聖戦
真っ暗な空間に22の席があった。
所々空席のあるそれに人影があるが、その姿は影のように真っ暗に塗りつぶされておりその表情は見えない。そんな空間にコツンと一つ、ヒールの音が響いた。
「遅ぇぞ、審判」
「すみません、最後の参加者の転送に時間がかかりました」
水野の姿をとったそれはそう言いながら素直に頭を下げる。それをみて声をかけた影は忌々しそうに舌打ちを一つ落とすと影はすぐに興味なさそうにそっぽを向いた。
その様子を見ていたのか3つ隣からクスクスと笑い声が響く。
「まぁ良いじゃないか、許してやりなさい。この審判の宿主はまだ若い。それに今回参加しないお前は関係ないだろう?」
女型の影が笑う。それにカッとしたのか影が勢いよく立ち上がった。
椅子が倒れ、大きな音が空間に響く。
「節制は黙ってろ!くそ、参加出来るならお前から潰しに行ったってのに…」
「悪魔のタロットなんてだれも選ぶわけないじゃない。ほんと馬鹿ねぇ、悪魔は」
「節制テメェ!!」
「騒がしいな」
凛とした声があたりを包む。声の主は端から端を一瞥するとふぅと一息吐いた。
その瞬間、節制も悪魔も他の影達も騒ぎ立てる声を潜め、立ち上がり声の主へ頭を下げた。
審判が一歩前に踏み出し、深く頭を下げる。
「お帰りなさい、世界。聖戦の管理、ご苦労様です。」
「あぁ。審判も参加者の選定ご苦労」
世界と呼ばれたそれは幼子にやるように審判の頭を撫でるとまたあたりを一瞥した。びくりと数人の肩が揺れる。
「なるほど、聞くまでもない。遊びもそこまでにしておけ」
世界はそう告げると21と刻まれた席に腰を下ろした。皆、それぞれが席につく。
全員が席についたことを確認すると世界は全席に目をやった。二つだけ空席がある。
「空席は二つ。彼の御方とアレか」
「アレは戻らないといっても変わりないですからね」
「もしかしたらもう裏切ってたりして?」
「馬鹿なことを言うな。仮にも王の名を持つ者だぞ!」
17、6、4と席に数字の刻まれた影が口々に言葉を飛ばす。そのざわめきが他の影にも伝染し始め、最高潮に達しようとしたところでパチンと音が響いた。見れば世界が手を打ったようだ。
「憶測はそこまで。それに話し続けることは本意ではない、だろう?」
「その通りです。もうすでに全ての手札保持者の転送は完了しております。待ち焦がれた聖戦が……彼の御方がお待ちです」
世界に続き、審判が言葉を続ける。
静まり返った空間で世界はニヤリと笑うとゆっくりとその腰を上げた。
そこにいる影の者全員が、世界を見つめる。
「さあ、始めよう。戦え、奪え、力を示せ」
世界の言葉に影響されるように影の者達が次第に形を変える。
「すべては己のために」
一人はガタイのいい男性に、一人は大人の女性のように姿を変える。
色がつき、まるで人間のような姿へと変わる。
「すべては、アルカナの意思のままに」
世界の言葉に一斉に歓声があがった。
その声を聞きながら世界は一人、踵を返すとその姿を闇の中へ消した。
***
幸光はただ呆然としていた。それもそうだ。光に包まれ、再び目を開けば全く見知らぬ土地にいれば誰でも呆然とするだろう。
幸光は草原に一人立っていた。
遥か彼方まで見通せるほど広いそこは近くに森があり、その中から草原へむけ、川が流れ出ている。
「マジで転送されたのか……?」
呆然としたまま立ちすくんでいた幸光だったがすぐに頭を振るとばちんと音がするほど自身の頬を打った。ジンジンとする痛みがこれが現実だと告げていた。
「悩んでても仕方ねぇよな!っし、やるか!」
その場に立ち上がり、あたりを見回す。幸運なことに人影はない。
「けど、こんな見晴らしの良い所にいるのはよくないよな・・・・・・少し移動するか」
足元に転がっていた荷物を持ち、近くに見えた森のほうへ走る。
森の奥へ足を踏みいれれば少しは姿を隠せるだろうという思いからだが、どうやらうまくいきそうだ。
億に足を進めるたび、木々の量や薄暗さが増していく。
「よし、ここでいいかな……そんじゃそろそろ荷物でも見るか」
近くに放置されていた鞄を探る。中には数日分の食料と一枚のカードだけが入っていた。
「やっぱりライターとか入ってねえじゃねえか……くっそ」
悪態をつきながら荷物をさらに探るり、中に入っていたカードを取り出す。裏表のあるそれは数字と崖に立つ青年の絵が描かれていた。
「これは……」
しばらくカードを眺めているとふいにカードが光を放った。
「ハロハー!審判こと水野涼香でーす!」
「うわっ!びっくりした」
思わずカードを放り出す。カードから零れた光はやがて形をとった。所々ノイズの入るそれは先ほどまで顔を合わせていた水野の姿だった。
「よいしょっと……もう姿は見えるかな?ビックリさせたかな?これはデータ投影プログラムを使った……」
水野の言葉が止まる。しばらく何か悩むようなしぐさを見せたが、またすぐにへらりとわらった。
「あー、ムズカシイから聖戦の時に使える運営との連絡ツールだと思ってくれていいよ。わからない事、気になったこと、自分の今の現状、その他諸々聞きたいことができた時は今見ているカードを出して『通信。審判』と宣言していただくと私につながりまーす!……あ、ちょっと!いま話してるんだからイタ電してこないでください!」
「イタ電って……」
しばらくなにやら無音でカードに向かって怒っていた水野だったが、やがて文句が言い終わったようで何事もなかったかのように音声を入れた。
その様子から複数人と同時通信が可能なのだろう。しかも特定の人物以外に音声が聞こえないようにミュート機能も使えるようだ。
……こんなに便利な通信機器があってたまるか。
水野は一度咳払いをするとさきほどと同じテンションで話を再開した。
「……もちろん、ほかの参加者との連絡にも使える便利グッズでーす」
「何事もなく始めやがった!?」
「ツッコミは進まなくなっちゃうので放置しまーす!それじゃあこれからこの聖戦というものの説明を始めるよー!」
あまりのテンションの高さに幸光は戸惑いを隠せなかった。
水野涼香という人間はこんなにも活気にあふれた性格をしていたのだろうか。
「なんか、みんなから聞いてた印象と違くねぇか……?」
「あ、ちなみに聖戦に参加を希望した人は参加表明時にどんな大怪我だろうとなかったことになりまーす。ケガとか持病とかのハンデはないから安心してねー」
まるで幸光の言葉を聞いていたかのように水野がそう告げる。
確かに、現実世界で聞いていた水野涼香という人間は青白い肌でまるで死人のようだと聞いていた。
今はまるで正反対だ。
「なるほどな、だからお前も元気なのか」
関心と共に思わず無意識のうちに呟く。
きっと、水野涼香という人間が本来持つ性質はこれなのだろう。
持病などなければきっと彼女はこれほどまで元気な女の子なのだ。
水野はそのままのテンションで続ける。
「まずは体をチェックしてね。どこかに淡く発光する紋様があるはずだよ!ちなみに私はここ。瞳の中でーす!」
水野が近づき、幸光に瞳を見せるように動く。もちろん、水野のこの姿はデータ投影プログラムを使ったホログラムなのだが幸光の顔は少し赤みを帯びた。
相手が動かないことをいいことにマジマジと眺める。確かに、水野の瞳の中には左にローマ数字で21と浮かび右には紋様が浮かびあがっている。
「これが紋様……?」
「私のように自分で確認し辛い所に発現する人もいまーす!なので該当者は鏡だったり転送場所に少し手を加えさせていただいてまーす!早く確認してねー?」
「紋様……」
水野の言葉に幸光が自身の紋様を探そうとした瞬間、左手が淡く発光を始めた。
そのエメラルドグリーンの光は幸光が気づいた途端に徐々に光量が弱め、次第に日焼けのように左手の甲へと焼け付いた。