を畳みアクアディア家の別荘へ人知れず帰って行くのであった。
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