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豊海ーHOUKAIー 【大人の童話】  作者: 団 卑弥呼
15/16

豊海、キツネに会う

 一歩また一歩と近づいていく。豊海にはその確信があった。もう一度キツネの場所を見ようかと思ったが、やらなかった。もう一度キツネが見れる自信がないし、少しでも早く追いつきたいと思ったからだ。


 日がだいぶ傾き、西日が赤くなった頃。それまで何もなかった道の先に、ポツンと小さな影が見えた。豊海はますます馬を速める。近づくほどに、影はどんどん大きくなる。それがはっきり見えた時、豊海は叫んだ。止まった影は、まさしく思い描いていた人だった。


 猛烈に迫る馬の足音と声を聞き、キツネはこちらを振り向いた。遠すぎて表情は確認できない。豊海が目の前に降り立つと、キツネは怒りに満ちた目で豊海をじっと見ていた。

「なぜこのような所にいるのです。今は結婚式の最中でしょう」


 確かに今日は姫との結婚式であった。豊海はすっかり忘れていた。

「忘れていた」

 正直に告げると、キツネは怒りとも驚きが入り交じり、何も言えず口をパクパクさせていた。


 キツネが何も言えない間、豊海が言葉を続ける。

「他の女のことはどうでもいい。今はお前のことだ。なぜ黙って消えた」

「あなたにはもう関係ないじゃありませんか」

「関係ないことはない。水臭いと言っているのだ」

「私はあなたのものではありません。あなたは姫と結婚し、大王の後継者となる御方なのですから」

「そんな地位も名誉、どうでも良い」

 豊海が強く否定すると、女はカラカラと笑った。


「あれほど望んでいた出世じゃないですか。それを捨ててまで、あなたは何をしているのです?」

「はぐらかさないでくれ! 俺はただ、お前に会いたかった。それだけだ」

「私なんて追いかけて、バカな人。ただ女一人がいなくなっただけで、あなたには何の影響もないでしょう」


「そんなことはない!」

 豊海は女の両肩を掴んだ。

「俺にはお前が必要だ。お前がいなければ、俺は俺でいられない。俺のこれからの人生にお前がいないと思うと、俺の人生は途端につまらなくなる」


 女は淡々と答えた。

「あなたは私が使える人間だから、そう思うのです。私よりも有益な人間は、世の中たくさんいますよ。大陸には、私以上に優れた人がたくさんいるのです。試しに船を出してみなさい。金を出せば、優れた人間をいくらでも呼び寄せられますよ。中には私以上に若く賢い女もいるでしょう」

「見くびるな。俺はお前の利口さや美しさも好きだが、そこを求めているのではない。俺には、お前でなければいけないのだ。世の中の女すべてを束にしても、お前一人には到底及ばない。それほどまでに、お前がいいのだ」

「自分が何を言っているか、理解しています?」


 キツネは豊海の目をじっと見た。太郎もじっとキツネの目を見つめ返した。

 するとキツネはカラカラと笑った。でもいつものような楽しそうな声ではなく、絞り出すような響きだった。


「バカな人。いいように利用されないか心配でしたが、あなたの愚かさは全く想像ができませんでした」

「馬鹿にしてるのか?」

「いいえ、そこが魅力だと思っているのです」

 キツネは微笑んだ。その笑顔の美さに、豊海はドキッとした。


「いいでしょう。あなたが望むなら、一生お供いたします。あなたの好きにしてください」

 そう言ったキツネの顔は、今までで一番美しかった。その顔を見て、豊海は強く女を抱きしめた。

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