生きる意味
午後11時。電灯に灯りは灯っていない。
西園寺と柊は一緒にシャワーを浴びて、彼女たちはアタシが普段寝ているベッドに寝転がっていた。一方で、アタシは一応、客人を持て成す主ではあるので、一応ソファーで寝ることにした。それに、彼女らの近くで寝ると、身の危険も感じたからだ。
外では台風が轟々と吹きさぶり、窓がピシピシとした不穏な音色を上げる。その不気味な音色がアタシにはカオスの象徴のように思えて心地よかった。
「柊ちゃん、リンネちゃんが振り向いてくれないなら、アタシといいことしない?」
「アタシはリンネ先輩一筋」
西園寺と柊も悪い奴じゃない。アタシには分かる。
確かに、西園寺は周りの人間から好かれるために、自分を演じているがゆえに底が浅い。柊も親子関係を拗らせたのか知らないがメンヘラだ。でも、西園寺は周りから期待される美人令嬢という役割を演じている寂しさゆえに、アタシのように彼女に期待しないどころかズバズバと本音をいってくれるところを好いてくれているのだろう。それは、おそらく柊も同じで、彼女も他者に対する不信頼からアタシのような本音をいってくれてるところに信頼を置いてくれているのだろう。それは人の好意に裏を読む捻くれたアタシでも嬉しいことだ。
だがしかし、アタシは人の好意を鬱陶しいとも感じてしまう。それは、人から好意を貰う、ということは、言い換えると、その人間から期待を背負う、ということだからだ。アタシだって人間だ。時には世渡りをするために自分を偽り時だってある。けれど、彼女らの信頼に報いるためには、アタシは自分を偽る訳にはいかない。正直、他人の期待なんてどうでもいいのだけど、その期待が時に重くも感じる時があるのだ。だから、アタシは誰かと仲良くなるのが苦手だ。この感情を理解してもらえるだろうか。
「アタシは、なんで生きてるのかな」
アタシは自分の生きる意味が分からない。女子高生3年生。そこそこ偏差値も悪くない私立の高校へ通っている。だけど、それが一体何だろうというのか。女子高生なんていうブランドは、卒業と共に剥奪される。偏差値が高かろうが、低かろうが、幸せな奴は幸せだし、不幸せな奴は不幸せだ。例えば、東大卒の起業家が事業に失敗して大破産する一方で、大して稼ぎのない一介のJKがバイトで稼いだお金でタピオカジュースを購入して超絶ハッピーな気持ちになれるのであれば、結局、人間はどの階層にいようと、幸せを感じる時もあれば、不幸を感じる時もあるということになる。その程度のこそあれ、その点、人間は平等だのだろう。
「生きる意味?そんなの、ないに決まってるじゃない」
アタシの何気なく呟いた一言に西園寺は胸を張って自信満々に返す。
「生きる意味はないけど、それでも、生きていくしかないじゃない、人間だもの」
「相田みつをか」
けど、彼女の述べる人生論には一定の真理がある。なぜなら、人間は生物種として生きることを義務付けられているからだ。まず、生物は文字通り生きる物だ。すなわち、生きることを目的としている。例えば、動物や昆虫は自分の種が繁栄するために生きることを目的として生きている。それは言い換えると、人生の目的とは生きること。すなわち、生きることに意味なんてないのだ。
「私はリンネ先輩のために生きている」
柊は臆病もせず、普遍の真理かのように言い放つ。そこが彼女の怖いところだ。
だが、彼女の述べることにもまた一定の真理があるように思える。人は様々な生きる意味を抱えているともいえる。例えば、世の両親は自分の子供を養うために働いているだろう。または、人によってはプロ野球選手や歌手になることが夢だろう、あるいは、世界の貧困を救うために生きている素晴らしい心持を持った人間もいるだろう。要するに、人によって生きる意味は異なるということだ。
しかし、総括すると、西園寺は生きる意味がないといってるけど、柊は生きる意味があるといっていることになる。どっちが正しいのかしら。
「結局、生きる意味って何なのかしら」
アタシには人生に普遍的に生きる意味があるとは思えない。なぜなら、西園寺と柊が生きる意味に対する所感を異にするように、人生の意味は人それぞれだからだ。だが、西園寺と柊のように、アタシもアタシなりに生きる意味を持っているのではないのだろうか。だとしたら、アタシにとっての生きる意味とは何だろうか。それは生物種としての本能として、ただこの世の中を生きるだけなのだろうか。
「なに、どうしたのリンネちゃん、何か迷ってるの?相談に乗るよ?」
西園寺はニッコリと頭を傾げで上目遣いでアタシの顔を覗いてくる。無駄にカワイイのがムカつく。
「なんだろう。なんか、人生って虚しいなって思って」
「虚しい?」
「だってさ、人それぞれ生きる意味があって、単に人間の生きる意味が生きるだけなら、それって、人間に生きる意味なんてないってことじゃない?結局、アタシはなんで生きてるのかしら」
「何リンネちゃん、柄にもなく、人生に迷ってるの」
「迷ってるリンネ先輩、カワイイ」
アタシにとっての人生の意味とは何だろうか。正直、アタシは産まれてから死ぬまでの間、よく分からないけど、生きて来た。母親と父親は離婚している。父親がお金の援助をしてくれているが、両親ともに別居している。だから、アタシは高校生にもかかわらず独り暮らしをしている。だけど、それらは別にアタシが計画したことではなく、アタシが生きる世界線がそうだったってだけだ。要するに、アタシの生き方なんてものは、女子高生であることも、両親と別居していること、そのすべてが偶々起こっていることにしか過ぎない。場合によっては、男子高生だったかもしれないし、両親ともに仲睦まじく円満な家族生活を営んでくれていたのかもしれない。だけど、アタシはこの女子高生として別居した両親を持った世界線で生きている。その一般的に不幸な境遇であるJKの世界線を生きる意味とは何か?と問われたのであれば、そこに意味なんてものはやはりないといえる。強いて生きる意味を述べるのであれば、死ぬほど不幸でもないし、もしかしたら何かいいことがあるかもしれないからアタシは生きる。アタシにとっての生きる意味とは、その程度の台風によって吹き飛ばされる位の偶然性が左右している存在なのだ。
だけど、アタシを求めてくれる人が目の前にいる。それはアタシにとっては居心地が悪くもあり、他方で、心地よくもあった。そんな曖昧な気持ちを抱えて、アタシは生きる意味とは結局、人間関係にあるのだろうと柄にもなく彼女たちを眺めてボンヤリと考えた。
「まあ、アンタたちがアタシを求めてくれてる限り、アタシは生き続けようかな」
「え、え!?ちょっと、何!?ツンデレ??デレたの??」
「リンネ先輩、抱いて」
やっぱり、彼女たちがアタシの生きる意味になるのは、難しいようだった。