豊海、出世する
姫を連れ帰った快挙に、都中が湧いた。豊海は一躍時の人となり、行く先々で都一の英雄と称賛された。
大王は豊海を呼び寄せると、最高級の賛辞を述べた。
「お前の功業は、長く国の歴史に残るだろう。して、名を何という?」
「豊海と申します」
大王のそばにいる書記官が英雄の名を書き留めた。漢字を伝えると、大王はさらに喜んだ。
「故郷の海の豊かさを褒め称える、良い名前だ」
この名にしてよかったと、今になって豊海はキツネに深く感謝した。
姫の帰還を祝して、宮廷では盛大な宴が行われた。英雄の席は、姫と王様の間に設けられた。
宴は夜通し続いた。人生初の宴に、豊海もはしゃいだ。楽しくて仕方がない。貴族はこんなに楽しいのかと喜んだ。
宴が最高潮に盛り上がってる時、大王が立ち上がった。
「さて、この素晴らしき英雄に、国一番の宝を与えよう。それは我が姫だ。いずれはこの国の大王として、さらなる活躍をしてもらおう」
それを聞いて、場はさらに盛り上がった。豊海も大王の宣言を聞き、とても嬉しかった。
次期大王とは、なんという大出世だろう。貧乏な村出身の豊海には、大きすぎる名誉である。きっと故郷の両親も泣いて喜ぶだろう。村人たちも尊敬するだろう。今から凱旋することが楽しみである。
しかも美しい姫を嫁にできる。豊海が姫を見ると、ぽっと頬を赤らめた。その仕草がますます可愛らしくて、豊海は褒美に大満足した。
次期大王の誕生と姫の結婚を祝して、宴はその後三日三晩続いた。
宴が終わり一眠りすると、豊海は寺に帰った。人垣に阻まれ、やってくるのも一苦労だった。
住職は豊海の活躍に喜んだ。「あなたはすごい人だと思っていた」と言うが、散々言われた言葉である。「よく知りもしないで」と、豊海には白々しく聞こえた。豊海はこれまでの礼として、持っていた金をすべて与えた。豊海にとってはわずかな金だったが、寺を建て替えられるほどの金額だった。
豊海が部屋に行くと、キツネが待っていた。お疲れ様でしたと、豊海の労をねぎらった。敬意はあるが、その態度は以前と一切変わらない。みんなが英雄視する中、太郎はキツネの態度が面白くなかった。宮廷では散々ちやほやされ、街では英雄扱いされたのに、キツネは一切冒険譚にに触れない。でも豊海は気分がよかったので、そんなキツネの無礼な態度を許してやることにした。
「俺は明後日、姫と結婚する。そのために、ここを引き払いにきた。といっても、ここに置いてあるものはすべて処分するつもりだが」
それを聞くと、キツネの表情が曇った。だが、またいつもの調子に戻った。
「そうですか。あなたの願いが叶ってよかったです。処分は私がしておきますので、ご安心ください」
「悪いな。惜しくないものだが、放置するわけにもいかなくてな。俺は今日から宮廷に移るが、お前はこれからどうするつもりだ?」
豊海が尋ねると、キツネはのらりくらりとした調子で答えた。
「そうですね、私は都にいる意味はありませんし、ゆっくり考えたいと思います」
「ではしばらくはここにいるのだな。式にはお前も招待しようと思っているのだ」
「お気になさらず。あなたは高貴な人々と一緒にいるべきです。私は一市民として、街からあなたの式を見ていますよ」
つくづく謙虚な奴だと思いながらも、豊海は式の日取りをキツネに教えた。そして早々に立ち去った。明後日にはまた会えるし、寺に来ればいつでも会える。それに豊海が呼び出せば、キツネは応じるだろう。豊海にとって、キツネはそんな女だった。




