獣耳は悪ですか? 正義ですか?
道なき道を進む。ミラにとっても大した事ではないみたいだ。平然とした顔でついてくる。さすがだ。伊達に、『基礎生活能力のない方向音痴の脳筋ちみっババ食いしん坊属性持ち実は武闘家魔法使い』の称号を与えてられていない。
俺からな。
だんだん長くなっていく所がミラクオリティ。
モンスターや獣にも遭遇する事もなく、少し開けた場所に出た。こういう森の中って、薬草とか毒消し草とか、珍しい植物が生えてたりしないのかな? 全然興味がないから、見分けもつかないけど、いい値がつくなら採取したいよね。調べられる所があるのかな? これからもこうやって移動して行くのなら、必要な知識かもしれないな。
「ミラ、ちょっと聞きたいんだけど。この辺に薬草とか価値のある植物とかって生えてたりするのかな? ミラなら見分けがつけられたりするのか?」
「ん。なんじゃ突然。わしにそんな難しい事が分かる訳がなかろうに。わしには薬草も雑草も見分けはつかんのじゃ。そういうのは、『鑑定』持ちがやることなのじゃ」
あっ、やっぱりあるんだ。鑑定。
いいなー欲しいなー。
「そうか、鑑定持ちか。羨ましい能力だな。俺も薬草と雑草の違いは分からないからな。見たこともないし」
じゃあ、この辺に薬草があっても分からん訳だな。仕方ない。町への到達を最優先させましょうかね。
「ほうほう、おぬしにもできぬ事があるのじゃな。少し安心したのじゃ。ふむふむ。鑑定はできぬのじゃな」
ぶつぶつ言ってくれちゃってるけど、俺だってできない事だらけだからな。くっそー。いつか鑑定チート手にしてみたいな。
* *
「ミラ、だいぶ進んだから、休憩も兼ねて、また〈櫓〉で確認しようと思う。この辺なら場所もとれそうだからな」
「あい、分かったのじゃ。ほんとに便利じゃのう。わしも土魔法が欲しくなるのじゃ」
「まあね、便利なのは認めるけど、適材適所、役割分担ってね。ミラにはミラの持ち味があるだろ。そこで活躍してくれればいいと思うぞ」
「ほう。嬉しい事を言ってくれるのじゃ。そうじゃの、わしにはわしの役割があるのじゃな。ふむふむ」
おう、ご機嫌そうで何よりだけどさ、言っておいてなんだけど、ミラの役割って? 食べる事? ……はっ、いかん。そっちに捉えられたら、オイラの食料がすぐに底をつくぞ。
「ミラには、スピード、機動力があるだろ。それを活かした攻撃手としての前衛。そんな感じでいいんじゃないかな」
「ほうほう。やはりわしは攻撃手なのじゃな。そうかそうか機動力か、意味は分からんが、わしにピッタリな響きなのじゃ」
「機動力っていうのは、分かりやすく言うと、その場の状況に応じて、素早く動き回って活躍するって感じの能力だ。ミラにピッタリだろ?」
「そうか、そういう意味か。確かにわしにピッタリなのじゃ。そうなのじゃ。わしには機動力があるのじゃ。ふむふむ」
これでよし。大食いルート回避に成功した。はずだ。
ふー。
今のうちに櫓作っちゃお。もちろんエフェクト付き。
パン!
ミラの妄想を邪魔しないように、少しおとなしく手を合わせて、すかさず屈んで両手を地面つける。
《エフェクト雷》(中) バチバチ、バチッ!
からの、《櫓作成》
今回も外階段を追加。2度目だから、完成までの時間が少し短縮。やるね。
「じゃあ、確認してくる」
演出と櫓の出来映え、両方に満足しながら階段を上がる。
おお、街道が見える、見えるぞ。俺にも街道が見える。
あとは…………特に変わった所は、ありましたね。
街道いに向かう方向から逸れる事にはなるけど、不自然な岩山を発見。何かあるんだろうなぁ。どうしようかなぁ。やっぱり行っとくべき?
「あ、ミラ、ちょうどいいところに来た。あの先に岩山が見えるだろ? 何か不自然な感じがするんだけど、どう思う?」
「おぬし、何も言わずに上がって行ってしまうとは、ヒドいのじゃ。気づかなかったわしも悪いが、一言ほしかったじゃ」
おう、気づかなかったの? 櫓作ったのに? この大きさでも? という事は、オイラの演出にも気づいていなかったと?
くそー。やってくれる。地味にダメージ入るわ。俺が満足したからいいようなものの、恐ろしいお方なのじゃ。これもミラの機動力が為せる業なのか? やはりただ者ではないな。
「それは悪かったよ。ミラが何か考え込んでたから、邪魔しちゃ悪いと思ってね。それで、どう思う。あの岩山だけど、何か怪しくないか?」
「そうか、わしが考え込んでおったのか、そうじゃったな。逆に気を遣わせて悪かったのじゃ。どれどれ。」
《双眼鏡》
……あ、やっぱり普通じゃない。岩山が加工されてるな。人の手が入っているって事なのか。違和感はこれか? 岩だけに、岩感。近くで見れば一発で気づくレベルだと思うけど、隠そうとしている? 削られて……草木で覆われて、まさか盗賊とかの隠れ家?
「ほう、おぬしよく分かったのう。わしは言われなければ何とも思わなかったのじゃ。あれは、岩を住みかにしておるようじゃの。どんな者が住み着いているかは分からんが、恐らく、あまりいい所ではないと思うのじゃ」
「やはりミラもそう思うのか。こんな所に隠れて暮らすって、やっぱ訳ありだよな。この先に街道がみえるだろ? そこに行くまでに岩山へ続く隠し道とかを通ること事になるかもしれないから、警戒しておこうか。わざわざトラブルに巻き込まれに行く気はないけど、見張りとかいるかもしれないからね」
「そうじゃのう。わしもそれに賛成なのじゃ。あえて岩山に近づく必要はないのじゃ。もし向こうが襲ってくるようなら、返り討ちなのじゃ」
「そうだな。そうしよう。ミラがいるから頼もしいよ」
「ふむ。当然なのじゃ。わしに任せておけば何の問題もないのじゃ」
よし、何もなければ基本スルーで。警戒しつつ、足早に抜けるとしましょうかね。
* *
「ミラ、この辺では一人旅とか、家出とか、孤独な修業でも流行ってるのかな? 行き倒れも流行りなのか?」
「何をバカな事を言うておる。わしが見てくる。周りの警戒は頼んだのじゃ」
とっととスルーして行くつもりが、また変なの発見しちゃいました。そうか、でも行き倒れは流行ってはいないんだな、良かったよ。でも倒れた人がいるから、良くはないのか。厄介だな。
ミラに続いて2件目か。俺の引きが問題か? でも普通じゃないよな。森って人が倒れる所なのか? 俺常識ないからなー。
あーあ、やっぱり平穏無事って訳にはいかないか。やれやれ。
生きてるのかなー。もう逝っちゃってるのかなー。どっちかなー。やっぱり俺が行かないと何ともならないよな。ミラだしなー。
ふー。覚悟を決めますか。
素早く周辺の様子を確認。
森に戦闘の形跡は…………なさそうだな。人の姿も、モンスターの姿もなし。血が飛び散ってるとかのグロテスクな要素も感じないからな、本当にまた1人で行き倒れかな?
「ミラ、交代だ。周りの警戒を頼む」
なんだ? またキノコか? 倒れてる周辺にキノコが散らばってる。パッと見、大きめのシイタケ? まさか、またこれが原因か? 散らばってるって事は違うのか? ミラじゃないんだから、怪しい物は普通は口にしないよな。
パッと見た所、外傷はなさそうだ。
よかったよ、血みどろのゾンビとかじゃなくて。またしてもバイタルチェックする事になるとはね。
あれ? 獣人さん?
赤髪で耳が頭の上にあってフサフサだ。顔立ちからすると、犬人さん? 子どもなのか? オイラには、その基準も分からないからなぁ。でもこの顔立ちで猫人さんってことはないよな? はっ、いかん。そんな事よりも何としても助けねば。我が使命において!
おっ、ミラと違って分かりやすいぞ。
「おい、大丈夫か? おいっ」
反応なし、肩を軽くたたいて呼びかける。
「おーい、おーい、聞こえますかぁ」
「……」
【意識】は、なし。
【呼吸】は、……胸のあたりは上下に動いてるな、呼吸運動はあるが、少し早いな。呼吸音には変な音は混じってないな。
【体温】は、…………温かい。屍ではないぞ。分かってたけど。
平常時の体温がどれくらいか分からないけど、俺と変わりなさそうだ。熱すぎもしない、でも脱水症状がみられるのかな。痙攣までは起こってないが、大量の汗をかいたようだ。服がじんわり湿ってるぞ。
外傷は……見える範囲では特にはさそうだから、やはりキノコか? また当たりを引いたのか? 当たりの確率高過ぎだろ。なにもんだこのキノコ。……キノコか。
「おい。勝手で悪いが、救命活動させてもらうからな。文句があるなら、後で聞くから、今は意識をしっかり持ってくれ」
「……」
まずいな、反応がないぞ。一刻を争うのか?
でも、ミラの場合は、飯食ったら復活したんだよな。あ、食いしん坊属性持ちだった。一緒にしたら可哀想だよな。ごめんな、初対面なのに。いきなり失礼な属性持ちにするところだったよ。俺反省。
とりあえず、状態を悪化させないように《手当て》を発動。
免疫力向上、体温・水分調整、呼吸の確保を行う。これで猛毒とかでもない限りは、しばらくは大丈夫なはず。
湿った服も気になるので、《洗浄》乾燥付きも発動させる。
「ミラ、前にミラが食べたっていうキノコと、ここに散らばってるキノコは同じものかどうか、見分けはつくか? ちょっと見てくれ」
「ん。なんじゃ突然変な事を聞きおって、そんな事より、コヤツはどうなんじゃ? 助けられそうなのか?」
「大事な事なんだ。ミラ、思い出してくれ。倒れてる原因が分かれば、治療がしやすいんだ。もしかしたら一刻を争うかもしれない。キノコを確認してくれ」
「お、おう、よく分からんが、大事なことなのじゃな? あい、分かった。確認するのじゃ」
『癒やしのチカラ』も万能ではないはずだ。
何も考えず、やたらと回復させると、まさかがあるかもしれない。
俺の思い込みかもしれないが、この状態にさせている原因まで回復させてしまったら、結果的に体調を悪化させてしまうかもしれない。癒やしたつもりが悪化させてたなんて、笑えない。俺がトドメを刺す事にもなりかねない。
まずは、原因を探り、それに対処する。
本人から話を聞ければいいが、できないのなら、こちらで何とかするしかない。まったく割に合わない行動だと思う。だが、俺には使命がある。使命はチカラになる。それを証明してやる!
「これは、前にわしが食べたキノコと同じじゃな、色も形もニオイも同じじゃから、間違いないのじゃ。おいしそうじゃからな」
「おう、そうか、ありがとうミラ。同じやつなんだな。ミラが言うんだから間違いないな。それは有益な情報だぞ。
それで、ミラが倒れた時は、体が痺れてきて動けなくなったんだよな?」
「おお、そうなのじゃ。おいしかったからたくさん食べたのじゃ。まさか、あれが原因じゃったとはのう。怖いのう。これからは気軽にキノコが食べられんのじゃ、まったく困ったもんなのじゃ」
おいしかったっていう感想が先なのか。死にかけてたというのに、さすが食いしん坊属性持ち。食べないという選択肢はないんだな。でもだからこそ、原因はこのキノコで確定ということだ。
確かに、俺にもおいしそうに見える。俺の知ってるシイタケを、そのまま大きくした感じ? ジャンボシイタケだよって言われたら、そう思うわな。食べ応えがありそうだ。
「お、おう。ありがとう。食べたのがミラと同じ物で、この症状も同じなら、何とかなるかもしれない」
「おお。さすがなのじゃ。おぬしなら何とかしてくれると思っておったのじゃ」
絶対ではないけどな。
キノコによる食中毒だとすれば、手元に原因と思われるキノコもあるし、《殺菌》が有効なはずだ。これも初治療。やってみるしかないが、やってやりましょう。わが使命において!
意識があれば、吐き出させるのが一番なんだけど、ないからな。今嘔吐させるのは危険だ。気道に詰まったらシャレにならん。
本来? なら、保健所に届ける事案なんだがな。
だが、やってやる。獣耳は、正義だ。
左手に原因と思われるキノコを持ち、《殺菌》
ふわぁん。キノコがじんわり〈光〉に包まれる。
ん。紫色の禍々しい筋が見える。これか?
〈殺菌〉は、特定の細菌を殺すための魔法。病原性、有害性を有する細菌、ウイルスなどを死滅させる効果がある。
多分そうだ。この生理的に触りたくない筋を死滅させるイメージだ、もう一度、《殺菌》
ふゎ~~ん
優しい光がキノコを包む。どうだ?
「よし、成功だ」
紫色の禍々しい筋が消えた。これで有害物質はなくなったはずだ。あとは、これと同じ事をこの子にやってやればいいはず。
側に寄り、お腹の上に手をかざす。《殺菌》
あった。同じ紫色の禍々しいモヤだ。キノコが消化されて広がっているのか? 胃腸を中心に、紫色のモヤが全身に薄く広がっているようだ。
こいつを無くしてやれば、痺れは消せるはずだ。
イメージを強く持ち《殺菌》
手をお腹の上から喉に向かってかざしていき、口元で止める。禍々しいモヤモヤを口から吐き出させてやるイメージで最後に握り潰す。
殺菌完了だ。
「どうだ? これで痺れは取れてくるはずだ」
呼吸も安定して、顔色も、心なしか赤みが戻ってきたように見える。
「……」
反応がない。ただのお昼寝のようだ。
どれくらいこの状態だったか分からないからな、しばらくは様子を見るか。
「念のために、《癒やしの光》」 ポワァーン
これでよし。俺満足。
「ミラ、これでしばらく安静にしておけば大丈夫だと思うけど、どうする? ここで休むか、抱えて先に進むか、どっちのがいいと思う?」
「おお、顔色も良くなってきておるのじゃ。わしがあれほど苦しんだものを、こんなにあっさりと治してしまうとは、さすがなのじゃ。
ふむ。そうじゃのう、町が近くにあれば抱えて進むのも良いが、そうでなければ、ここで休ませた方が良いじゃろうな。こやつもシンドイはずじゃ」
「まあ、そうだよな。でもそうなると、あの岩山が近いからなぁ。何かありそうで、いまいち快諾できないんだよなぁ。
それに、こんな所に子供が1人でいるって事はないと思うんだ。もしかしたら、あの岩山に仲間がいるのかもしれない」
「ふむ、確かにな。なら、わしがあの岩山を見てこよう。おぬしはここで、こやつを看ておるのじゃ。今は落ち着いておるが、まだ何があるか分からんのじゃ」
「いや、それなら、ミラに看ていてもらった方がいい。そもそも、あの岩山に仲間がいると決まった訳じゃないし、どんな奴らがいるかも分からないんだ。ミラが1人で行くには危険過ぎる。
それよりも、同じ女性として、ミラには、ここに残っていて欲しい。この子が起きたときにも、その方が安心できるだろ?
おそらく脱水状態だから、起きたらまず、水を飲ませてやるだけでもいい。いろいろ置いていくから。
あ、もちろんミラの分もな。その方がいいだろ?」
「……ふ、ふむ。確かにそうなのじゃ。わしなら1人でも大丈夫じゃと思うが、わしも女性じゃからの。こやつも起きた時に安心できるのじゃ。
それに、わしの分まで置いていくのなら、その方がよいのじゃ。そうじゃそうじゃ、そうするのじゃ。おぬしが気をつけて行ってくるのじゃ」
そっちかよ。『ミラの分』に反応しすぎだろ。岩山に何がいるか分からない以上、俺がいくべきだ。制圧するにしろ、交渉するにしろな。ミラは、ほら、頭の中も筋肉っぽいし、すぐやっちゃうとか? 食べ物に釣られてとか? 交渉事とか苦手そうで任せたくないっていうか……うん。俺が行く。
「そうだな。ミラが適任だ。任せたぞ」
右手の親指を立て、サムズアップだ。
「お、おう。任せておくのじゃ。して、そのポーズはなんなのじゃ?」
「これはな、サムズアップって言うハンドサインだ。今のは、頼んだぞ! っていう意味で使ったんだ。声をかけられない時でも、このポーズで言いたい事を伝えるんだ。なんとなく分かるだろ?
あと、いいね、ありがとう、よくやった、幸運を祈る、大丈夫だ、オッケー、いい仕事してますね。っていう感じで、肯定的な意味を表す便利なポーズだから、覚えておいてくれよ」
「ほう、そんな意味もあるのか。とにかく良い意味のあるポーズなのじゃな。なんとなく分かったのじゃ。おぬしは面白い事をするのう。わしもこれから使うとするのじゃ」
「あ、ちなみに、俺には良い意味で伝わるけど、人によっては悪い意味に捉えられる場合もあるから、注意してくれよ。俺専用のハンドサインな」
このポーズ、万国共通じゃないからな。日本と同じで、肯定的に使われる事のが多いけど、例えば、
Good いいね、いい感じだ
Good job よくやった、頑張った
Good luck 幸運を祈る、ごきげんよう
って感じで。他にも、元気だ、ありがとう、と言ったオッケーのサインとしても使われたりもする。
でも、中東とかでは、このサインを『侮辱』と捉える国が多いから要注意。性的な意味合いや、最大の侮辱を表したりする。絶対にやめよう。アメリカでの、中指立てと同じ意味合いを持つからね。
なんて大切な雑談をしながらも、準備を整える。この森の中ではシェルターは無理そうだから、簡易版。
少し開けたスペースを斜め下に掘り進み、できる範囲で空間を確保して《強化》。赤髪獣耳っ子用に《ベッド作成》と、《机作成》《イス作成》くらいでいいかな。
保存が利く食料を適当に出し、《飲料水》をピッチャーに入れて、コップと並べて置いておく。あとはミラにお任せだ。
「おし、じゃあミラ、行ってくるから、後は任せるな。もしこの子が起きたら、まずは水分。何か食べられそうなら、その後で。必ず本人に聞いてから適当に食べさせてくれ」
「あい、分かったのじゃ。こっちの心配はいらんから、気をつけるのじゃぞ」
無言でサムズアップして返す。俺は食料のが心配だ。ミラが全部食べるなよ。フラグじゃないからな。
ミラも嬉しそうにサムズアップ。もう使いこなすとは。
うん。いい感じだ。信頼関係って、こうやって生まれていくんだな。ふふ。