豊海、都へやってくる
都は豊海が想像していた何倍も大きかった。小さな家でも、代官の家ぐらいある。都の中央に鎮座する宮殿は、近所の山より大きいように思えた。豊海は起きながらにして、自分の夢の中に入り込んだのではないかと疑った。
人の数にも驚いた。アリの数より多いぐらいだ。ただ道を歩いているだけなのに、ぶつからないよう頭を使う。故郷の村では、人とぶつかることの方が難しかったのに。
豊海はすべてが目新しいのに、キツネは凛と澄ましていた。その態度は山にいた頃とまったく変わらない。小股でしゃなりしゃなりと歩いている。
むしろ都の人間たちが、キツネを見て驚いていた。
「大陸の女だ」
「珍しい人がいるな」
すれ違う人たちの声が、豊海の耳にも届いた。都のきらびやかな人たちは、羨望と尊敬の目でキツネを見る。大陸の女が珍しいのだろう。その気持ちはわかるが、それにしたって普通の女だ。皆がそこまで驚く理由が、豊海には理解できなかった。
「もし、そこの御方」
身なりが立派な男がキツネに話しかけた。しかしキツネは聞こえないとばかりに無視。男は熟れた柿のように赤くなっていたが、キツネは何事もない顔。いつも笑顔なキツネを知っている豊海からすれば、今のキツネが別人のようだった。
「知り合いではないのか?」
「いえ、まったく」
そう答えたキツネは、豊海に笑顔を見せた。変わらぬキツネの笑顔に、豊海は考えすぎだと思った。
ところで、豊海とキツネは金を持っていない。先の村で、キツネの金も使い果たしてしまった。そこでキツネの進言で、二人は寺に身を寄せることにした。
キツネが選んだのは、今にも崩れそうな都の外れにある古い寺。おどろおどろしい雰囲気で、誰も立ち寄りたがらないような場所だ。キツネ曰く「うるさくない方が、しっかり休める」とのこと。もちろん他にも寺はあったが、どこも豪華な所ばかり。緊張しないですむからと、豊海もこの寺で納得した。
住職はたいそう物腰柔らかな人で、二人を快く受け入れてくれた。支払いができない代わりに、二人は寺のために働いた。太郎は掃除や力仕事をこなし、キツネは炊事や繕い物を任された。
都に来て数日。ようやく豊海も寺での生活に慣れた。
豊海は改めて考えた。これからどうしたものか。都に来たはいいものの、どうしたら代官になれるのか。豊海には見当もつかない。とにかく出世が必要なことはわかった。街中を闊歩する男たちは、肩書で自らを競い合っていた。下の者が上の者を敬う。つまり上にいかなければならない。下にいると、村で代官を敬っていた時と変わらないのだ。
しかし、どうやったら出世できるのか。ちっともわからない。豊海は日がな一日考えていた。気が付くと太陽は西に傾いていた。そして隣にキツネがいた。赤みを帯びた光を浴び、キツネは髪の毛から糸を作っていた。
豊海の視線に気づいたキツネが口を開いた。
「これからあなたは、三つの頼みをされるでしょう。すべて引き受けることです。一つ目の頼みは、明日されるでしょう。弓矢と小刀を持って、中央大通りを歩きなさい」
何のことかわからなかったが、他にすることもない。豊海はキツネに従った。




