鐘の音
「これか……」
マジマジと紋様を見つめる。トライバルタトゥーのように焼け付いたそれは中央に大きく丸が描かれている。
しばらく見つめていると水野がぴょこぴょこと飛び跳ねた。
「紋様は見つかったかな?それはそれぞれのタロットに対応した紋様となっているよ。デザインはその人のセンスだったり一番思入れのあるデザインになるから変なデザインだったら自分を恨んでね!」
「適当すぎるだろ!?先に言えよ!なんだよこのデザイン!!」
「あと特にデザインについて意識のない人は運営が決めてまーす!文句は管理者である世界に言ってねー!ちなみに必ず紋様の下にナンバーが付いていると思うけど、それは確認できたかな?」
「番号……?」
水野の言葉にもう一度自身の紋様を見つめる。すべての指につけられたv字の紋に人差し指の付け根に太陽のような紋。その下に細かな装飾と中央にある丸。
しばらく見つめ続け、ふと幸光はその丸に目を止める。
「あ、もしかしてこの丸って柄じゃなくてゼロ?」
「柄に紛れるように作っているけど、その紋様の中に一緒にタロットの名前も刻まれているから一緒に確認してね!そしてその番号はタロットと同じものを使用しているよ。ちなみに、みんなが倒さなければいけない皇帝ならば紋様と一緒に3の数字が刻まれているよ」
「皇帝は、3……」
じっと左手に刻まれた紋様を見つめる。
ゼロと刻まれたそれが3を指したものを持つ者、それが皇帝。
幸光は喉を鳴らした。
はたして、自分にできるのだろうか。
くるくると回っていた水野がぴょんとポーズを決める。
「詳しくはカバンに入っているタロット一覧表を見てね。それぞれの能力は明かせないけれど紋様は一緒にのっけているからね」
「一覧表!?」
「一覧表は特殊な術がかかってまーす!自分の手を本の鍵に掲げて『我が名を示せ』と唱えると自分のページが『我が前の敵を示せ』と唱えると相手のページが浮かんでくるよ!けど、相手のページは閲覧制限がかかるからそれは注意してね!」
「閲覧制限?水野、それなんだ?」
ホログラムではあるが声が届いているだろうと仮定し、幸光は水野に声をかける。すると水野のほうもやはり聞こえているようですぐに答えた。
「閲覧制限は聞いた通り見れる情報に限りがあるよ。人によるけど、初期設定だとタロットの名前、基本能力は確実に視れるからロックをかけてね~まあ、できるならだけど。はーい、それじゃあみんな自分のタロットの名前を確認してね~」
そう言うと水野はまたくるくると回りだす。目がまわらないのだろうか、踊るように回りだしたところを見ると確認が終わるまで説明をする気はないのだろう。
幸光は諦めて鞄の中から一冊の本を取り出した。南京錠の付いた日記帳の様な見た目をしているが決して厚い本ではない。いったいこのどこに情報が書いてあるというのか。
「あった!これか!えっと、我が名を示せ……これでいいんだよなっ!?」
南京錠に手を翳しそう唱える。すると何かにはじかれたように南京錠が弾け、勝手に本が開き白紙のページを晒す。すぐにその白紙の内側からゆっくりと文字が浮かび上がってきた。
「ナンバーゼロ、愚者……?」
「あれ、見ないの?」
不意に水野が声をかける。が、その目は幸光とは違う方向を向いている。どうやら相手は幸光ではないようだ。
「見かた忘れた?その一覧表に手をかざせば自分の能力だけは確認できるから聖戦が本格的に始まる前に確認することをお勧めするよ?」
幸光は浮かび上がった文字に目を走らせた。
「ナンバーゼロ 愚者。能力名は、ザ・フール」
No.0 愚者 能力名:ザ・フール
運営にはいわゆる外れスキルと言われている。
愚者の紋様は左手の甲に現れる。そのせいか他の参加者に自身の手札がバレやすく、過去聖戦に参加した愚者の手札保有者はそのほとんどが死亡している。
基本スキルは全ての能力値にマイナス補正。その代り、能力使用時のデメリットはない。
所々、書き直したかの様な文字に幸光は己の目を疑った。
基本スキルが能力値マイナス補正?いったい何を言っているのかともう一度文章を読めど、内容が変わることはない。
「なんだよこれ。これで、これで戦えっていうのかよ……」
無理だ、無理ゲーすぎる。幸光は頭を抱えた。
チラりと本に目をやればペラリとページが捲れ、新たな文字が浮かぶ。それも幸光を絶望に叩き落とすには十分な内容だった。
また、いわゆる隠しスキルというものがそれぞれのタロットに存在するが、愚者の隠しスキルについては不明。
愚者の手札保有者が勝利するためには仲間との共闘が必要不可欠であると運営は判断している。
「マジで意味わかんねぇ……これじゃあ俺参加した意味ねえじゃねえか……」
幼馴染たちが参加すると聞いて参加したのだ。何を選んだかはわからないがこのままじゃ絶対的に自分が足手まといになることは目に見えていた。
「くそ、どうすれっていうんだよ……」
「お疲れ様です、工藤幸光様」
突然目の前が光りだしたかと思えば、聖戦に参加を決めたあの時と同じように目の前に水野の姿があった。
ホログラムではなく、実体のように見えた。
幸光はこれ幸いと声を荒げた。
「あ、おいコラ水野!ふざけんな!これで戦えとかどういうことだよ!」
「これ?ああ、能力のことね。それについては私に文句を言われても困ります。そのタロットを選んだのは工藤幸光様、貴方様自身です」
ぐうの音も出ない。
「うっ……それは、そうだけど……こんなクソみたいなのいれとくんじゃねえよ!」
それでもつっかかれば、水野は呆れ果てたといわんばかりに大げさにため息をついて見せた。
「私に言われても困ります。というか仕事させてよ……」
咳ばらいを一つ挟むと、水野はすっと背筋を伸ばした。
「只今を持って、運営と辞退した5名を除いた全十八名の意思確認及びフィールドへの移送が終了いたしました。これより、ナンバー20審判の名のもとに、聖戦の開始を宣言いたします。」
「……は?」
水野の言葉とともに大きな鐘の音が響いた。その余韻にかぶせるようにまた続いて音が鳴り響く。
「また、戦闘の開始は私の姿が消えてからとなりますのでご了承ください」
「ま、まてまて!どういうことだよ水野!」
慌てて声をかけるも水野は止まらない。
水野の瞳の紋様が淡く発光し始める。
「改めて聖戦のルールを説明いたします。選定者である私の宣誓後から戦闘の開始となります。これは勝者が確定するまで続き、一人の勝者が決定したと同時に聖戦を終了させていただきます。聖戦時に行われた物事、つまり戦闘時におけるなんやかんやについては全て不問となります。また、22時から6時までは戦闘不可時間です。戦闘を行った者は選定者の名のもとに罰しますのでご了承ください。それでは皆様、ご質問等ございませんでしょうか?」
キョロキョロとあたりを見回すように水野が首を回す。
まるであたりに人がいるように。
「みなさま……?」
「……質問をいただきました。食料については毎日22時から6時の間に皆さまの元へ転送させていただきます。食料や飲料水についてはご心配なさらず。他には?」
「もしかして、ほかの参加者のところと今つながっているのか……?」
水野の様子から幸光はそう推測する。
そうでなければ自分がしていない質問を答えるはずがないのだから。
幸光はしばらく黙って水野を見つめた。
「……質問をいただきました。戦闘不可時間のうち、0時から6時の間は敵対者の半径100メートル以内に入ることを禁じます。これはリスキルを防ぐためのものです……はい、リスキルとはリスポーンキル。オンラインゲームなどで使われる用語になります。こと聖戦時においては戦闘不可時間の終了とともに参加者の撃破をすることを禁じるという事と同義となります。また、戦闘不可時間に範囲内に入った場合、侵入した側へ罰を与えますのでご了承ください」
「なんか、無駄に細かいな……」
思わず言葉が口からこぼれた。
戦闘不可時間、食料、リスキル禁止、これだけ細かく設定されているのにもかかわらず、幸光にはなにか得体のしれぬ違和感を感じていた。
「ほかに質問はございますか?」
「あの……」
幸光はゆっくりと手を挙げる。そうすればどうぞと言わんばかりに水野が幸光のほうへ視線を合わせた。
それに応じるように幸光も息と言葉を吐きだした。
「この場所ではアルカナ?を使って戦闘するんだよな?」
「はい、この場所では皆様が選んだタロットの能力、アルカナを使って戦っていただきます」
「そのアルカナを使わなかった場合、いわゆる物理的なケガとか、その……」
その先の言葉を幸光は噤んだ。どういえばいいか悩んでしまった。もし、聞いたことに肯定が返ってきたら、そう思うと幸光は言葉を紡ぐことができなかった。
その考えを水野も読んだのだろう。ゆっくりと水野は幸光から目線を外し、口を開いた。
「質問をいただきました。この空間でアルカナ以外での負傷は現実世界へ持ち越しとなります。例えば、崖から落ちる。もちろん当たり所によっては死にます。アルカナ以外の力で燃やされる。これはやけどが残りますね。そして、この空間で自作した武器で攻撃される。部位によっては死にますし、傷も残ります。なので皆様アルカナでの戦闘をお勧めいたします」
水野の言葉に幸光は頭を抱えた。
これで完璧に自分が足手まといになることが決まったからだ。
水野はそんな幸光のことを意に介した様子もなくまた周囲を見回した。
「……他に質問がなさそうなのでこれにて終了させていただきます。それでは、これより第二十四回聖戦を開始いたします」
水野の開始宣言とともに、七度目の鐘の音が響いた。