エピローグ
「あぁ…ニート最高!!遅寝遅起き三時のおやつ!!!やっぱ人間ってこうじゃねぇとな!!!!」
もう真っ昼間なのに、カーテンを閉めきった暗い部屋で、人間として言ってはいけないようなセリフを堂々と口にする一人の男がいた。
かなり整っているはずの顔は目の下にびっしりと刻まれた濃いくまと、ぼさぼさの髪で、全てが台無しになっている。
「でも、流石に三徹はやりすぎだったか…」
今やり込んでいるゲームの期間限定ガチャのピックアップにどうしても欲しいキャラが複数いたのだが、あいにく乱数の女神さまの機嫌が悪かったのだ。大爆死に大爆死を重ねた結果、全員そろったのに三日もかかったのである。
「今回のガチャだけで相当課金したな…ま、後悔はないけれども。」
交通事故で両親が俺と妹だけを置いて逝ってしまってから早三年。
ぶっちゃけ才能あふれる妹ばっかり贔屓してたから別に俺は全く悲しくなかったが、最近になってようやく毎日泣いていた妹も立ち直りかけてきていた。
そして、資産家であった父親が残した莫大な額の遺産、そして二人の死亡保険金のおかげで、俺たちは一生遊んで暮らしてもお釣りがでるほどの大金を手にいれた…いや、手にしてしまったのだ。
「兄である俺が中学を卒業して自宅警備員、妹の鈴が中学卒業後超難関高に進学…俺、ゴミじゃんw」
ふあぁ、とあくびが漏れる。カフェインの取りすぎと寝不足で頭がふらふらする…経験上深夜テンションが切れるとだいたいこうなるんだよなぁ。
パソコンの電源を落としておぼつかない足取りでベッドにダイブし、目を閉じるとすぐに意識は暗闇へと消えていった…
◇
「お兄ちゃーん、起きてー!ご飯だよー!…後、また徹夜でゲームしててたでしょ?」
鈴の鳴るような声がすぐ隣から聞こえ、目を覚ます。
すると、目の前には天使がいた。サラサラの黒髪…たしか濡れ羽色っていうんだっけ?雪のように白い整った顔には、長いまつ毛に彩られた俺とは違って透き通った綺麗な瞳が輝いていた。起きたいのは山々なんだけどなぁ…まだ30分くらいしか寝てない…あーねっむっ…
「おはよう、おやす…グへッ!!」
気が付けば、ダイニングで妹とご飯を食べていた。最近、よく記憶がとぶなぁ…そして、朝から唐揚げかと思えば、今は11時すぎだと妹に呆れられた。
「それと私、実は今日の午後から二週間くらい剣道部の夏休み強化合宿に行くことになっちゃって…ごめんね?断ろうとしたけど、私部長だから行かないわけにもいかなくて…」
申し訳そうに妹が謝ってくる。
なんと妹は、運動神経もおばけで、去年、剣道の全国大会で優勝している。天は二物を与えずとかいうけど、流石にあたえすぎなのでは?
というか生活能力0に二週間一人暮らしは流石にきつい。
「せめて、昨日か一昨日に一言欲しかったなぁ。」
「いや、お兄ちゃんずーっとゲームしてたじゃん。邪魔するのも悪いと思ったしさ。…ま、まぁ一応、少しだけどおかずを冷蔵庫に入れといたから。じゃ、私はもう行くね!お兄ちゃんもガンバ!!」
「え、ちょ、兄を見殺しにする気か!?」
結局、妹は荷物を持って出ていってしまった。とりあえず、飯をかっこみ、今後について考えてみた。飯はコンビニ弁当と妹の作ってくれたおかずもあるし、カップラーメンくらいなら作れる…え?ほかの家事?世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。察しろ。
ちらっと時計を見てると、もうすぐ正午にまわるところだった───
「うん、寝るか!!!!」
◆
「いやー、やっぱ面白いねーこの兄妹。ホントに人間?」
空中に表示された二人の情報を眺め、無としか表現できないような不思議な空間で、感嘆の声を漏らす中性的な人物がいた。満足気に微笑み、軽く手を動かして画面を消す姿は、10人中10人は神と答えるだろう。
可憐さ、豊満さなどをすべてそぎ取ったようなその人物は、代わりに圧倒的な美しさを放つ。
体がわずかに動くたびに、絹のような銀髪は、キラキラと虹色の光を放ち、その美しさを神々しさへと昇華させていた。
「あ、そうだ!!」
何かを思いついた様子で、右手を横に振った。
途端、無だった空間に赤色、黄色、青色…と、七色に染まっていく。そして、今度は左手に連動するかのようにすでに失われたはずの文字が淡い色を放ちながら舞っていって────