太郎、故郷へ帰る
それからの二人は、馬に乗って豊海の村へ帰った。出てくる時はあんなにつらく苦労した道も、戻る時は一瞬であった。
まもなく村に着くという場面で、キツネは豊海を止めた。
「あなたは、名前を太郎に戻しなさい。そして二度とあの名前を口に出さないことです」
わけがわからなかったが、キツネが言うには何か理由があるのだろう。納得し、太郎へと名を戻した。そして女の言うままに、全ての装備を捨てた。鎧は川へ流し、矢は全て折った。弓は弦を切り、釣り竿に戻した。馬も好きな所へ行けと放してやった。文字通り、太郎と女は身一つになったのである。ここまで来れば山賊や獣が出る心配はなかったので、二人は安全に村へ帰ることができた。
「太郎が女を連れてきた」という噂は、一瞬で村中に伝わった。美しい女を一目見ようと村人たちが押し寄せた。
代官がやってきた時、太郎は内心穏やかではなかった。大王の娘との結婚式前夜に逃亡した事や大陸の女を連れていることがばれれば、都に連れ戻されるかもしれない。罪人として捕まり処刑されないか。代官がいる間、太郎は心が休まらなかった。
しかしそんな素振りは一切なかった。「いい女を捕まえたな」と代官は笑い、太郎の肩をバシバシ叩いて帰った。それだけだった。
なぜお咎めがないのか。太郎は不思議だった。そんな太郎の様子を見て、女はまたカラカラと笑った。
実は都から全国の代官宛に、お尋ね者の手配書が届いた。人相書は太郎に似ていたが、名前が違った。さらに手配書の男は素晴らしい身なりで、若武者として紹介されていた。村でのみすぼらしい太郎とは、一切結びつかなかった。こうして太郎は知らないうちに難を逃れ、全てが解決していたのである。
さて、さすがキツネである。すぐさま村に馴染み、様々なことを始めた。
キツネはまず魚の売買に携わり、正当な報酬を求めた。不当な売買がなくなり、すぐさま村は豊かになった。キツネは商人に計算を教えたので、キツネが手を引いても売買で不正は起こらなかった。
次にキツネは、山から食べられる植物を持ち帰り、それを植えるように教えた。この村で初めて畑が作られたのである。さらにキツネは植物に改良を重ね、農地からの収穫は年ごとに増大した。土地のある者は、大いに喜んだ。
農業だけでなく、キツネは医学にも通じていた。軽傷人には薬草で治療し、重症人は加持祈祷で回復を願った。
次に子供達を集め、教育を施した。金勘定ができる子は商人となり、別の村へと売買を広げた。賢い子は医学を学び、村人たちを癒した。身体的に優れた子は、畑仕事に精を出した。女子たちは村で獲れた作物で美味しい料理を作り、不幸避けのまじないが入った衣を縫えるようになった。
キツネのおかげで、村は今までにないほど豊かになった。しかし大陸では普通に行われていることで、キツネにとっては難しいことではない。
全村民が、口々にキツネを褒め称えた。しかしその様子が、キツネにはお気に召さなかったらしい。ある日を境に、キツネは自分で教えるのは一切やめた。そしてすべてを太郎に教えた。太郎はキツネの知恵を村人たちに教えた。村人たちは太郎を褒めた。
時が移り、太郎が村一番の有識者になった。あれから都では騒乱が起こり、大王は廃位されたという。国の制度が変わり、代官は村から引き揚げた。そして村人の中から代表者が選ばれることになった。全村民一致で、太郎がこの村を率いることになった。
今では太郎が未熟な若者だったと知る者は少ない。しかし一部の老人たちは覚えている。そして何かにつけては、こう言った。
「偉大な男の側には、素晴らしい女がいるものだ。しかし男が素晴らしいから女が素晴らしいのではない。より偉大な女が、男を偉大にしているのだろう」
若い村人は理解できないようだが、その通りだと太郎はカラカラ笑った。




