奴隷商館 まだですか
うん。やり様によっては面白いかも。みんな、今よりは幸せになれるかもしれないよ?
『奴隷商』は、『緑』の『契約奴隷』の生活の面倒を見る必要がある。身の安全を確保し、その行動に責任を負う。その代わりに、それぞれの能力に合わせた仕事を『約束』が果たされるまで、させていく事になる。
これも考え様なんだけど、『奴隷商』がそこまで責任を負うというのなら、もっと効率よく管理してしまえばいいのではないか。勿論、お互いにとってメリットのあるように。
現状を聞くに、あまり上手くは回っていないらしい。どうしても売れ残りが発生し、経費ばかりが嵩んでいく者がいると。その反面、人気の種族や、能力が高い者はすぐに買い手がつくのだが、本人としては、それで『契約』の期間が短縮されるかと言えば、そうではなく、いくらこき使われようとも、その『契約』は変わらないと。そういうモノだという認識なので、疑問にも思わないのだろう。それはまた、双方にとって、勿体ない事だと思う。
『奴隷商』にすれば、もっと高く販売でき、もっと効率よく回転さる事もできるかもしれない。
『本人』にすれば、働けば働くほど、『契約』期間が短縮され、『解放』される期日が短くなる。購入者からの受けが良ければ、評判になり、また購入してくれるかもしれないし、もっと良い条件に変わるかもしれない。なにより、今後の役にも立つ。
文化の違いもあるから、受け入れられない要素もあると思うが、案としては面白いと思う。
聞けば聞くほど、奴隷商は、『労働者派遣事業』をやっているようなものだ。期間従業員を自ら抱え、生活の面倒を見ながら派遣労働者達の窓口となり、契約を結んだ購入先に人材を派遣する。
正に、そのままだ。大きな違いは、まず奴隷商自らが、お金を出して人材を抱えているかどうか。身請けして、生活の面倒まで見るなんて、余程の事でもなければ出来ない事だ。訳ありの人達なんだからね。そんな覚悟のある派遣会社なんて、そうそう無いと思うから、そこは、奴隷商の負担が大きい所だろう。
それから、もう1つ。『首輪』をしているかどうかも大きな違いだ。でもそれは、言ってみれば奴隷商に登録する事と同じ。最悪、犯罪奴隷に落ちるかもしれないという危機感があるかどうか。これは、首輪による実行力があるかどうかの違いと言った所だろうか。
厳密に考えていけば違いはあるが、大きく見てしまえば変わらない所のが多いのではないか。
しかも、この世界。労働者派遣に関しての免許やルールも、職業の制限もないのだから、やりたい放題。勿論、いい意味で。
ある意味、これの形を整え、より人間としての体裁を形作ったのが『労働者派遣法』なのかもね。正式には、『労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律』。どんどん変わっていくけど、その先に明るい未来はあるのかな?
でもここは、魔法の在る世界だ。いいとこ取りして、今までやった事のない事でも、導入してみたらいい。
土魔法でマンションでも建てて、現在の奴隷商館と切り離し、契約奴隷専用の寮にしたらどうだろう。
食事付きで個室完備だ。管理が面倒だから、風呂は大浴場にして、トイレも共同だ。風呂トイレ付きの部屋もあるけど、使用料は別途徴収。これは個人の選択次第。
寮長や食事係としても契約奴隷は使えるし、掃除は当番制でもいい。自主性も鍛えられるし、集団生活も経験できる。うん。いいんじゃない? 別事業として切り離してやってもいいが、責任を負うのは奴隷商だからね。やれる範囲で、効率よくやっていくしかないのかな。
仕事は、奴隷商が斡旋してる訳だから、場合によっては、現場まで送迎も可能。まさに、人材派遣業。その下地が既にある。
必要な現場には、24時間2交代制、3交代制の導入もできる。地下のシェルター寮なら、昼夜関係ないし、みんな快適に暮らせるはず。早く『解放』されたいと思う者なら、この方が効率がいいはずだ。勤怠管理も奴隷商が自由に調整できるから、ブラック臭を漂わせることも、真っさらなホワイトの香りで行くことも可能だ。
それは、本人次第。笑顔で前向き、向上心のある奴隷には、能力を磨くためにも、より快適で成長できる仕組みを。教育制度、資格制度なんかも作ってもいい。
逆に、やる気のない奴隷には、改善の余地がなければ、重労働の現場でひたすら単純作業。それも悪くないはずだ。その方が楽だから。体はキツいけど、考えなくていいからね。そういうのが好きな人はいる。そういう人にも、現場で能力を伸ばしてもらえばいい。評価制度も設けられる。
うーん。やっぱり派遣事業だ。奴隷商は、そういう一面からも社会に貢献しているのかもしれないね。
『奴隷商』この商号は変更した方がいいのかも。イメージが悪すぎる。まあ、国が決めた事だから、何とも言えないけどね。少なくとも、歴史が繰り返してきたマイナスのイメージが見えないような名前がいいな。
『労働者覇権業』『債務者再起事業』『人材育成機関』『獣耳の穴』『何でも屋』『便利に使って屋』
ダメだ。オイラには、ネーミングのセンスがなかったようだ。
セバイスさんなら、ちょっとコツを掴めば、すぐに上手く回せるようになりそうだ。今までやってきたことの延長線みたいなモンだからね、合理的で効率的な管理が加わるだけだから。
ま、これくらいの事なら、知識としては誰でも知ってるからね。事務系の派遣ですら、いろんな問題を抱えて、えらいこっちゃなのに。肉体労働で24時間の交代制がある現場なんか、もの凄く大変で、離職率も高くて、どこもヒーハー言ってたんだけど、ここは魔法の世界。『隷属の首輪』のチカラで万事解決なのであります。
しゃっちょうさ~ん。大丈夫ね。あなたならヤレるね。頑張るがよろしね。
うん。『契約奴隷』って、結構いいのかも。『契約社員』なんかより、よっぽど未来があるかもね。やっぱり、『アタマ』次第だ。
事前に、見えない存在の息の掛かった少し公共性のある仕事と、ペーパー会社を準備しておいて、金のチカラで集めた他者の賃金を抜いていくだけの狡い会社と、しっかり生活の面倒を見て、能力に合わせて仕事も斡旋していく、全ての責任を負った奴隷商。どっちがお得? いや、在るべき存在なのは? 未来が明るいのはどっちだろうね。
もう、ここまで来たら、聞いておいた方がいい。
聞くは一時の恥、効かぬはコブラツイストってね。違った。聞かぬは一生の恥だった。
コブラツイストは、痛くないって言う人もいるみたいだけど、それは、かけた奴が本物をしらないか、手加減してくてたからだ。ハッキリ言っておこう。これは痛い。5秒だね。落とせる自信がある。オイラより体格がデカくなければね。
ポイントは、腕じゃなくて、腰。普通は、肩とかを意識しがちだけど、それは間違い。勿論、両腕をロックしてやるんだけど、それよりも、自分の上半身を起こす事。それが重要なんだな。
相手の首と肩を固定してから、自分の腹を突き出してやる感じで力を入れると、完全な形に近くなると思うから、1度試してみればいいと思う。そう。検証は大事だよ?
で、なんだっけ? そうだ。知りたい事を知らないままでいるよりは、ちょっと恥をかいてでも、聞いておいた方がよっぽどマシだったんだ。うん。そうだった。よし。聞いてみよう。
うん。また大笑いされた。知ってたけど、痛いのまでは想定外。いや、何度目だ? 〈身体強化〉打ち破られっぱなし。オイラはまだ弱い。
怖いよぉ。トイレはどこですか?
奴隷契約の種別について、覚悟を持って、かる~く、こそっと聞いてみた。代償は、セバイスさんのいつもの大笑いと、肩と背中の手形くらいかな。赤くなってると思うよ。ヒリヒリしてるから。
【緑】【契約奴隷】
【赤】【犯罪奴隷】
【青】【特殊奴隷】
【黒】【使役奴隷】
だそうです。何を今更と。普通に笑われた。ただ、笑いたいだけの様な気もしてきた。不勉強な私めにも優しく教えていただき、感謝致します。
公然の契約だそうです。一般常識ではあるが、特殊なモノと、対象が魔物なので、特に話には上がらないモノ。敢えて説明するような事ではないそうだ。
なーんだ。そういう事か。はは。知らないって怖い。常識、非常識も判断できないからね。ふー。今回は、勇気を出して聞いてみて良かった。
【青魔石】の【特殊奴隷】。名前こそ『特殊』だが、その実、『絶対服従奴隷』。想像通り、怖い契約。死を前提とした『契約』で、戦争時や死刑執行の代わりに結ばれるモノ。自我が保てなくなる事もあり、『奴隷商の腕輪』でも『開放』できない。
【黒魔石】の【使役奴隷】。対魔物用の『契約』。魔物を有用に使役する為の『契約』。奴隷商人でも使える者は少なく、特殊な能力、スキルがなければ使えない。
やっぱりそうだった。オイラ迷探偵になれるかも。はっ。ミラの後釜はオイラなのか? そんなのイヤだ。ズバリ当てたから、やっぱりオイラは名探偵だ。
【特殊奴隷】って、絶対服従な訳だから、やっぱり拷問とか、戦争で特攻隊にさせる為のモノでしょ? 怖すぎる。【青色の首輪】を見たら要注意だね。何かの拍子に敵に認定されたら、突然襲ってくる可能性もあるんだよね。そういうのって。まあ、勝手なイメージだけど。うわっ。だから、戦争やってるような地域には近づきたくないんだよね。
【使役奴隷】って、名前が良くないよね。やっぱり『奴隷』って言って欲しくないかな。最低でも『使役魔法』とか、やっぱり『テイム』とかにして欲しいね。確かに隷属はさせるんだろうけど、仲良くはなれないのかな? そんな感情すらないから、モンスターなのか。なんか残念だなぁ。
流石に、スライムとかは、首輪が着けられないから無理かもしれないけど、ゴブリンさんとか、狼とかなら、着けられるよね? まあ、ゴブリンさんは、仲間にしたくないかもしれないけど。臭いから。
可愛げがあって、もふっとしてて、連れて歩いてもイヤじゃない感じの、もふっとしたヤツなら、別にいいと思うんだけどな。特殊な能力やスキルがないと使えないらしいけど、それこそ『強制的テイム』はできないのかな? テイム自体が強制みたいなモノだから、通用しないのかな。うーん。試したい。もふっとしたモノがオイラを待っていると思うんだよね。特に首輪を頂戴してからは。
ふふふ。待っているがいい。そのうち見つけてみせる。じっちゃんの名にかけて。『友作』さん。そっちの世界て、モンスターの友達を作りなさい。そう言っているのです。あれ? そんな名前じゃなかったと思うんだけどなぁ?
いろんな情報提供、ありがとうございます。そうですよね。情報はタダじゃない。知ってます。しかも、自分が欲しいと思う情報ほど、価値があり、お高いという事も。勿論知ってます。
はい。お話ししたいと思います。聞いていただけますか? ありがとうございます。まずは、謝りたいと思います。ごめんなさい。いろいろと、隠し事をしておりました。そして、嘘をついておりました。
実は、あの首輪は、森で落ちてた物を拾ったんじゃなくて、2人組が持っていた物。この町にくる途中の森で襲われたから、返り討ちにした。で、それが奴隷狩りだった。
何か知ってるかもしれないし、もしかしたら、その仲間が居るかもしれないと思い、情報を小出しにして、鎌をかけてみる形となりました。ごめんなさい。
また、オイラの『ユニーク魔法』を披露した。『スマホ』に保存してある『ウロボロス』のマークを見てもらった。
完全・永遠・不滅の象徴とされ、円形をなして自分の尾を飲み込んでいる1匹の蛇。円形は、言い換えれば、始めもなく終わりもない。永遠に自らを飲んで成長を繰り返す循環的な時の経過。原初的混沌。あらゆるモノを包含する一者を表す象徴。
結論。知らない。刺青のマークも初めて見た。
『銃』という飛び道具を使う、黒髪黒目の人物について。もしかしたら、『スペード』という名前の人物。銃は、回収してきた現物の1つを見てもらった。
結論。それも知らない。
弾は、装填されている分しかないので、前置きをしてから、試し撃ち。銃声の大きさと、その威力に驚いていたが、弾がなければ、ただの鉄の塊。そこまで警戒する必要はないと思うが、仲間も所持していたので、もしかしたら、その組織の仲間にも配っていたかもしれない。
もし、そうなら、当然予備の弾も保管されていると思うのだが、返り討ちにした2人は、『一発』も弾を持っていなかったので、そのどちらかが、そういう能力を持っていたのかもしれない。
これは一大事。
えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイ。と大忙しです。頑張って下さい。望遠鏡で見えるくらい遠くから応援していますよ? ははは。そんなぁ、褒めても何も出ませんよ? 出せるのは、『隷属の首輪』くらいですよ? ホントだよ? オイラ悪い人間じゃないよ?
分かりました。1挺だけですよ? 今後の対策と、性能の検証のためと言うなら、仕方がないですね。確かにこれは脅威ですからね。でもこれ、お高いんですよ?
はい。冗談です。どうぞ、差し上げます。オイラ、あと3挺持ってるし。教えないけどね。使う時がくるかもしれないし、貴重な武器ですからね。弾に限りもあるし。
その代わり、もし弾が製造できたら、教えて下さいね。そして、お安く譲って下さいね。約束ですよ。そう。奴隷商相手に約束です。ふふふ。これくらいは、許されるでしょ?
奴隷狩りに、『ブツ』を売る闇の組織。もしかしたら『ウロボロス』の刺青をした『チート持ち』の集まりで、『スペード』と名乗る人物がいた組織。ヤバそうな刺青と、明らかにヤバい銃。奴隷狩りの『大元』かもしれない組織。その糸口をつかんだのだ。そりゃ、大変だ。
オイラを巻き込まないでね? これからこっちも忙しいんだよ? ホントだよ? まだ話し合ってないけどさ。みんな二日酔いでグロッキーだったから。ははは。へへへ。うふふ。
「おっと。大事な事を忘れる所でした。全く、衝撃的な話を次から次へと、よくもまあ。お陰で、これを渡し損ねるところでした」
ビシッとしたスーツのポケットから、小さな箱を取り出すセバイスさん。うん。それ、アイテムボックスになってるんですね。格好いいなぁ。その仕草も隙がない。
「ん? これは何ですか? いただける物なら、いただきますが、タダより高いモノはないですからね。何か裏があったりしませんよね?」
「はぁっ、はっはっはっはっは! やはりそうきましたか。そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ? これは、貴方にとって、チカラになってくれるモノです。見返りなど期待しておりません。これまでの働きで十分お釣りがきます。それに、これからもありますからな」
俺のチカラになるときましたか。あなたの為だからって言われるよりは信用できるかな。でも、そうなるとやっぱり、この箱の中身は、……『けむり』が出るなんて演出はないよな。オイラまだ年寄りになりたくないよ? これからなんだよ。俺の人生は。やっと目的が見つかったんだからね。
はっ。まさか。これを開けると、煙に包まれて、元の世界に帰れましたとか。目が覚めて、実は夢でしたとか。そういう落ちに使われるヤツか?
えー。…………それもありか? いや。そんな事、セバイスさんがする訳がない。俺を利用する気満々だからな。うん。そうだ。まだだ。まだ終わらんよ。新しい時……
「『これからもある』が、何の事かは分かりませんが、見返りを期待しなという事なら、有り難くいただきますね。ここで開けてもいいですか?」
「はい。勿論でございます。その反応を楽しみにしておりますので、ここで開けてみて下さい」
うっ。やっぱりそうだ。驚かせようとして目が笑ってるし。まあいいや。多分あれだと思うし。
「……じゃあ、開けますね」
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宿に帰ろう。流石にもう、みんな回復してるよね?