第七話 宿屋『銀狼』 二
俺とケイロンは現れた狼獣人の女の子に驚き、口を開いたまま固まった。
「ふふ~ん! このフェナの美貌の虜になったのね! 」
銀色の尻尾と髪、そして耳を上機嫌に振りながら、そう言う。
彼女を見下ろす形で、動きを止めていると彼女の後ろから金色の尻尾を持った長身の女性が現れ、拳骨を落とした。
「こらっ! フェナ! お客様になんてことを! 申し訳ありません、何分初めてのお客様だったことで彼女も興奮しているようです。申し遅れました。私この宿『銀狼』の女将フェルーナと申します。以後よろしくお願いいたします」
そう言い、頭を下げる。
しかし彼女の金色の尻尾ははち切れんばかりに動いていた。
どうやらフェルーナさんも興奮しているようだ。
だが流石女将。
フェナ呼ばれた十歳くらいの自称看板娘とは異なり、こちらが年若くても礼節をもって接してくれている。
「い、いえ。大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
「僕も大丈夫です、フェルーナさん。これから一か月ほどお世話になります」
「ありがとうございます!」
一か月、という長期間滞在を聞いてか物凄い勢いで顔を上げ笑顔でそういった。
彼女が顔を上げると鉄拳制裁を受け、頭を抱え蹲っていたフェナがよろよろと立ち上がり金色の瞳でこちらを見た。
「嬉しいわ! 感謝するわよ! 」
ゴッ!!!
もう一撃フェルーナさんからの一撃が下った。
どうやらフェナのこの口調は地のようだ。
治る見込みがないな。
「あ~すまねぇな。フェナは少し……甘やかして育ててしまったのか、話し方が……聞いての通りになってんだ」
「貴方、人の事を言えるんですか? 」
「……さて、昼食の準備を……」
「作るの私ですけどね」
ガルムさんも撃沈してしまった。
頭を机に突っ伏して、言葉を話さなくなる。
「申し訳ありません、旦那も娘もこのような感じで。お昼の食事時間を過ぎていますが如何いたしましょうか? 作ることもできますが……」
フェルーナさんが仕切り、金色の瞳をこちらに向けてくる。
「是非ともよろしくお願いします! 」
「お昼食べていなかったので……」
ケイロンが言い終わる前に「ぐぅ~」とまた音がした。
顔を赤らめ、逸らす。
「かしこまりました。では作ってまいりますので少々お待ちください」
そう言いフェルーナさんは沈黙したフェナを引き摺り、出てきた扉とは異なる左側の扉を開け金色の長い髪を揺らしながらそちらへ向かった。
「……相変わらずフェルーナは容赦がねぇ」
撃沈状態から復活したガルムさんが日焼けした顔を上げた。
「昼飯出来るまで時間かかると思うが……どうする? 先に部屋に行くか? それとも一階で待ってるか? 」
俺とケイロンは顔を見合わせ、考える。
荷物……と言っても俺の荷物は背負袋だけだしな。
ケイロンは……どうだろ?
彼の方を見ると、特に荷物のような物はなかった。
せいぜい腰の細剣と小袋くらいだ。
と、いうかこの荷物でどうやって旅してきたんだ?!
今更ながらそう思い考えようとしたが、すぐさまケイロンが口を開く。
「ぼ、僕達は先に荷物を降ろしに行こうと思います」
そう言い俺の方を見る。
なるほど、背負袋を心配してくれているのか。
確かに、重い。
非常に、重い。
早く降ろすに越したことはないのでケイロンの意見に同意し、二階にある部屋へと向かった。
★
あわわわわ!!! 咄嗟に言っちゃったけど、どうしよう!
そう思い、僕はデリクを見た。
何か「ありがとよ! 」みたいな顔をしているけど、何か言ってよ!!!
だめだ……。何ともならない。
部屋が一緒じゃなかったらそう気にする必要もなかったんだけど……。
どうにかして誤魔化しきらないと……。いやここは本当の事を言うべきなんじゃないか、な? これはチャンスじゃないんかな?!
あ、でもどうしよう。
隠していたことが原因でパーティーを解散されたら……。
流石に一人で冒険者をするには無理がある、よね。
お金はともかく……いや、大事だけど。それよりも依頼、だよね。
全部戦闘以外だったらいいんだけど……。
万が一! 万が一、緊急招集とかでモンスターと戦うことになったらっ!!!
少し体が震えたかと思うと同時にガルムが銀色の鍵を渡してきた。
それを受け取り、不安なままアンデリックと共にケイロンは部屋へと向かうのであった。
★
「……これは……単なる家の部屋じゃないか? 」
「ま、まぁいいんじゃないか、な? 普通の安宿よりも豪華なのは確かだし」
ケイロンがそう言い、部屋の様子を見る。
この宿の一泊の価格は非常に良心的で銅貨三枚——三百Gだった。
銅貨一枚で安宿十拍出来るので、繁盛しているかどうかは置いておいてその清潔さからすれば十分に安い、とケイロンは考えた。
しかも三食付きで、この部屋である。
広さは通常の煉瓦状の家くらい。
壁は煉瓦で床は木。
調度品は少ない物の机と椅子が一対に、ベットが一つ。
とてもじゃないが銅貨三枚で収まる宿ではない。
ケイロンは何、歩き回ってるんだ?
彼の行動を見て頭を捻る。
何かチャックをしているようだ。
机の裏や下、ベットの周りに頭を突っ込ませたり、壁に耳を当てたりと。
時折短いポニテが垂れ下がる。
「ん~特にないね」
「何してたんだ? 」
「明らかに安すぎるからちょっと警戒を、ね」
「ガルムさんが変なことするとは思わないけどな~」
「いい人っぽいけど、悪人は悪人のような顔をしているわけじゃないからね。普通の人に紛れてとんでもないことしている人もいるんだから、一応警戒しておいて損はないよ」
「そんなもんかな~」
「警戒心薄すぎ」
ケイロンに注意されてしまった。
ま、まぁ警戒するに越したことはないんだろうけど。
健康的な白い顔を少しほころばせこっちを見た。
「調べて何もないんなら、それでいいじゃないか」
「確かにそうなんだけど……なんか引っかかるんだよね」
短い黒い髪を横に垂らしながら、考えている。
一体何が引っ掛かるというのだろうか?
しかし答えが出なかったのだろう、考えるのを諦めたようだ。
「一先ず荷物、おいたら? 」
「あ、あぁ」
ケイロンの奇行のせいか、そう言われ忘れていた重さを思い出す。
急激に重くなった背中の袋を部屋の隅に移動し、置いた。
置くとき気が付いたが、隅まで掃除が行き通っている。
埃が少ない。
ないとは言わないが、少なくとも実家の家よりかは綺麗だった。
背中が軽くなったので、凝り固まった体をほぐす。
腕を伸ばしたり、横に伸びをしたり。
ケイロンはケイロンで自分の剣を日に当たらない所へ置き、腰回りの運動をしていた。
「重かった……」
疲労を、述べる。
二人が凝り固まった体をほぐし終わると、扉から「コンコンコン」とノックの音がし返事をする。
「お食事の用意が出来ました」
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