リリ、迷子になる
翌日、村人たちは久しぶりに気持ちの良い朝を迎えた。
リリも目覚めるなり、早速理子に話しかけた。
「おはよ理子!顔色が良くなってるね」
「本当?」
理子は自分の顔を触る。
確かにあれだけ熱かった顔は、人形らしい冷たさを取り戻していた。
人形にとってはこれが正常だ。
リリは両手を伸ばして幸せそうに呟く。
「このままこの村で暮らそうかなー」
そこへ言いにくそうに口出ししたのは妖精だ。
「リリ!ディマーラは!?」
はっ、と意識を取り戻すかのように思い出す。
「いってらっしゃーい!」
村人たちは人形たちが村から出ていくのは惜しみながらも、彼女ら人形の旅人の小さな後ろ姿を笑顔で見送った。
リリと理子も手を振り、悪魔ディマーラ退治の旅へと再出発した。
「理子。良いの?」
「妖精から話は聞いたわ。ディマーラというやつを退治するんでしょ?貴女の夢を叶える為、私もお供させてもらうわ」
心強い仲間を身につけたリリは、再び森へ突入する。
しかし、それを名残惜しく見つめてる者がいた。
「…」
長介の若々しい表情は、曇っていた。
人の住む村から再び未開の森へとやって来て気を引き締める。
リリたちは草むらの中を移動する。
なるべくモンスターに見つからない為だ。
こうすればなるべく戦闘は避けられる。ただ、目の前が常に緑の草だらけ。
今どこをどう歩いてるのかが分かりづらいのが唯一の欠点だ。
「あれ?」
理子たちはリリの横を歩いていたのだが、突然姿を消してしまう。
周囲を見渡すが、草ばかりで何もない。
「あれ!?」
声が大きくなるリリ。
急いで草の外に出てみるが、草の音と共に広がっていた光景は…。
それは分かれ道だった。
二つに別れた道のど真ん中で、リリは一人置いてけぼりにされていた。
「右!!」
根拠はないが、焦っていたリリは右を選んだ。
迷いなく足を進めていく…。
しかし、その先にはより沢山の草が広がるばかりで、妖精たちの姿はどこにもない…。
そう。リリは迷子になってしまったのだ。
こうなるともう下手に動く事もできず、リリは泣き崩れるしかなかった。
「何で置いてくのおおおお」
10分後もリリは変わらず泣き続けた。
こんな事になるなら、店で大人しくしてれば良かった…。
最悪村に残ってれば…ディマーラは理子に任せて…。
…いや、それじゃ理子に申し訳ないし…。
色々な感情がリリの頭に浮かんでは絡み合うばかりだった。
その時、リリの体が何かに持ち上げられた。
息をのむリリ。
「大丈夫?」
リリの視界には、若い青年の顔がいっぱいに写っていた。
「長介!!」
長介だ。村から彼女らを追い掛けてきたのだ。
長介はリリを持ったまま言った。
「この辺りには危険な生物が多いんだよ。君達だけがこの森を抜けるのは危険すぎる」
「まああ!失礼ね!!」
怒るリリだが、現に自分は迷子になってるではないか。
彼女自身の心が呟き、途端に顔が赤くなる。
「理子たちがいないね…僕が探してあげるよ」
リリは長介の手の上で緑の大地を見下ろした。
理子や妖精は今リリを探してるんだろうか。どこにも見当たらず、不安は加速するばかりだが…。
必死に二人を呼ぶ長介の顔がすぐ横にあった。
「…一人よりはましだったかな」
そのうち、1時間という長い時間が流れていった。
森の気温は昼に近づき、徐々に暖かくなる。
「どうしよう。このまま見つからなかったら…」
手の上で膝をつくリリ。
長介はリリを大袈裟だと慰めようとしたが、人形である彼女にとって、人間でも広いと感じる森はまさに砂漠のような物だろう。
切り株に腰をおろし、長介は自分の横にリリを降ろす。
「…リリは何で冒険してるの?」
「…私、人間になりたいの。ある日人形屋から飛び出して、妖精に出会った。彼女の力を封印してる悪魔、ディマーラってやつを倒したら、私を人間にしてくれるんだって」
長介はリリを見下ろした。
「…夢があるって良いよな。俺にはまだ夢がないんだ。夢を持つ前に、まずはあの村から出て皆がどんな暮らししてるのか知りたい。…そして、いつか母さんと父さんを殺したあいつに…復讐がしたい」
眉を八の字に寄せつつも、リリは長介の手に触れた。
「…何だか似てるね。私達」
「…はは。さあ。理子たちを探そう」