謎の人形 現る
ディマーラは足音を鳴らしながら一同に歩み寄る。
「諸君、楽しんでるようだね。特にそこの人形たち」
リリたちの体が一瞬、大きく震え上がる。
ディマーラの籠手の指についた爪が、殺意で鈍く光る。
「人形の分際で、よくまあ悪魔であるこの私に刃向かう勇気があるものだ」
重圧をかけてくる悪魔。仮面の向こうの表情は、果たしてリリたちを嘲笑ってるのか、怒りを浮かべているのか。
真っ先に反論したのは妖精だ。
「ディマーラ!私の力を返してもらうわよ」
「欲しいのはこれか」
ディマーラの手のひらに、桃色に光る球体が。
妖精は自身の魂を見て、激しい敵意を示したが彼女に戦う力はない。
理子は、リリの夢を叶える為、そして妖精を助ける為にディマーラに刀を無言で向けた。
「俺にそんな物を向けるとはな。面白い」
ディマーラの手のひらに紫の光が灯る。
同時に理子の足は締め付けられるように動かなくなり、そのまま体を押さえ付けられてしまった。
動けない理子に近づき、拳を振り上げるディマーラ。
目をつぶる理子だが、ディマーラはそれを嘲笑いながら拳を下げた。
「人形ごときが、私に勝てる日など永遠に来まい。大体なぜそこの妖精を助けようとする」
「単純に助けたいから。そして…人間になるためだ!」
リリは飛びかかり、ディマーラの前に立つ。
ディマーラはおかしさのあまり大声で笑いだす。
「はははは…!おめでたいやつだな…良いだろう!」
ディマーラは両腕を広げ、飛び上がる。
太陽を背に、ディマーラは紫の光に包まれる。
「この施設は部下のアジトでしかない。本気で俺を倒したいなら…山へと来るが良い!」
そして、空中に紫の炎を残して姿を消してしまった。
「…リリ」
長介がリリをじっと見つめ、蟻達の視線のなか、二人は見つめあった。
「ディマーラと戦うのを止めはしない。君の夢だもんね。…でも、どうか…」
「私は死なないよ」
ウインクしてみせるリリ。
長介は、こんな不思議な友達は初めてだった。
理子と妖精にも向き合い、それぞれにお辞儀をした後、長介は手を振る。
別れを惜しみつつも、彼は言った。
「…気を付けて。ご武運を」
「長介、必ずまた会おうね!」
リリは前向きに、手を振り返した。
「さて…山は北だね」
妖精の誘導で、北の方角へと進んでいく。
進むごとに次第に木々が少なくなっていき、大地はオレンジ色を帯びてきた。
そのオレンジは、自然の色だ。紅葉の木葉たちが増え、ここだけ季節が秋のようだ。
「森の出口が近づいてる証拠よ」
森の出口…。
敵の姿をはっきりと目の当たりにした後だ。
新たな舞台と冒険に、リリは更に気を引き締めた。
森の出口を、抜ける。
「うわ…」
その先には、岩の壁に覆われた迷宮のような場所が広がっていた。
険しい通路に、リリたちは驚愕の表情を浮かべた。
「ここまで来たか。人形ども」
何やらひょうきんそうな声が聞こえてきた。
見上げると、そこには岩石の鎧に身をまとい、蟹のような体型で両手に岩の剣を持つ戦士が立ち塞がっていた。戦士は岩の双剣を叩きつけながら三人に威嚇した。
「俺はイワガニキシ。ディマーラ様の軍の重騎手として、ここを通すわけにはいかぬ!」
イワガニキシの剣が振り下ろされる!
その風圧でリリは浮かんでしまい、ドレスを抑えながら叫ぶ。
理子は刀を抜き、イワガニキシに切りかかる!だがその岩の殻は頑丈で、一瞬で弾かれてしまう。
イワガニキシは嘲笑い、更に剣を振り下ろす!
岩石が飛び散り、三人の頭上から落ちてくる。
「危ない!」
理子は慌てて岩を切り裂く。
イワガニキシの攻撃は止まず、反撃の余力がない三人に容赦なく畳み掛けようとした!
「きゃ!!」
リリの体が突然輝いた!
イワガニキシはそれに驚き、両手で顔を覆う。
リリは体が勝手に動き、イワガニキシ目掛けて小さな足を突き出した!
蹴られたイワガニキシは派手に吹き飛び、岩の壁に衝突した。
「こ、このやろうやりやがったな…!」
立ち上がり、双剣を突きだすが、リリはイワガニキシに拳を叩き込んだ。
イワガニキシの殻が砕け散った!
「な、何じゃー!?この力は…」
イワガニキシはたまらず逃げていく。
リリは自分の両手を、ボンヤリと見つめていた。
「…リリ、何が起きたの…!?」
「…理子の村で、リリは村の人たちから感謝を受けたわよね?…さっきの力。もしかしてリリには何か素敵なものがこもったんじゃないかしら」
え?と妖精を見上げるリリの顔は不思議そうだった。
妖精の予想は、信憑性が強かった。
簡単だ。それ以外、理由が思い浮かばなかったからだ。
妖精は、話を聞かせるような口調でリリに言った。
「リリをただの人形じゃなくて、一人の人間だと受け入れてあげる気持ち…村人たちのそんな心が、リリにこもったのかもしれないわ」
あくまで推測だが、リリは納得したような顔をした。
胸に、何か温かい物が込み上げてきた気がしたのだ。
村人達、長介…。
彼らの親切心が、自分に力を与えたのか?
リリは、人に大切にされる気持ちを初めて感じたのだった。
「二人とも。あれ何かしら」
理子がどこかに指を指した。そこには木が並んでおり、小さな広場に岩が何体か並んでいた。
その岩の椅子に、誰かが座っていたのだ。遠目だがその誰かはリリたちと同じ大きさである事が分かった。
紫の髪に黒いドレス。ドレスにも髪と同じような紫のライン模様。
しかし、服はボロボロで髪や顔も薄汚れていた。そして何より、少しつり上がった目に生気がなかった。
…人形だ。
リリはその人形に駆け寄り、人形仲間への挨拶をかわそうとした…。
「な、何よあんた!」
相手の人形は突然高圧的に怒鳴り、リリの前に飛び降りた。
驚いたリリは両手を突きだして相手の誤解を示す。
「待って!私は敵じゃな…」
「来るんじゃないわよ!」
人形はリリに蹴りを繰り出した。
リリは吹き飛ばされ、地面に直撃する。背中を抑えるリリ。
理子は刀を向け、敵である人形に敵意を示した。
二人はお互い突っ込みあい、激しい戦闘を開始した。
人形は刀を避け、手に紫の光弾を作って理子にぶつける。
人形同士の小さな戦いだが、その迫力は言葉では表現しがたいものだ。
同時にこの人形がただ伊達に動いてるだけの人形ではない事もわかった。
両者はお互い吹き飛びあい、石ころを避けながら語り合う。
「名前は何というのかしら」
「私はジェリー。あんたたちと同じく人形よ」
ジェリーの黒い髪が跳ねあがり、元に戻る。二人はジリジリと見合い、そしてまたぶつかり合う。
ジェリーは何かを言い出した。
「ディマーラ様の持つ妖精の魂を狙ってるそうね。そんな事私がさせないわ」
ジェリーはディマーラの手下だった。
理子の刀がジェリーを突き刺そうとするが、ジェリーは軽い動きでそれをかわす。何という戦闘センス。
「そんな刀じゃ私は倒せないわ。いくら人から愛されて、力を得ていようが同じことよ!」
ジェリーの張り手が理子に直撃!リリと同じように飛ばされた理子は大地に手をつけ、ジェリーを睨み付ける。
「人の力なんて所詮はそれっぽっちよ。ディマーラ様から貴女たちの名前を聞いたけど、これじゃ呼ぶ価値もないわね」
ため息をつくジェリーは背を向け、広場から岩が沢山生えた岩場へと去っていった。
その後ろ姿は、敗北したリリたちの目にいつまでも張り付き続けた。
「…あのジェリーってやつ、腹立つ!」
地団駄を踏むリリ。理子も悔しがっており、刀を持つ手が震えていた。
しかし、同時に何か嫌な物を感じ取っていた。
「…ジェリーには何か、禍々しい物がこもっていたわ」
理子はジェリーから受けた攻撃を忘れる事はないだろうと悟る。
「はあはあ…」
ジェリーは岩場の岩の上で、息を切らしていた。
そこへ、小さな彼女を黒い手が拾い上げる。
蝙蝠の仮面がジェリーの目にうつりこむ。
ディマーラだった。
ジェリーは彼の手の上で苦しそうに息を吐いた。
「ジェリー、大丈夫か」
「…大丈夫です…」
調子を取り戻すジェリー。
ディマーラは、彼女を物悲しげな目で見つめていた。