ガーディアン
自分が過ごしている場所が空に浮かぶ都市だと意識している者は少ない。
バビロンガーデンと呼ばれるこの空中都市は遥か昔に古代の人々によって造られた『奇跡の産物』なのである。
なぜこの都市は空にあるのか?
その疑問の答えは『地上から逃げてきた』と言うのが正解だろう。
遥か昔バビロンガーデンの下、地上では龍や大蛇などの巨大生物が人類を絶滅寸前の危機に追いやったのだ。
そんな状況を打破するために人々は空中都市を創り上げ、地上から逃げてきたのだ。
しかしなぜ空中都市はずっと空に居続けられるのだろうか。その疑問は後に解かれる事となる。
◆◇◆◇◆◇◆
強面の教官が眉間にシワを寄せて声を張る。「私の名はガノ・アルダだ。今日からお前たちは『ガーディアン』としてこの空中都市バビロンガーデンの存続に努めてもらう」
教官は毛の生えた太い指で1を示す。「お前たちの任務は1つ『地上の生物の素材回収』それだけだ。
今日からガーディアンになった数十人ほどの新人はざわつき始める。俺を含めて彼ら新人は全員、ガーディアンについて何も知らないので当然と言えばそうだろう。
新人のうち1人が教官に問いかける。「地上って、あんな危険生物がいる場所に行けって言うんですか。ましてや素材回収って……」
教官はさっきよりも眉間にシワを寄せて答えた。「そうだ。嫌なら辞めれば良い。強制はしない。覚悟のある者だけは残れ」
新人たちは頭を抱え、悩み、そして辞める者もいた。1人が抜けるとそれにあやかって多くの新人がガーディアンを辞退していったのだ。
残ったのはたった8人。それを見て教官は口を開いた「まずはバビロンガーデンについての説明を始める。なぜこの都市が空に浮かんでいられるのか不思議に思う事もあっただろう」
教官の表情は少し穏やかになる。「この都市はいわば気球のようなものだ。燃料を燃やして空気を温めて浮かぶ。そして我らガーディアンは地上の生物の素材を『燃料』として利用するために回収するのだ」
腕を組んでゆっくりと左右に歩きながら教官は説明を続ける。「もちろん燃料が無くなればこの都市は地上に落下する。そうなれば人間はみな御陀仏だろう。そうならないため、お前たちには地上に降りてもらう。もちろん命の保障は無いが誰かがやらなきゃいけない仕事だ。勇敢なお前達ならやり遂げられると信じている」
俺は頭があまり回らなかった。今までバビロンガーデンがなぜ空に浮かぶのかも知らず、それはおろか考えた事も無い。そして生まれて初めて就く職場がここなのだから。
そんな俺を教官は指摘した。「おい新人、どうしたボーッとして」
「いえ、何でもありません」俺はハッとして適当にその場を誤魔化した。
「お前、名前は」と教官に聞かれ「ミカド・アイレーラです」と気を張って答えた。
「ではミカド、我らガーディアンがどのようにして地上とバビロンガーデンの行き来をしているか分かるか?」その質問に俺は数秒考えるフリをして「……いえ分かりません」そう答えた。
「……ついてこい、お前たち。答えを教える」そう言って教官は一室を出てどこかへと歩みを進めた。
しばらく歩くと羽音が聞こえてきた。虫とかでは無い。大きな鳥類か何かを彷彿とさせるものであった。
教官は木製の扉を少し手こずりながら開いた。そこには体長2メートルほどの鳥……いや、羽の生えた小型の龍? 何とも言葉で表しづらい生物が数十匹ほど空間を飛び交っていた。
こんな生物は見たことが無い。恐らく俺以外の者達もそうなのだろう。表情がそれを物語っている。
驚き唖然とする新人達を見ながら教官はニヤけがちに説明を始める。「こいつらの名前は『ガドグレア』だ。本来地上に生息する生物ではあるが、我らガーディアンでは移動手段として利用している」
ガドグレアたちの身体には布が巻き付けられていて、そこから30センチほどの木の棒が吊るされている。教官はその棒を片手で掴むとガドグレアの叫びと共に空高く上昇した。
目を丸くする新人たち。思わず「おぉ!」と歓声を上げてしまう。それを聞いた教官は嬉しそうな顔つきで「お前たちにはまず、このガドグレアの乗り方を習得してもらう」そう言い放った。
ガドグレアはそこら辺を浮遊しているので、まずはガドグレアからぶら下げてある持ち手に適当にぶら下がれとの事だった。
俺はたまたま近くにきた個体に適当に掴まった。するとそいつは勢いよく上昇する。
「うおわぁっ!」と情けない声を地上に残し、あっという間に他の者たちははるか下に見えていた。
怖い。ただただ怖かったのだ。こんな高い場所に飛び立ったのなんて初めてだし、しかも俺を空で支えているのは貧弱な木の持ち手のみ。離したら死が待っている。
でもどうやって下に降りる? 一度上昇したガドグレアは適当に旋回しながら辺りを飛び回っている。操縦の仕方なんて聞いちゃいない。
「おい、下に降りろよ!」なんて声をかけるものの人の言葉が理解出来るわけも無い。俺はガドグレアからぶら下がる持ち手を下にガッ……ガッ……と力を加えて、下に降りてほしい意思を何とか伝えようとした。
どうやらそれは当たりだったようだ。ガドグレアは滑空しながら地上に降下しはじめる。
しかし異常に速い。どうやって着地するんだよ! そう思いながら地面に着くスレスレで持ち手を離して勢い余って数メートルほど走り、ついには地面に転がった。
足音が聞こえ人の影が尾俺を覆った。「ミカドと言ったな。中々センスがある。その調子でガドグレアの飛行に慣れていってくれ」教官は期待に満ちた表情でそう告げた。
「ガドグレアの操縦は持ち手に力を加える事で出来る。動いてほしい方向に瞬間的に引っ張れば良い」教官はそうアドバイスをして、俺に背を向けて他の新人たちの方へ向かった。
心臓が未だに高鳴っていて手も震えて力が入らない。よく無事でいられたよな俺は。教官も心配の一つくらいしてくれても良いじゃないか。なんて愚痴を頭によぎらせていると一人の女性が声をかけてきた。
「初めまして、私はルコ・ミヤロガル。あなたは確か……ミカド君だっけ?」彼女は少し首を傾げると肩ほどまで伸びた藍色の髪が少し揺れた。
「こちらこそ初めまして。そうミカド……ミカド・アイレーラ」俺はとりあえず名前を答え、次に何を話すか考えていると彼女が先に口を開いた。
「さっきのガドグレアの事は色々聞きたいけど……」彼女は少し気難しい顔をして少し声量を下げて話を続けた「あなた、ガーディアンについて知ってた?」
彼女の質問は何というか全く予想外のものであった。俺は数秒の沈黙の後に「……いや、全然何も」と斜め下を見ながら自信なさげに言葉を流した。
「質問ばっかりで悪いんだけどさ、ミカドはどうしてガーディアンになろうと思ったの?」彼女は再び俺に問いかける。
その問いに少し恥ずかしさを感じながらも正直に答えた。「……小さい頃から英雄みたいなモノに憧れていたんだよ。ほらガーディアンってこの空の都市『バビロンガーデン」を守ってるし、俺もそういう職に就きたいと思っただけだよ。まさか地上に降りなきゃいけないなんて思ってもいなかったけど」
「今からでも辞める気は無い?」彼女は唐突にそんな事を聞くから、思わず「え、何で?」と聞き返してしまった。
「何でって、死ぬかもしれないんだよ? 逃げ出すのが普通だと思うんだけど。私も残った方の人間だけど、それでもやっぱり分からない」そう言って彼女はうつむく。
確かにそうだ。最初は数十人ほどいた新人ガーディアンたちも今や8人しか残っていない。むしろこの残った8人こそ『異常』と言っても良いだろう。
俺はなぜ残った?
なぜガーディアンを辞退しなかった?
もちろん死ぬのは嫌だし痛い思いもしたくは無い。怖い気持ちもあるさ。でもガーディアンと言う職には、それ以上の憧れと格好良さそれと好奇心を感じているのも確かなのだ。
どうせ一回切りの人生だし思い切った事をやってみたいと、今までつまらない日々を送ってきた俺自身がそう思っていた。
「なあ、ルコはどうして残った?」唐突に興味が湧いた俺は特に何も考えずに彼女へ問いを投げかける。
ルコはハッとした表情を浮かべた後、少し寂しげな顔をした。「……探し物をしてるの」
深掘りしてはいけない事を聞いてしまったなと後悔しつつも「そうか見つかると良いな」なんて無責任な言葉をかけたーー
「おい! そこ2人サボってないで練習しとけよ? 死んでも責任は取れねえぞ」教官は遠くから俺たちにそう怒鳴りかけた。
「「はい!」」
俺とルコは声を張って返事をし、適当にガドグレアを探して飛行練習を始めた。