豊海、技を磨く
豊海とキツネは、山道を進んだ。相変わらず都は見えなかったが、キツネと旅立ってからは、食べることに困らなかった。
というのも、キツネは狩りができた。大陸から持ってきた剣を使い、木の枝で即席の弓矢を作った。弓矢を使うと、遠くにいる動物も楽に狩れる。獣に襲われる危険もない。
キツネの弓使いは鮮やかで、そばで見る豊海はいつも感嘆の声を上げていた。
イノシシにタヌキ、ウサギにキジ。毎日何かしらの肉が食べられた。海の幸しか食べたことがない豊海はとても喜んだ。
「お前がいると、食べ物に困らないな」焼いた肉を食べながら、豊海は感謝の気持ちを伝えた。
するとキツネはカラカラ笑った。
「あなた様の行く先に水辺がなかったら、どうやって食べるつもりだったのです?」
豊海は目を丸くした。都に海がないことは、全く考えていなかったのだ。行かないとわからないが、当然あるものと思っていた豊海はひどく気落ちした。
「今のうちに狩りを覚えてはいかがでしょう。都に行ったら、使うかもしれませんよ」
「都に獣がいなければ、どうするのだ?」
「なに、空に鳥ぐらいいるでしょう」
なるほど納得した豊海は、弓矢を習うことにした。
キツネの手ほどきを受け、弓を構えた。射るどころか上手く引けず、狩りどころの話ではない。キツネがカラカラ笑うたびに、豊海は顔から火が出そうだった。
「弓が一つしかないのがいけない。自分の弓があれば、もっと練習できる」
豊海が不満をこぼすと、キツネはカラカラ笑った。
「それならお作りになったらよろしいでしょう」
キツネに習い、豊海は自分の弓矢を作った。釣り竿の先端に釣り糸を結びつけたところ、即席の弓が完成した。長年使い込んだ道具に手を加えるのは気が引けたが、このまま釣り竿として持ち歩いても使う機会は少ないだろう。それよりも姿を変えても、また使えると思ったら、今度は嬉しく思えた。
次に小枝を削り、矢を作った。小刀でちょうどいい枝を切る。しかし細い刃では、木の枝一つ切り落とせない。豊海が苦労していると、キツネはカラカラと笑った。そして自分の刀を貸した。
初めての大型刃物に戸惑いつつも、太郎は枝を切った。刃を押し付けても、樹皮がめくれるばかり。キツネに教わったとおり勢いをつて振り下ろすと、細い枝はバサリと落ちた。
次に小刀で、余計な枝や樹皮を削る。魚をさばく以外に小刀を使ったことがない豊海は、慣れない作業に苦労した。ちょっとでも気を抜いたら、ぽきっと折れそうだ。太郎は全神経を刃先に集中させた。
慣れない作業に、豊海は何度も自分の手を削った。痛みにうめいていると、女はカラカラ笑った。
「そんなケガは、薬草ですぐに治ります。早くお塗りなさいませ」
しかし豊海には、どれも同じ植物に見える。海の植物は見分けられても、山の植物はちっともわからなかった。
「どれが薬草だ?」
「そこら中どれでも」
キツネに習い、豊海は薬草を摘んだ。貼るだけでいいというので、傷口に当てておく。すると翌朝には、だいぶ痛みが引いた。
それから太郎は、道中目についた植物の名を尋ねた。キツネはすべてに答えた。いつ咲くのか、どんな効果があるのか。ケガの具合による使い分けまでキツネは答えた。
覚えることは多かったが、豊海は楽しんで聞いた。実際に食べたり使うこともあったので、無理なく覚えられた。
刀や小刀に慣れた頃には、ケガをしなくなった。ケガがなくなった頃には、たくさんの矢が作れるようになった。矢がたくさんあるので、いくらでも練習ができる。動物の気配があれば、豊海はすぐさま矢を射た。最初は届きすらしなかった矢だが、だんだん飛距離を伸ばした。手の痛みがなくなったことで集中して狙えるようになり、だんだん命中するようになった。そしてキツネのように、外すことはなくなった。
狩った動物のさばき方も、キツネに叩き込まれた。料理は女の仕事だと、豊海はつねづね思っていた。しかし「小刀使いが上手くなりますよ」とキツネに言われ、豊海はしぶしぶ承諾した。これ以上手を削りたくないからだ。
練習がてらに始めたが、上手くいかない。最初は肉の切れる感覚にすら恐怖を覚えたが、慣れたら淡々と作業できた。さばくだけでなく、複雑な切り方も難なくできるようになった。ついでに焼き加減やコツを聞いたので試すと、肉がグンとおいしくなった。




