それぞれの想い
「ただいま」
「うう、お帰りなのじゃ。わしは、もう、しばらくは酒は飲まんのじゃ。もう懲り懲りなのじゃ」
「お帰りなさい。あの。昨日はごめんなさい。初めてのお酒で、その、あまり記憶もなくてですね……。私、変な事してませんでしたか? その、誰も、何も教えてくれなくて……」
え? ミラさんや。まだ酒が残ってるの? もうお昼は過ぎてるよ? そんなに飲んだのか? まだ顔が青い気がするけど、大丈夫なのか? 言ってみれば、酒も『毒』だからな。
『適量のお酒は体に良い』『酒は百薬の長』って言うのは間違いで、『ただの毒水』『一滴も飲まない方が健康に良い』という意見も多く出てきていた。
アルコールは肝臓で分解され、アセトアルデヒドという物質が生まれる。こいつの毒性が高く、体に様々な悪い影響を及ぼす。アルコールを大量に飲むという事は、体を老けさせる毒を飲んでいるという事。美容面に関しても同様で、アセトアルデヒドから生まれる過酸化水素による『サビ』。AGEによる『アゲ』じゃなくて、『コゲ』。この2つが、お酒は老ける毒だと言われる理由。
酒をたくさん飲んで、その時の記憶がない状況を『ブラックアウト』と言うけど、これを引き起こすような酒の飲み方をすると、脳の神経細胞が破壊され、その結果、脳の働きが鈍くなったり、脳の萎縮が起きたりして、危険な状態になってしまう。
科学や研究は、常に更新されていくから、健康に関する情報も、コロッと180度見解が変わる事もあった。なんじゃそりゃあって毎回思ったし、責任持って、その日付けと言い出した奴の名前、広めた奴の名前を明かせよって思ってたけどね。いろんなチカラが働いてるから、難しい問題なんだよね。
まあ、「お酒の適量」といっても、日本酒で1合・180ml、ビールで中瓶1本って500mlだからね。とてもじゃないが、止められないよね。
でも、適量を意識するだけでも、だいぶ飲み方が変わってくるから、アリーなんかは、その辺を気を付けて飲んだ方がいいかもしれないね。今回は、初めてだから仕方なかったけど、段々慣れていけばいいし、自分が美味しく飲める限界を知っていけばいいと思う。別に、無理して飲む必要もないからね。その辺は、本人の好きにすればいいと思う。
俺は、生きているだけでもシンドイし、リスクはあると思っている。突然何があるか分からないのが世の常だ。俺も、突然こっちの世界に来ちゃったらからね。身に沁みてそう思う。
地震、雷、火事、親父。女房、津波に台風まで。アンケートによっては、病気に、失敗、高いとこ。虫に、お化けに、歯医者まで。あとは他人。これが意外と多かった。『怖いと思うモノ』ね。
突然だ。何があってもおかしくない。しっかり準備していても、巻き込まれる時には、無抵抗で巻き込まれてしまう。それが、神による間引きなのかもしれない。
悪い事などしていなくても、関係ない。災害は突然やってくる。それが天災だろうと、人災だろうと同じだ。
ちゃんと理解して、自分で責任を持てるなら、その範囲で好きな事をすればいいと思う。それが『お酒』だと思っている。俺は、お酒が好きだから、飲酒の健康リスクもちゃんと理解して、お酒を楽しみたいと思っている。そんな感じだ。
でもこれは、『タバコ』とは違う。「百害あって一利なし」って言われてたけど。マナーが酷かった。売り手、買い手、双方共に問題があった。もうオイラ腹立つのり。
『他者の命を、奪う』でしょ?
お酒と同様。健康リスクもちゃんと理解して、楽しみたいと思っているなら問題ないのだけど、他者に及ぼす影響がデカ過ぎる。『副流煙』『受動的喫煙』。これを意識している喫煙者の、いかに少ない事か。だいぶマシになってきてたけど、ポイ捨て、歩きタバコ、喫煙禁止区域無視。当たり前のように繰り返されていた。もうアホばっか。『ジャッジメント』と呼んでやる。
自分で楽しむなら、何も言わない。嗜好品なのだから、需要もある。オイラも昔吸ってたから、否定はしないし、できない。
でも、嫌がる人は多い。健康に良くないと知ったからだ。にも拘わらず、不意に見知らぬ誰かから、強制的に煙を吸わされてしまう。子供の健康の為にも、これは許せない。分かる。俺も、今では許せないから。
これは、リスクを受容するという考えからは、外れる。強制的に煙がやってくるのだから。災害と同じだ。対策しなければいけない。
喫煙者の意識の何と低い事か。嘆かわしい。対象年齢は合ってるの? 精神的にも検証した方がいいと思うよ。自動車と同じように免許制にして、試験をすればいい。また新しい財源が生まれるよ? 更新制度の運営、管理。違反者への罰金、更生施設の運営。定期的に試験して、違反がないか管理して、販売でもしっかり税金とって。うん。やれそうだね。やれば?
『青の首輪』着けちゃうよ? え? 流石にそれは酷いって? 『赤の首輪』のが目立つからいいって? ほう。それもアリか?
財務省管轄なんだから、何でもできるんだよ? その気になればね。ならないね。政治・業界・マスコミの癒着があるからね。自分達の損になる事は隠すよね。
いくら、タバコが有害で、依存度が高く、危険なモノだと分かっていても、その対策が意図的に阻害されてきたし、とても十分なものとは言えない状態だった。これが、世界的な平和の祭典を前にどう変わっていくのか、楽しみだったんだけどね。
国は、その『害』を知ってても、禁煙を推奨していない。建前では、喫煙の害を警鐘して、健康増進法を立法しただけ。何なんだろうね。人が人の寿命を縮めるブツを製造し、宣伝して販売までしてるのに。もっと制限されて然るべきだと思うけど、それも出来ないなんて、何かおかしいと感じないのかな?
やっぱり金が大事。金さえあれば、何でも出来る!
それじゃ、やっぱり『ジャッジメント』と一緒だよね。あ。こっちも同じかもね?
* *
「うん。ミラ、大丈夫? 顔がまだ青いよ? 水分補給して、もう少し大人しくしていようか。まだ、シンドイでしょ? 無理しなくていいからね」
「うう、分かったのじゃ。もう少し大人しくしておるのじゃ」
「アリーも、お疲れ様。初めてのお酒じゃ仕方ないけど、無理しちゃダメだよ? 記憶がなくなるまで飲んじゃうのは、危険な飲み方だから、これからは気を付けようね。
それに、まあ、変な事はしてなかったけど、外では飲まない方がいいかもしれないね。うん」
「はあ、そうですか。私、危険だったんですね。……はい。気を付けます。ご迷惑をおかけしました」
* *
いつもの楽しい食事の後、今後の事を話し合う事にした。そこで、俺がセバイスさんから言われた言葉、俺の考えをみんなに伝えた。
「これは、奴隷商のセバイスさんから言われた事なんだけど、もしかしたら、みんなも薄々感じていたかもしれない。『みんなで安心して平和に暮らせる場所』は、『探すモノ』じゃなくて、『みんなで作っていくモノ』なんじゃないかなって。その方が、より現実的なんじゃないかって。
俺は、これを聞いて、ようやく目が覚めた気がした。言葉にされると、胸に響いて、何かスッキリしたんだ。
このまま、『みんなで安心して平和に暮らせる場所』を探して旅を続けるのもいいかもしれないけど、もっと違う見方をしながら、探していきたいんだ。
在るかもしれない場所を求めて、彷徨い続けるんじゃなくて、みんなで作っていける場所。『みんなが安心して平和に暮らせるように、作っていける場所』
別に完成させる必要なんて無くて、そこに向かって、みんなで作っていくんだ。少しずつでもいいから、作って行けばいいんだ。
みんなが理想と感じる場所なんて、出来る訳がないよ。それは理想だから。でも、最低でも、ここのみんなが『安心して平和に暮らせる』って思えるような場所をさ。みんなで作って行けないかな?
安心や、平和って感じる感じ方も、みんな違うから。もちろん1からだよ。少しずつだよ。大変だよ。楽しい事ばかりじゃない。イヤな事も、辛い事も、時には危険な事もあると思う。
それでも、理想を求めて探し続けるだけの旅よりは、現実的な気がするんだ。その現実を自分達で作り上げていくんだからね。
探すんじゃなくて、一緒に作っていかないか? 誰かに与えられた場所じゃなくて、自分達でそういう場所を作っていくんだ。俺は、ここのみんなとなら、安心してやっていけると思ってる。少しでもみんなの理想に近づけられるように、1からだけど、一緒に作っていかないか?」
………………
「も、勿論なのじゃ。わしは、おぬしに一生付いて行くと決めておるのじゃ。おぬしと作る理想の場所。まさに夢のようなのじゃ」ガバッ
「ちょ、ちょっと。どうしたの? ミラ」
「今は、いいのじゃ。しばらく、こうさせておいて欲しいのじゃ」
「う、うん。分かった」
ギュッと力を込めて抱きしめてくるミラ。こんなのは初めてだけど、結構可愛い所もあるんだよな。よしよし。良い子だ。
「は、はい。私も、勿論ご一緒します。一緒に作っていきましょう。私達の場所も未来も、赤ちゃんも……」ガバッ
ミラと同じように、ギュッと力を込めて抱きしめてくるアリー。こらこら。赤ちゃんもとか、ボソッと言っても、聞こえてるからね。それ、いきなり飛ばしすぎだからね。そう言うのは、ちゃんと順を追って…………って、何を言ってるんだ俺は。まだだよ。そう言うのは、まだ早いからね。
ふー。危ない危ない。流される所だったよ。やるな。2人とも。両サイドをガッチリ固められてるよ。ははは。でも、嬉しいよ。ありがとう。一緒に頑張って、楽しみながら作って行こうな。よしよし。こっちも良い子だ。
「タビトさん! 私達も忠誠を誓っております。勿論ご一緒させていただきます。そして、『理想の場所作り』に協力させて下さい。よろしくお願いします」ザッ
「はい。私達も忠誠を誓っております。『理想の場所作り』に協力させていただきます」ザッ
片膝をつき、頭を下げるパブロ、ルイ。
それって、騎士がやる、「ひざまずく」ってやつ? 地面に右膝をついて身を小さくかがめてるから、そうだよね。この姿勢って、主従関係においては、服従や忠誠の意を表してて、「自分はあなたに従います」っていう意味の現れなんでしょ?
それって、服従を誓うって言うようなものじゃないよね? この前言ってたよね。重苦しいものじゃなくて、特定の対象を尊敬し、献身を尽くすって、柔らかい感じなんだよね? 騎士が国や主君に捧げるモノとは違っうて言ったよね。パブロは騎士じゃないよね? ルイまで、それ、やっちゃうの?
「パブロ。ルイ。それは、そんなに重苦しく考えてなくていいんだよね? 重たいのは望んでいないんだけど、大丈夫だよね? 俺は、みんなとは対等で在りたいって思ってるんだよ?」
「はい。私達からのタビトさんに対する誠意です。つい、この姿勢をとってしまいました。この状況が、私にこうさせているのです。お気になさらないで下さい。」
「はい。その通りです。私達家族は、タビトさんの負担にはならないように、これからも努力していきます。タビトさんの進む方向に最大限の誠意で応えて行きたいと思っています。この事は変わりません。お気になさらないで大丈夫です」
……まあ、それならいいか? あまり気にしちゃダメだな。これから忙しくなるぞ。みんなが居てくれれば頑張れるかな。独りじゃないって、いいね。独りもいいけど、何かをしようとするのなら、仲間は多い方がいい。勿論、信頼できなきゃ意味ないけどね。
さすがに、ジャックとレックスは大人しくしてるのかと思ったら、真似してひざまずいてるんだけど? 意味は分かってる? ん? 「「誓うー!」」
ダメだ。こりゃ。次行ってみよう!
「ははは。ジャックも、レックスも、真似してそんな事しちゃったら、ダメでしょ? ちゃんと意味は分かってるの?」
「「分かるー! タビトに忠誠を、誓うー!」」
「う、うん。ありがとう。気持ちは嬉しいよ。まあ、重たく考えないでおくからね? 気軽に接して欲しいからね? 頼むよ?」
「「分かったー!」」
はは。まあいいや。良しとしておこう。恐らく2人も、みんなと仲間になりたいんだろう。この輪の中に入りたいという事だな。うん。多分そうだ。
「よし。じゃあ、今日は、『目標が定まった記念』という事で、乾杯しようか!」
…………
「え? 反応がない。まるで屍のようだ……。どうしたの?」
「うっ。もう乾杯はいいのじゃ。しばらく酒は見たくもないのじゃ」
「はい。すいません。私も、もうお酒はいいかなって……」
「ははは。ごめんなさい。私も、妻から止められてしまいまして、しばらくは、その、禁酒という事になりまして……」
「はい。折角の雰囲気をすいません。でも、また、ご迷惑をお掛けするような気がしますので、しばらくは、禁酒という事にしました。タビトさんは、どうぞ、気になさらずに、召し上がって下さい」
え~。こういう雰囲気で、1人で飲むのって、逆に辛いよね? なんか俺の罰ゲームっぽい感じがするし、流石に、ここじゃあ飲めないかなぁ。はあ。仕方ない。後で、部屋で飲もう。ふふふ。
「あ、そうなんだ。みんな禁酒なんだね。じゃあ、俺も、みんなの禁煙が解禁されるまでは、ここでは飲まない事にするね。この場で1人で飲んでも、おいしくないからね。
それに、別に、乾杯って、お酒じゃなくても出来るからね? ジュースとかでもいいんだからね? 嬉しい気持ちを、乾杯って、気持ち込めてやりたいだけだから。
それこそ、重たく考えないでね?」
っていっても、まだ時間はタップリあるからね。まだ、遅いお昼食べたばっかだし。