豊海、キツネに会う
一歩また一歩と近づいていく。豊海にはその確信があった。もう一度キツネの場所を見ようかと思ったが、やらなかった。もう一度キツネが見れる自信がないし、少しでも早く追いつきたいと思ったからだ。
日がだいぶ傾き、西日が赤くなった頃。それまで何もなかった道の先に、ポツンと小さな影が見えた。豊海はますます馬を速める。近づくほどに、影はどんどん大きくなる。それがはっきり見えた時、豊海は叫んだ。止まった影は、まさしく思い描いていた人だった。
猛烈に迫る馬の足音と声を聞き、キツネはこちらを振り向いた。遠すぎて表情は確認できない。豊海が目の前に降り立つと、キツネは怒りに満ちた目で豊海をじっと見ていた。
「なぜこのような所にいるのです。今は結婚式の最中でしょう」
確かに今日は姫との結婚式であった。豊海はすっかり忘れていた。
「忘れていた」
正直に告げると、キツネは怒りとも驚きが入り交じり、何も言えず口をパクパクさせていた。
キツネが何も言えない間、豊海が言葉を続ける。
「他の女のことはどうでもいい。今はお前のことだ。なぜ黙って消えた」
「あなたにはもう関係ないじゃありませんか」
「関係ないことはない。水臭いと言っているのだ」
「私はあなたのものではありません。あなたは姫と結婚し、大王の後継者となる御方なのですから」
「そんな地位も名誉、どうでも良い」
豊海が強く否定すると、女はカラカラと笑った。
「あれほど望んでいた出世じゃないですか。それを捨ててまで、あなたは何をしているのです?」
「はぐらかさないでくれ! 俺はただ、お前に会いたかった。それだけだ」
「私なんて追いかけて、バカな人。ただ女一人がいなくなっただけで、あなたには何の影響もないでしょう」
「そんなことはない!」
豊海は女の両肩を掴んだ。
「俺にはお前が必要だ。お前がいなければ、俺は俺でいられない。俺のこれからの人生にお前がいないと思うと、俺の人生は途端につまらなくなる」
女は淡々と答えた。
「あなたは私が使える人間だから、そう思うのです。私よりも有益な人間は、世の中たくさんいますよ。大陸には、私以上に優れた人がたくさんいるのです。試しに船を出してみなさい。金を出せば、優れた人間をいくらでも呼び寄せられますよ。中には私以上に若く賢い女もいるでしょう」
「見くびるな。俺はお前の利口さや美しさも好きだが、そこを求めているのではない。俺には、お前でなければいけないのだ。世の中の女すべてを束にしても、お前一人には到底及ばない。それほどまでに、お前がいいのだ」
「自分が何を言っているか、理解しています?」
キツネは豊海の目をじっと見た。太郎もじっとキツネの目を見つめ返した。
するとキツネはカラカラと笑った。でもいつものような楽しそうな声ではなく、絞り出すような響きだった。
「バカな人。いいように利用されないか心配でしたが、あなたの愚かさは全く想像ができませんでした」
「馬鹿にしてるのか?」
「いいえ、そこが魅力だと思っているのです」
キツネは微笑んだ。その笑顔の美さに、豊海はドキッとした。
「いいでしょう。あなたが望むなら、一生お供いたします。あなたの好きにしてください」
そう言ったキツネの顔は、今までで一番美しかった。その顔を見て、豊海は強く女を抱きしめた。




