第八十五話 セレスティナ・ドラゴニル・アクアディアという女性
奇しくもケイロンの知り合いと宿で出会ってしまった俺。
貴族の子女ということもあってかなりビビっていたが、「そう言えばケイロンも貴族の子女だったな」と思い出し「今更か」と感じた。
セレスティナと呼ばれた女性がケイロンに出てくるよう促していたので受付台から諦めたかのようにケイロンが出て挨拶してるとガルムさんが一言。
「出来れば部屋でやってくれねぇか」
「俺じゃなくて本人に言ってください」
小声でやり取りをした後、俺はケイロンと青い麗人に声をかけ、ケイロンの部屋へ行くことにしたのであった。
★
「さて僕の仲間達を紹介するよ。こっちがアンデリックことデリクでこっちがドワーフ族のスミナ。そして……こっちがエルフ族のエルベル」
「「「よ、よろしくお願いします」」」
ケイロンの紹介で俺達が挨拶し頭を下げた。
水龍人のメイドが紅茶を入れ『銀狼』に設備された机に置く。セレスティナとケイロン、そして俺達の前だ。
席は本当は一つしかなかったがそれぞれの部屋から一個ずつ持ってきた。流石に後ろに控える執事さんやメイドさん、そして騎士の方用の椅子が無かったので彼らは座れていない。
もっとも俺達もセレスティナに座るように言われなかったら座らなかったが。
なんで俺達も座ってんだよ……。
曰く、ケイロンの友人を立ったままにさせるわけにはいかないとか。
「こちらこそよろしくお願いします。私は龍人族のセレスティナ。アクアディア子爵家の長女でセレスティナ・ドラゴニル・アクアディアという者でございます。ケイロンのお友達との事。私の事は気軽に『セレスティナ』とお呼びください。以後よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!!! 」」」
主人の娘なのだろうセレスティナがペコリと小さく頭を下げながら挨拶すると他の家臣団も挨拶した。
野太い声と透き通った声のハーモニーだ。
何だろ。この場違い感。絶対これ俺がいるべき空間じゃないよね?!
「ティナはどうしてここに? 正直言ってここが宿だとわかるのに苦労したと思うんだけど」
「ええ、確かに苦労しました。そこにいる大食漢のルゥが「お嬢様! ここからいい匂いがします! 食べに行きましょうよ!!! 」と言わなければこちらの方向に来ませんでしたし看板の絵を見ないと宿と気付かなかったです」
「お嬢様。それは秘密のお約束では......」
ルゥと呼ばれた獣人メイドが声を上げ否定すると周りの雰囲気が少し和らぎ笑う人も出てきた。
思ったよりも話しやすそうな人だ。
いやむしろダメだ。ここで気を緩めたらエルベルが暴走してしまうかもしれない! 何としてもこれだけは避けなければ!
「ルータリアさんも相変わらずだね」
「ケ、ケイロンお嬢様! 何てことを言うんですか! 普通ですよ普通」
「普通の人は一般獣人の十倍の食事はとりません。むしろなんであれだけ食べてその|体型なのですか。羨ましいです」
精一杯ルータリアさんが否定するも漏れ出る情報から察するに言い逃れは出来ない。
確実に大食漢だ。
俺が緊張で少し震えながらケイロンの方をちらっと見ると黒い瞳をセレスティナに向けていた。
「宿を探してたの? 」
「ええ色々と回ったのですがどこも一杯で」
「別荘は? 」
「この町にはないのです」
ふーん、と頷き考え込むケイロン。
何を考えているケイロン。厄介事か? 変なこと考えてないよな?!
頼むから無事にこのお茶会を終わらしてくれ。
「ならさ、僕の家の別荘を使ったら? 僕の方から伝えておくから」
「いい案です。お嬢様。早速お言葉に甘えましょう! 」
「何を言っているのですかルゥ。しかしそうはいきませんぞ、ケイロン嬢」
ケイロンの言葉に反応したのは水龍人の執事だった。
立派な水色の角に白髪と筋肉質な体の男性が金色の瞳を向ける。
「恐らくケイロン嬢のことですから自分はこの宿に泊まってセレスティナお嬢を別荘に泊めるつもりでしょう」
「ま、まぁ……」
「そのようなことをしたと旦那様方にバレれば我々の首が飛びかねません。是非我々を守ると思ってここに泊まらせてください! 」
「わ、わかったよ。だから落ち着いいてくださいレストさん」
「分かっていただけたようで何よりです」
そう言い下げた頭を上げた。
何というか……濃ゆいな~。
貴族ってこんな感じなのか? もっと硬く怖いイメージだったんだが。
「どのくらい泊まる予定? 」
「一応一泊はとっているはずなのですが」
セレスティナがちらっとレストさんへ瞳を向けると頷いた。
「ケイロンはどうするつもりで? 」
「うぐっ! それは……」
「まさか、流石にエレク王子殿下の誕生パーティーに出席しないことなんてないですよね」
「……急病で休んじゃダメかな? 」
「何を言ってるんですか。ダメに決まってるでしょう。それにドラグ伯もお見えになる事でしょうしどの道逃げ場はないと思いますが」
王子殿下の誕生パーティーだったのか。
それで最近貴族の家紋が彫られた馬車を多く見たんだな。
だがケイロン。それは流石に抜け出したらいけないでしょう。
と、いうかもしかしてセレスティナが現れなかったら『急病』を使う予定だったのか?!
『なんか久しぶりな気配……が、す……る』
「大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁ! ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 」
「「「うおっ!!! 」」」
トッキーの声が聞こえたと思うとエルベルが奇声を上げながら壁に激突した。
『……お邪魔しました~』
「後で説教だ!!! 」
トッキーは少し慣れたのかエルベルに注意を払わず俺達に――俺以外には聞こえないが――謝罪してすきぬけるように出ていった。
最近エルベルのトッキーに対するアプローチ手段が増えた気がする。
エルベルも興奮が収まらないのか「バン! 」と扉を開けトッキーが向かった先に「うひょひょひょひょ」と言いながら出ていく。
ドン引きだ……。
なまじ美人が故にドン引きだ。
唖然としながらも一旦アクアディア家の面々の方を振り向き態勢を整える。
普通なら無礼むち打ちだが……。どうしよう、と頭を悩ませる。
頭を手で抱えながら考えているとケイロンがセレスティナの方へ向いた。
「……彼女は『タウの森』の『エルフ』だ」
「なるほど、そう言うことですか」
ケイロンがエルベルの出身地を伝えるとすぐに他全員が「あー」と言って納得した。
それで通じるんかい!!!
頭を悩ませてた俺は何なんだ!
「差し詰めそこに精霊がいたのでしょう。それで興奮極まったと」
「そんなところだよ。いつもの事だから僕達は慣れたけど初めての人は吃驚するよね。それに彼女は『精霊の加護』を持ってるから余計にね」
「てか、今さっきので通じるのか。すげーな。やつら」
「ええ。割と有名な家なので。良い意味でも悪い意味でも」
不意にタメ語で話したスミナが「やばっ! 」っという表情をしたがそれを気にすることもなく会話を続ける。彼女からすれば本当に友達感覚なのだろう。
最初にあった冷たい雰囲気はもうなく、どこか懐の広い貴族なんだと思いながらこのお茶会もどきは終わるのであった。
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