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豊海ーHOUKAIー 【大人の童話】  作者: 団 卑弥呼
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豊海、姫を救う旅に出る

 翌日。豊海がどうしようか迷っていると、キツネがやってきた。


「今日最後の頼みをされるでしょう。このまま寺で待っていることです。この頼みをやり遂げたら、あなたの望みは叶うでしょう」


 豊海は何が起こるかわからなかったが、キツネの言う通り、寺の縁側でまどろんでいた。すると立派な武人が豊海を訪ねた。昨日の家の主人である、上級役人だった。

 上級役人は、何度も昨日のお礼を述べた。言われる豊海の方が、恐縮するほどだ。


 感謝の意を伝え終えた頃、上級役人が尋ねた。

「ところでお前は、普段何をしている?」

「何もしておりません。私は都に来たばかりで、何をしたらよいか考えているのです」

「お前はなぜ都にきたのだ?」

「代官になるためです」


 それを聞いて、上級役人が声高らかに笑った。

「地方の代官など、志が低い。お前のような立派な若者は、さらに上を狙える。お前、私の部下になるとよい。代官よりもいい暮らしができるぞ」


 願ってもない提案に、豊海は二つ返事で快諾した。豊海はその日のうちに、役人となったのである。


 役人としての身なりを整えるために、豊海は上級役人の家にやってきた。着替えた豊海は、凛とした若武者だった。よもや貧しい村で釣りをして暮らしていたとは思えないほどだ。


 次に連れてこられたのは、宮廷だった。都でも一部の人しか入ることが許可されない神聖な場所。初日に圧倒された建物に、豊海は今入ることが許されている。夢の世界の内側に入れたようで、豊海は現実感が湧かなかった。


 上級役人の執務室などを見学していると、集合の鐘が鳴った。上級役人に促され、二人は急いで中庭に駆け付けた。



 広い庭に、役人が勢ぞろいしている。ただ事ではないと、上級役人がつぶやいた。事態を理解していなかったが、豊海も上級役人に倣った。

 次の号令で、場が一瞬にして静まりかえる。数秒遅れで、館の奥から大王が出てきた。皆が息を殺しながら、第一声を待った。


「非常に嘆かわしいことが起こった。我の可愛い姫が、黄泉の者にさらわれた」

 この発言には、場がざわついた。屈強な戦士たちが取り乱す様を見て、豊海は事態の重さを悟った。さらなる号令で、場が静まる。大王は続けた。


「このままでは、姫は黄泉の国の住人となってしまう。非常に嘆かわしいことだ。そこで腕に覚えのある者は、ぜひ姫を助け出してほしい。もし娘を助けた暁には、国一番の宝と名誉を授けよう」

 大王の言葉を聞いて、豊海の身体に震えが走った。姫を救えば、宝と名誉が手に入る。出世できるだけでなく、豊かになれるのだ。



 号令で解散した後、多くの役人が中庭に残った。そこかしこで、どうすべきか話し合っている。救出後のことを思い描いて顔を輝かす者もいるが、ほとんどが困惑顔。救出方法もだが、黄泉の国まで行きたいと思う者はいなかった。豊海も上級役人とともに、中庭に残った。


「お前はどうする?」

 上級役人が軽い調子で豊海に尋ねた。ひとまず聞いただけ。上級役人が本気にしていないことは、すぐに読み取れた。


 しかし豊海はすぐさま答えた。

「行きましょう」

 豊海の答えに、一気に周囲の視線が集まる。上級役人も我が耳を疑っていた。


 豊海自身、無茶な話だとは思う。しかしこれがキツネの言う三つ目の頼みだと思った。恐ろしいが、豊海に断るという選択肢はなかった。

 上級役人は豊海の勇ましさを称え、全面的な私怨を約束した。周囲の役人たちは豊海の肩を叩き、武運を祈った。



 ひとしきり用意して帰ると、寺はすっかり闇に包まれていた。

 住職にことの経緯を説明すると、キツネはどうするかと尋ねられた。もちろん連れて行く気はない。キツネの世話を頼むと、住職は快諾した。


 豊海が部屋に戻ると、キツネが待ち構えていた。これほど真剣な面持ちは今まで見たことがない。顔つきからして、全てを察しているようだった。

「万事整っております」

 キツネは着物と鎧、刀と弓矢一式を渡した。どれにも見覚えがある。着物は商人の家でもらったものだし、武具は上級役人の家からもらってきたものである。しかし、鎧はどこかが違う。もらってきた時から素晴らしかったが、さらに輝きを放つようだった。

 鎧には見たこともない文様が刻まれている。よく見ると、女の髪の毛を編んで作った糸で刺繍が施されていた。


「気持ちはありがたいが、俺は宮廷で立派な武具をもらってきた。それを使おうと思う」

「なりません。宮廷の鎧が素晴らしいのは、見かけだけです。黄泉の毒気で、一瞬にして溶けるでしょう。この鎧は、黄泉の毒気にも負けぬようまじないが施されています。ぜひこの鎧を着て向かいなさい。きっとあなたを守ってくれますよ」

 豊海が鎧を着ると、瞬時に体へ馴染んだ。まるで第二の皮膚である。本来、鎧とは重く動きにくいものなのに、逆に体が軽いほどだ。


「そしてこれもお持ちなさい」

 キツネは豊海の首に、お守り袋をぶら下げた。

「この守りが、正しい道を示してくれるでしょう」


 用意は万事整った。しかしふと、不安が心をよぎった。いざという時になり、豊海の心に躊躇いが生まれた。

 これから過酷な旅になるだろう。どんな危険が待っているか想像もつかない。命を落とすこともあるだろう。ただの村民だった自分に、姫を救うことなどできるのか。


 その気持ちを知ってか知らずか、キツネが豊海の手を握った。

「あなたなら大丈夫です。すべてが上手く行きます。でも決して最後まで気を抜かずに」


 その手の温かさに、豊海は恐怖心が薄れた。確かに今まで、できないと思ったこともできた。いざとなれば、戦うことができた。今日までの日々で、豊海は何もできない村民から、大きく成長したのだ。

 豊海の心から、不安が消えた。そして翌日。力強い足取りで、豊海は黄泉の国へと旅立つことができたのである。

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