第八話 宿屋『銀狼』 三
フェルーナさんの声に導かれ俺達は階段を降り、一階へ向かった。
もふもふしている金色の尻尾が美しい……。
「ねぇ、デリク。変なこと考えてない? 」
「え? そんなことないけど」
そう? とだけいい、一瞬こちらを振り向いたケイロンは再度前を向く。
だが彼自身も右に左に揺れる尻尾に夢中のようだ。
目が尻尾の動きを追っている。
わかる! 分かるぞ! その気持ち!
あのもふもふ! 抱き着くとさぞ気持ちいいのだろう!
流石ガルルさんの妻なだけはある。
物凄いもふもふ具合だ。
魔性の女ならぬ魔性のもふもふだ!
ガルルさんの尻尾ももふもふだが、フェルーナさんの尻尾も素晴らしい!
元気よく揺れるその様はまるで光の道を創っているかのようだ……。
流石ガルルさんを射止めたほどはある。
ふぅ……神はここにいたのか……。
ガルルさんの銀色もふもふとフェルーナさんの金色もふもふ……合わせて金銀夫妻といった所か。
一人そのもふもふ具合に感嘆しながら木製の階段を下りる。
一階へ行くと、そこには丸い机に丸い椅子。
その上に置かれたお椀の上にはサンドイッチが綺麗に並べられており、水が用意されていた。
「お昼も過ぎ夕食も近くなることから少なめの食事にしました」
俺達に着席を促し、そういった。
「し、白い……パン……ですか! 」
「ええ、そうです」
ニコリとして返事をする。
何やら簡単そうに言うが、基本的に庶民には手が届かないもののはずだ。
司祭様がそう言ってた。
ケイロンも驚いているようだ。
目の前に置かれた野菜が挟まれたパンを見つめている。
「す、すごい、です、ね。どこから仕入れているのですか? 」
「企業秘密です♪ 」
「確かパンは水辺の工房で作られてるはず、なんです、が」
「企業秘密です♪ 」
笑顔が……怖い。
どこから仕入れているのか、明かさないつもりだ。
「フフン! 驚いたでしょう! このパンは、ムグー!!! 」
フェルーナさんは途中で話に入ってきたフェナの口を押えた。
そのまま拳骨を落とし、フェナが沈黙する。
口から魂のような物がみえるが大丈夫だろうか?
何やら重要なことのようだが、これ以上追及すまい。
ケイロンもフェナの様子を見て諦めたようだ。
元より強靱な肉体を持つ獣人族、その中でも強い力を持つ狼獣人の一撃を今日で三度見たのだ。
これで諦めない程、バカじゃない。
だが……
「このパン。宿をするより売った方が儲かるんじゃないですか? 」
素朴な疑問を投げつける。
白パン自体、貴族の食べ物というほど高価だ。
だが少なくとも宿のメニューにするということは、値段を抑えられるのだろう。
ならば数を揃えれて売りに出せばパン屋としてやっていけるのでは?
「他のパン屋さんに恨まれそうなので」
少し困ったような顔でフェルーナさんが言う。
頭に疑問符を浮かべているとこちらをみたケイロンが俺の疑問に答えた。
「デリクの村もそうだったかもしれないけど、基本僕達が食べるのは固い黒パンだよね? 」
「そうだけど? 」
「で、黒パンは大体水につけて柔らかくして食べるのが普通」
「ああ」
「で、この柔らかく美味しそうな白パンだ」
「どういうこと?」
「つまりこの白パンをパン屋で出すと――数量を限定しても、他のパン屋を廃業させ、恨みを買うかもしれないってこと。それに、もしその製法を知っていたら何が何でも製法を聞き出そうと暴力に訴えかける人達もいる」
「え……えぇ?! パンに! 」
「それだけ価値があるってこと。それにまだ暴力なら何とかなるかもしれないけど……」
「けど? 」
「あらぬ噂を立てて、陥れようとする人達が出てくるかもしれない……」
その言葉に愕然とする。
そこまでするのか!
都会、恐ろしいぃ!!!
「そういった理由もありますが……夫が宿をやりたいというので」
と、良い顔で言った。
こっぱ恥しいのか、カウンター席で顔を少し赤らめ頬を掻くガルムさん。
仲の良い事で。
談話を楽しみながらも、俺達は早速食事を始めることに。
「「クレアーテ様の恵みに感謝して」」
創造神へ向けた食前の祈りを行う。
手を組み、少し黙祷した。
そして白いパンを手に取り、口にいれる。
美味しぃぃぃ!!!
ふっかふかや!
食べたのか一瞬分からなかった!
溶けるような感じだ。
中に挟んでいるレタスとハムの食感でやっと分かったくらいだ!
ハムも最高!
何の肉かは分からないが、とても美味しい。
食べたことのない味だ!
塩味が効いてて、口の中を蹂躙していく!
レタスのみずみずしさも過度なしょっぱさを緩和しているようだ。
半分くらい食べ、水を一口。
村では味わえない食べ物に驚いたと共にその美味しさから手がとならない。
ぱくぱくぱく、と食べ一瞬にして机の上にある食べ物がなくなった。
「ふぅ……美味しかった」
「ありがとうございます。サンドイッチを作った甲斐がありました」
「それはよかったわ! 私が手伝ったもの! まずいなんて言わせないわ! 」
フェナが自慢げに、胸を張る。
そう聞くと何故だろう。
一つ一つに味の違いがあるような気がしてきた。
不思議だ。
「何よ! その反応! そっちのお姉さんはともかく、お兄さん! 失礼でしょう!!! 」
ブフォ―――!!!
ゲホッ! ゲホッ!
ケイロンが、むせた。
手に持っていた木製のカップを机に置き、苦しそうにしていた。
「ケ、ケイロンがお姉さん! ハハハッ! ケ、ケイロンがお姉さん」
俺も笑いが止まらない。
お腹を抱えながら、蹲る。
ひぃー、ひぃ……。
腹が痛い。
顔に出てしまったのは申し訳ないが、それ以上にフェナが申し訳ない事を言っている。
「ケ、ケイロンは男だよ、フェナ」
「え? ええ???? 」
フェナが混乱する。
俺達二人を見て、訳が分からない、といった表情をしている。
「た、確かに美男子だけど、男だろ、どう見ても」
「え? だって……」
「……フェナ。これにはやんごとなき理由があるのだと思いますよ」
未だに混乱しているフェナに母であるフェルーナさんが言う。
やんごとなき理由というのがいまいち分からないが、フェルーナさんは最初からわかってくれていたようだ。
十歳の女の子には判別が難しかったようだ。
むせかえっていたケイロンが復活した。
「これでも一応男だよ、フェナさん」
「本人も、そういってんだ。フェナ」
ケイロンの言葉に、ガルムさんが言葉を乗せる。
何か訴えるかのような顔で愛娘に言うが、当のフェナはチンプンカンプンのようだ。
難しい顔をして、未だに混乱が続いている。
羞恥のせいか、むせかえったせいか肌白い顔を真っ赤にするケイロン。
金銀夫婦とその娘は何やら話し込んでいるようだが、よくわからない。
向うの状況を放置したのだろう、ケイロンが俺の方を向いて口を開いた。
「さて、これからどうしようか? 」
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