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春風、あの地平線を越えて  作者: 野良猫 心
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第一章 A~lone

第一章 A~lone


『気の毒に…まだ子供だ』

『謀反人の娘だ、当然の報いだ。彼女が生きてるのは藩主様のお慈悲だべ』

『おい、父親が自害したんだ。口を閉じてろ』


声を殺したような呟きが楓の心を抉った。陽が高々と上がり照り付ける中、自身の体躯の有に二周りは有るであろう荷車を引いていく。肌を焼くような黄金色の日差しが楓の白い肌を照らし、薄い産毛に浮かぶ汗の玉を金剛の如く輝かせている。

噎せ返るような肉の匂いと血溜りが荷車に横たわった父親の骸から放たれていると思うと嗚咽のような呻き声が漏れ出してしまう。

自害した父親の姿を一番に見たのは楓だった。温厚な父が何故?幼かった彼女にはその理由を知る術はなく、謀反人の娘に近づいて来る者は少なかった。唯、理由が知りたかった。楓の心には薄雲が列を成し、澄み切った真実を覆い隠してしまう。

重たい荷馬車が小石で跳ね上がり、青白い父の瞼が今にも開かれるようなそんな恐怖に駆り立てられる。

「楓……」

突然の呼びかけに顔を上げる。其処には父の教え子で楓の幼馴染が立っていた。

「大河……」

楓は掠れた声で彼の名を呟いた。

「馬鹿親父から聞いた。先生を弔うんだろ?俺にも手伝わせろ」

彼は邪魔だと呟き、荷馬車の引き手から楓を退けた。

「先生、なに勝手に死んでんだ。馬鹿……阿呆が。俺が殺してやる」

小石を蹴り上げる荷馬車の無機質な振動に声を震わせながら大河は道中も暴言を吐き出した。手持ち無沙汰になった楓は父の骸を見ながら並んで歩んでいたが居ても立っても居られずに大河を少し横に促しては二人で荷馬車を引く。墓地まで二人は一言も言葉を発することはなかった。重い静寂は父を弔う鎮魂歌にしては虚しすぎる。楓は心の中で父に小言を漏らしながら父との乖離を済ませようと心がけていた。

「てめえは休んでろ」

墓地に着くと円匙シャベルを拾い上げて、黙々と土を掻き出していく。

「ねえ、父上は自害を?」

楓は未だに信じられないと言いたげに大河へと質問を投げかけた。

「知らん。俺に聞くなよ、馬鹿。わかんねえ事を考えた所で何も変わらねえだろ」

「……ありがとう」

「…………」

大河は相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべて土砂を砂利を悲しみを掬い上げていく。彼の額に浮かび上がった汗の粒がまるで頬を伝う涙のように黒い墓穴へと沈んでいく。


――――――

「いいぞぉ、楓は誠に天才だな」

蝉の声が時雨のように降り注ぐ夏、楓は父の広い手に抱き上げられる。瑠璃色の夏空にバニラ色の雲が広がっていた。

「てんさい?」

あどけない瞳の幼子は子供用の小さな竹刀を片手に首を傾げた。楓は着流し姿の父の肩に落ちた桜の花びらの色を憶えている。彼の黒い髪、優しげな茶色の瞳。硬い指腹。

「嗚呼、私も誇らしいぞ」

「でも、父上。私、大河にはまだ一度も勝てないんです」

「心配するな。お前は誰よりも賢くて強い。そして誰よりも優しい子だ」

「優しいと強いのですか?」

「応とも」

「なら、大河は強くありません。大河は直ぐ怒るんです」

「そんなことないぞ?彼は優しい子だ。そして、お前のことを妹のように好いておる」

「??」

「大事なのは心だということだ。楓がもう少し大きくなったら取って置きの技を教えてやろう。いいかい、此れは私と楓だけの約束だ」

「はい、父上。とても、楽しみです」


とても―――――

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