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豊海ーHOUKAIー 【大人の童話】  作者: 団 卑弥呼
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太郎、立身出世を志す

 南方のとある貧乏な村に、太郎という青年が住んでいた。太郎は年老いた両親と三人暮らし。両親は外に働きに出ることができず、一家の家計を支えるのは太郎。毎日海釣りをし、商人に魚を売って日銭を稼いでいた。

 海釣り自体は、太郎も嫌いではなかった。しかし何も釣れずボーっとするしかない時は、心の中にモヤで立ち込める。


「俺の人生、このままでいいのか?」

 そんな問いが何度も脳内にやってくるが、竿に手ごたえを感じるたびに考えは中断される。今まで深く考えたことはなかった。


 釣った魚は、その日のうちに商人の家へ持っていく。商人は村で獲れた魚をまとめて買い取り、隣町に売りに行く。商人は村で一番賢い男だったので、村人たちは安心して魚を預けていた。

 しかしこの売買には一つ問題があった。この村では一切教育がされておらず、金勘定ができない。それは商人も同じだった。だから商人が隣町に売りに行くと、隣町の商人に安い値段で買い叩かれた。誰も金勘定ができなかったので、商人も村民たちも、不平等な扱いをされていると気づかなかった。だから「もっと高く売れたらいいのに」と願いつつも、今の値段に少しも疑問を持たなかった。十尾の魚を売って銭一枚だったとしても、これが妥当な金額だと思っていた。

 太郎も金勘定ができなかった。だからどんなに魚を売っても、大した金額にならない。財布の重みで報酬を図っていた。


 その日は特に釣果が少なかった。五尾しか釣れない。商人は「明日五尾釣ったら代金を支払おう」と言い、今日は何も支払わなかった。魚は痛みやすいので、売らないという選択肢はない。太郎はすごすごと家路へついた。


 商人の家へ自宅へ向かう途中に、代官の屋敷がある。代官は都からやってきた人で、村一番の金持ちだ。屋敷の前を通るたびに、中から楽しそうな声が聞こえ、おいしそうな匂いが漂ってくる。

 今日も今日とて、屋敷の中からは、男女のはしゃぐ声が聞こえる。


 何か遊戯をしているのだろう。太郎はじっと屋敷を眺めた。


「なぜ代官は遊んでばかりなのに、こんなに豊かなのだろう。なぜ俺はこんなに働いているのに、貧乏になのだろう。代官と俺に、何か違いがあるのか? 同じ人間のはずなのに」

 屋敷の前を通るたびに、みじめな気持ちになる太郎だったが、今日はより一層みじめに思えた。



 手ぶらな太郎に、両親は何も言わなかった。しかしガッカリした様子は隠せない。いっそ文句でも言われれば楽なのにと思いつつ、太郎も何も言わなかった。


 空きっ腹を押さえ、太郎は早く眠った。しかし腹が減りすぎてちっとも眠れない。これなら夜釣りにでも言った方がマシだと、太郎は床を出た。

 すると、隣の部屋に灯りがついている。両親はまだ起きているようだ。低い声で会話しているのが聞こえた。


「そろそろ家の仕事がきつくなってきましたね」と母。

「太郎にも、嫁をとってやる必要があるな」と父。

 太郎は息を殺した。嫁の話を聞くのは初めてだった。相手を知りたいと思っていると、母が尋ねた。


「でもうちみたいに貧乏な家に、好き好んで来てくれる娘がいるでしょうか」

「うちより貧乏な家から娘をもらえばいい。子だくさんな家なら、口減らしができると喜ぶはずだ。なに、今もこんなに貧しいんだ。一人増えても変わらん。それより若い娘をもらうことで、太郎にやる気が出るかもしれん。そうしたら、ますますこの家も活気づくだろうさ。あいつにはこれからも頑張ってもらわなきゃならんからな」

 解決したとばかりに、隣室の父母は笑っていた。


 しかし太郎はちっとも笑えなかった。むしろ震えが止まらない。震えを呼ぶ感情が何か、恐怖なのか怒りなのか、太郎にはわからない。


「そんな娘をもらったら、俺は貧乏なまま一生を終えてしまう。そんな人生まっぴらごめんだ!」


 どうしたら貧乏を脱せるか。太郎は生まれて初めて真剣に考えた。しかし今まで貧乏だったのだから、どうしたらいいか思いつかない。

 考えた末、代官になればいいと思った。代官はこの村一の金持ちだ。代官になれば、豊かに暮らせるだろう。しかしどうやったら代官になれるのだろうか。


 太郎は考えた。そして閃いた。代官は都からやってきているのだから、都に行けばいい。そして代官にしてもらおう。


 そう決めた太郎は、そっと家を抜け出した。そして都がある方向へひた走った。貧しい村で、こんな夜に起きている人は他にいなかった。

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