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空の都市は刃を知らず  作者: 針名いよ
プロローグ
2/2

地上生物

 ガーディアンに所属してから数日が経った。ガドグレアの飛行には慣れ、ある程度自由に操縦が出来る様になっていた。


 そしてガーディアンのメイン業務である「地上の生物の素材回収」これの手順については基本的な事は座学で教わった。


 その後は狩りの手順や細かい情報が書かれた一冊の本を渡された。『後は自分の力でやれ』との事だった。情報収集や戦略は自ら考える必要があるようだ。



 まずは何から始めるべきだろうか。とりあえず周りの新人たちを参考にしようと様子を伺ったが、皆同じような心境のようだった。


 食堂、書庫、廊下、階段、寮の自室などそれぞれ新人たちがいる場所は別々だけど『下を向いて何かを考えている』と言う状態だけは同じであった。


 しかしこの状況に教官は何一つ口出しはしなかった。叱りもせず、急かしもしない。


 なぜならガーディアンは完全に出来高報酬制であるからだ。固定給は無く、地上から回収した素材の分だけお金が貰える。


 時間も休みも完全自由。だけど君たちの生活と命は保障出来ないよ? そう言ったスタンスなのだ。


 しかし、このまま頭を抱えて悩んでいた所で現状を打破できるわけでは無い。簡単な事だ『地上の生物を討伐して素材を回収する』目的は最初からこれだけである。


 とりあえず地上に行くしか無い。それからの事は何とかなるさ。出来なければガーディアンの素質は最初から無かったも同然だ。


 そう自分に言い聞かせ、2本の剣を背中に縛り付けて腰に小型のポーチを巻くと足を踏み出した。


 室外へ出ると口笛でガドグレアを呼び寄せる。そいつからぶら下がる持ち手を掴むと、ガドグレアを上空に飛行させる。


 高度が上がるにつれてバビロンガーデンが段々と小さく見えるようになり、そして緑が生茂る地上が広がっていた。


 これが……地上なのか。


 初めて見る光景に目を奪われていた。もちろん建物なんてある訳も無く、空の都市バビロンガーデンとは全く異なる自然がそこには存在している。



 ガドグレアを徐々に降下させて着地する場所を目視で探る。近くに木々があまり無い草原があり、特に生物も見当たらなかったので安全だと判断してそこに決めた。


 地上に着地すると木の持ち手を離す。ガドグレアは俺の上空に飛び上がりそこで旋回している。必要があれば口笛で呼び寄せるからだ。このままガドグレアがバビロンガーデンに帰ってしまえば俺は地上に取り残されてしまうからな。


 さて、とりあえずは探索だ。


 ここの雑草は数十センチほどの長さまで生えていて歩くのも大変なくらいだ。少し身をかがめて身体を隠しつつ前へと進んでいく。


 地上生物はまだ見当たらない。俺の予想ではもっと大量に居ると思ってたけど、実際は違うみたいだ。



 ……これは……足跡?



 雑草が等間隔で踏み倒されていて、何かの生物が通ったような跡が出来てきた。足跡はかなり大きく、バビロンガーデンに居るような可愛らしい動物たちとは訳が違う。


 とりあえずこの足跡を追ってみるか。


 雑草が踏み倒されていたおかげで、だいぶ歩きやすくなっている。その足跡を辿っていくと、草原が少しずつ木々が生えた森へと変わっていった。


 当然視界は悪く、動くたびに草木が擦れて音が出てしまう。あまり騒がしくすると地上生物に目をつけられそうなので、なるべくゆっくりと前へ進む。


「グルゥ…………」


 何かの音、いや鳴き声、いや吐息のようなものが一瞬聞こえた。


 間違い無く『何か』がいる。この足跡を残した生物と考えるのが妥当だろう。


 しかし周りを見渡しても姿は全く見当たらないのだ。確かに近くに居るはずなのだがーー


「……っ⁉︎」


 思わず言葉にならない声を出してしまったその原因は目の前の光景にあった。一瞬赤い火球とも言うべき物体が目の前を通り過ぎ、その通過した所の草木は瞬く間に火に包まれていた。


 この火球の正体は何なのか、それは大体検討はついていた。地上の生物が生成し吐き出した物だ。教官の座学で『火を吐く龍は当たり前に居る』なんて事は聞いていたが、まさか最初に出くわすとは思いもしなかった。


 しかもこの火球は恐らく俺を狙って撃ったものに違いない。この足跡を残した生物は俺の存在に気付いているのだ。こちらからは目視は出来ないが、おおよそ火球の飛んできた方向にいる事は確かだ。


 逃げよう。それしか道はない。


 背中に縛りつけた剣を抜き取り、雑草を切り分けながら走る。どこへ逃げれば良いか分からないがとりあえず距離を取ればーー


 その直後、爆音と共に火球が真横を通り過ぎた。1メートルほど左である。少しでも位置がずれていたら直撃であった。確実に俺を狙って撃った火球だろう。燃え盛る草木とは裏腹に背筋が凍る。


 おい、どうすんだよこれ!


 死ぬぞ!


 どうする!


 って言ったって逃げるしかねえだろ!


 でも逃げるったって火球は飛んでくるし、走って逃げられる相手なのか?


 何か、何か突破口はねえのかよ!


 頭は混乱していて身体も固まってまともに動かない。そんな状況の中、横目に何か石……いや地下へ続く小さな石造の階段が目に入った。


 とりあえずここに身を隠そうと咄嗟に石造の階段へ飛び込んだ。中は真っ暗で下までまともに見えないので途中までしか階段を降りていないが、ここの小さな隙間へは恐らく『火球を吐いた巨大生物』は入ってこられないはずだ。


 そいつが去るまでここでやり過ごす事が出来れば幸いだ。息を殺して指一つ動かさずに身体を丸めて目を瞑り、見つからないように祈っていた。


 耳を澄ますと足音……と言うよりは地響きが聞こえる。その地響きは徐々に大きくなりこちらに近づいてきているのが分かった。


 冷や汗が止まらず、握りしめる手には汗が滲んできた。鼓動が早くなり頭の中が徐々に白くなっていく。


 だが、その地響きは徐々に遠くなっていったのだ。『通り過ぎていった』と言うのが的確だろう。ひとまずは難を逃れたと言って良い。


 助かった……そうだよな……?


 一度冷静になると俺の頭には一つの疑問が浮かんだ。この石造の階段についてだ。


 どう考えても地上の生物が作った物ではなく明らかな『人工物』なのだ。まさか地上に人が暮らしている訳も無いし、そう考えると過去の産物なのだろうか。


 そう、地上から空へ逃げる前の人類が作り上げた地下階段と考えるのが妥当だ。しかしそうなればこの先にも何かあるはずだ。


 しかし暗くて先が見えない。ランタンでもあれば良いが、そんな物は持ってきていない。今回は諦めるしか無さそうだ。次に地上へ降りる時は松明を作る材料でもポーチに入れておくか。


 とにかく今は石造の地下の事よりも地上生物の討伐および素材回収を優先しよう。


 さっきのような火球を吐く生物なんて今の俺には到底倒せる相手では無いので、小型の弱いものを見つけるのが最善だろう。


 そう考えると水辺を見つければ良いのではないだろうか。水を飲みにくる小型生物は必ず居るはずだ。そこを不意打ちすれば良い?


 なんだ、簡単な事じゃないか。


 とりあえずこの森を下ろう。上に登るよりは見つけやすいはずだ。水の溜まり場が出来る確率は下の方が高いはずだ。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 水辺を見つけた。そこには小型の生物が5体居て、首を伸ばして水を飲んでいた。小型と言っても人より数倍は大きいが。


 あの四足歩行の生物は何だろうか。頭の真ん中には1本の鋭利な白い角が生えていて『獲物を仕留めるための物』である事は確かだ。となると性格は温厚である可能性は低い。うかつに正面から斬りかかるのは危険だろう。


 しかも相手は5体だ。恐らく群で行動しているのだろう。1体を攻撃すれば他の個体に攻撃される可能性がある。


 どうにかして1体だけ引き寄せる事は出来ないだろうか。


 考えろ、何か方法はあるはずだ。


 ……試してみるか。


 俺が思いついたのは別に画期的な方法でも無い。相手が『縄張り意識の強い獰猛な生物』である事に賭けての思いつきである。


 足下にある拳大の石を拾い、5体いる1番端の比較的離れている個体の近く目がけて放り投げた。


 砂利に投げた石が跳ねて音が鳴る。それに反応した個体は石が飛んできた方法を見て警戒を始めた。威嚇するような低い唸り声を上げて、石が飛んできた方へゆっくりを歩みを進めていた。


 そうだ、もっとこっちに来い。


 俺は音を立てないように剣を抜き、腰を低くして草むらの影に身を潜めていた。

 

 恐らく地上生物は人より嗅覚が良い。そのうち俺の位置も匂いで特定されるはず。だから隠れて不意打ちは出来ない。


 しばらくの緊迫した時間を挟み、俺とその生物の距離が3メートル近くになった時そいつは俺の存在に気づき低く叫んだ。その咆哮は耳をつんざき、開いた大口からはヨダレが幾分か垂れている。


 想像以上の迫力を感じ、若干足がすくんだが俺は草むらから飛び出しその生物に正面から相対する。


 あいつの武器は頭の鋭利な角だ。攻撃方法は単調な突進である事に俺は賭けていた。


 ギリギリまで接近した瞬間、横に避けるように踏み込みそのまま剣を横に振り切った。その刃は相対した生物の口から首にかけて斬り裂き、血飛沫を散らした。


 負傷した生物は横に倒れ、僅かに手足を痙攣させていた。俺は震える手で頭部に剣を突き立て、目を瞑りながらその剣を押し込んだ。


 その生物の動きは止まり、死に至った。


 俺は辺りを見て残りの個体がこちらに来ていないかを確認すると、ポーチの中から『バッヂ』を取り出し、生物の死体に急いで取り付けた。


 このバッヂには自分の名前が書かれており、討伐した生物にくくりつける事で印とするのだ。


 バビロンガーデンでは地上に降りる際に使うガドグレアよりも大きな飛行生物『ラドミルガ』を飼っている。そいつがガーディアンが討伐した生物を回収するのだ。


 バッヂは特殊な匂いを発するようになっていてラドミルガはそれを敏感に察知する。何やら好物の匂いを染み込ませているらしい。教官はそう言っていた。


 とにかく、俺のようなガーディアンが直接に討伐した生物を持ち帰る事は無いという訳だ。


 バッヂを取り付けると急いでその水辺近くから離れて安全そうな場所へ身を隠した。


「これが初討伐……か」とりあえずひと段落ついた俺は安堵のため息をついた。


 とにかく今日は帰ろう。取れ高が少しでもあっただけ良い。何せ今日は初めて地上に降りた日だ。上出来じゃないか。


 口笛を鳴らしてガドグレアを呼ぶ。そうして俺はバビロンガーデンへと帰還した。

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