新・古今閑話集 3
僕の名前は…………
いけない、いけない、僕の名前は『エコー』。
大切な人に付けてもらった名前。恩人です。あの時は声が出せなかったから、大変だった。
* * *
目を覚ますと、いつの間にか森の中。
しばらくうろつくも、突然現れた『奴隷狩り』に捕まってしまった。状況の変化に頭が追いつかず、何もできないでいると、変な『首輪』をつけられた。
今思えば、状況も分からず、人に会えた喜びで無警戒に近づいたのがいけなかった。でも仕方がないと思う。だって訳も分からないんだから、人に助けを求めるのは普通の事だと思う。僕は悪くない。町まで行けば何とかなると思っていた。だって僕は……どうなったの?
*
その後は何度も死ぬ思いをした。
汚い馬車の牢屋に入れられた。山道の移動は苦痛で、眠れなかった。でもそれが幸いして、野獣の群れから襲われずに済んだから、どうなんだろう。
いつの間にか、また独りぼっちになっていた。
僕はまだ小さいから、壊れた馬車の底板を広げてなんとか脱出した。
どっちに向かったらいいのかも分からず、ただ歩いた。
僕は運だけはいいみたい。
食べるものは、森で果物を見つけられた。食べられるかどうかドキドキしながら食べた。寝る所は木に登って、真っ暗な夜を震えながらやり過ごした。
崖から落ちそうになったり、底の見えない大きな穴に落ちそうになったりはしたものの、野獣には一度も襲われる事もなく、なんとか町に辿り着いた。
『リーレイの町』
ボロボロの格好、声も出せない僕は門の所で保護された。温かい食事は久しぶりで、体に染みた。
いつまでもここでは保護できないと、教会へ行くことになった。孤児院もあり、簡単な手伝いをしている子供もいるのだとか。
生きてくためには、何でもしなければ。
* * *
なんとかした。
雨や冷たい風に打たれないでいいって
毎日温かいご飯を食べられるって
ベッドで安心して寝られるって
独りじゃないって
すごい事なんだ。
それに比べたら、ここの友達とうまくやっていけない事なんて、たいした事じゃない。
*
そんな時だった。彼に会ったのは。
いじめなんて、いつものこと。教会の仕事の手伝いはそんなに辛いものではないけれど、ここの友達の仕打ちには正直悲しくなる時がある。声が出せないから、僕の気持ちが伝わらない。言いたい事も言えない。我慢するしかなかった。
「何やってんだ! おい、危ないだろ!」
シスター以外でそんな事を言ってくれる人なんていなかったから、驚いた。こんな事に誰も関わりたくないのだから。見て見ないフリをする人ばかり。ただ遊んでいるように見えるのかもしれないけれど、孤児院の子供なんて大切に扱ってくれないのかもしれないけれど、それでも彼は、僕を助けてくれた。
バチッ!ってなってたけど。大丈夫なのかな? 本人も驚いていたけれど。痛くないのかな?
言ってることはよく分からないような事だった。僕も、ちょっとだけヤバい人なのかな? って思っちゃった。
ありがとうって言いたいのに声が出せず、首を振るだけで返事をした僕。それなのに、イヤな顔もせずに相手をしてくれた。ちゃんと理解もしてくれた。
心の大きい人だった。
優しくされた記憶なんて、いつの頃だろう。少なくともここ最近ではなかったから、とても嬉しかった。
しゃべれないってだけでも、相手にしてくれなかったり、イジメられたりしてきたのに。ちゃんと最後まで面倒を見てくれた。
お別れがちょっと悲しかった。
少ししか話してないのに、おかしいね。
帰る途中で振り返ったら、まだ見送ってくれていた。
手も振ってくれた。温かい人だった。
また会えるかな?
* *
僕は、ほんとうに運がいい。
翌朝、教会の前の通りを掃いていると、また会えた。
遠くからでもすぐに分かった。
雰囲気が違うんだ。
またイジメっ子達がからんでいったけど、
「おはよう。みんな朝から元気だな。いい事だぞ!」
親指を立てながら何か説明してた。さすがに聞こえなかったけど、
また、イジメっ子達は逃げて行った。
「何言ってんだ、こいつ。」「やっぱりヤバいやつだー」
「ヤバいよー、こいつ」「逃げようぜ、ヤバいよ」
その後、すぐに僕を見つけてくれた。
よかった。覚えてくてたんだ。
「おはよう。元気そうだな」
「…………」ふん。
挨拶しかできなかったけど、嬉しかった。
「そうか、よかったよ。じゃあな」
「その子に何かありましたか?」
その後はシスターとずっとおしゃべりしていた。
このシスターは僕にも優しくしてくれる人。
よく面倒を見てくれる人で、いつか恩返ししなきゃって思ってる。ちょっとドジなところがあって、僕からみても危なっかしいけど、愛されキャラっていうのかな。みんなから慕われている人。
会話の内容はわからなかったけど、シスターが途中から赤くなっていった。また何かドジっちゃったのかな?
この人なら優しいから大丈夫だと思うけど、初対面の人にまでドジっちゃうなんて、ほんとに世話が焼ける人なんだ。
「まあっ! ほんとうですかっ!」
突然の大声と共に、シスターが飛び上がって喜んでた。
僕もビクッとするほどの声だった。
「教会からの依頼という形で、この子を王都まで連れて行っていただけませんか? もちろん、報酬も、その間の費用もこちらで負担します。」
突然こんな事をいい出すシスターにも、優しく対応していた。
「は、はいぃっ、そ、そうですよね。突然すぎますよね。私ったら、いつも、つい……はぁぁ。またやっちゃったぁ……。
やさしそうだし、この子もなついてるようだし、独りで狩りに行くなんてそれなりに強いのだろうし、受け答えからも信頼できそうだし、それにそれに、ステキな方だなんて、まあっ……ぽっ」
あ、また始まってる。またやっちゃったんだ。お疲れさまです。
こうなると話が長くなるから大変なんだ。でもこの人は、しっかり対応して、理解しようとしていた。
『首輪』のこと、奴隷商のこと、僕の状態がよくないものであること。そのために、早く奴隷商の所へ行く必要があることまでも。その中には僕の話も含まれてて、ちょっと恥ずかしかったけど、真剣に聞いてくれていた。
依頼受けてくれるといいな。この人ならいいな。
僕も自分の身体の心配はあるけれど、それよりも、この人と一緒にいられるかもしれないと思える方が嬉しかった。
* * *
翌朝
また、シスターがやっちゃってたけど、名前を知ることができた。『タビト』っていうんだね。覚えたよ。
「……はっ、わ、私の名前はセシリア・ファイルド、こちらでシスターをやらせていただいています。いやだわ、名乗るのも忘れていただなんて、
……それに眩しいだなんて、……これが運命の出会いというものなのかしら……。いけないわ、私はシスターよ……、でも……、まぁ、どうしたらいいの……」
シスターの早口は、僕にも聞き取れない。
孤児院の早口大会で一番になってたくらいだから、しょうがない。でも、何言ってるのか分からないのは、早口なのかな? 大人の事情ってやつかな。分からないや。
「それで昨日の依頼の件なのですが、私に受けさせていただけますか?」
「まあっ! ありがとうございます。受けていただけると思っていましたわ。やはり思った通りのお方でした。どうしましょう。あっ、こちらの話ですわ」
シスターも顔を赤くして喜んでくれた。僕も嬉しかった。言葉にならないくらいに。
予定まで前倒ししてくれたんだ。タビトは、ほんとに優しい人だ。嬉しいな。旅の準備は少し前から整っていたから、すぐに出発する事になった。
僕に優しく旅の説明をしてくれた。
ほんとに面倒見のいい人なんだな。ついつい笑顔になっちゃった。
タビトに言われるように、教会に体を向き直して、感謝の気持ちをしっかり込めてお祈りした。
「はい。よくできました」
優しく頭を撫なでてくれた。嬉しいな。
シスターまで嬉しそうにしてる。この人も優し人。大事な人だ。
教会は静かなまま、そこにあった。誰の姿も見当たらない。もうお別れだけど、もうみんなには会えないかもしれないけれど、特に思い入れもないから早く出発したい。
「……はっ、あ、い、いってらっしゃい?
旅の無事をお祈りしております。またおいでくださいね」
シスターは優しく見送ってくれた。
また会えるのかな? どうなっちゃうんだろう僕。
不安もあるけど、この人と一緒なら大丈夫。不思議とそう思えた。
* * *
『サウンの町』で一泊してから『王都』へ向かった。
馬車の旅は辛かったけど、あっという間だった。
僕は運がいいから、乗り合い馬車もそれほど待たされる事もなく定員になり、出発する事になった。あ、これはシスターの祈りのおかげかもしれないね。
旅の途中で何事もなかったのは、僕の運のおかげかもしれないよ。
タビトは、いつでも優しかった。気にかけてくれた。
「お疲れさま。身体は大丈夫? どこか痛くない?」
「そうか、今は我慢しなくていいからね。できる事はしてあげるから」
それだけではなく、たくさんの取り決めもしてくれた。ジェスチャーって言うんだって。
そうだよって伝えたい時は、頭をタテに振る。
違うよって伝えたい時は、頭をヨコに振る。
伝えたい気持ちの強弱は振る回数で伝える。
いつもは1回、いつもより強く伝えたい時は2回、これ以上ないくらいに強い気持ちは3回以上。
僕から何か伝えたい時には、タビトの服のはしっこや、つかみやすそうな所を引っ張るか、足や肩などを軽くトントンと叩くこと。
お腹が減った時はお腹に手を当て押さえる。
どこか痛い時は、そこを手でスリスリする。
眠い時は目をつむって、手で目をこする仕草を。
軽い挨拶は、肘を曲げて、手のひらを相手に向ける。
感謝には指を組んで教会の祈りの仕草を。
これでも最低限のお互いのコミュニケーションのためなんだって。すごいなぁ。こんなに気を遣ってくれて、僕はとても幸せだ。
タビトは、僕の『首輪』のことまで気にかけてくれてた。他の人にどう見られるかなんて、僕は気にしないのに。心遣いが嬉しかった。人を大切するとか、思いやるっていうのは、こういう事なんだ。心が温かくなるんだね。
あ、そういえば、タビトは『アイテムボックス』を持っているみたい。やっぱり凄い人だ。中にどれくらい入るのかは分からないけど、確か最低でも100万エーンはするってシスターが話してた。
旅にはあると便利だから、持ってる人も多いけど、みんなが持っているわけじゃないから。それに、何も気にせず使っていたから、もっとたくさん入るのかもしれない。
一緒にいればいるほど、タビトの事が分かってくる。優しさが伝わってくる。こういう人ばかりなら、僕みたいに悲しい思いをする人はいなくなるんじゃないかと思う。
僕の護衛としての役目もあると聞いたけれど、ここまで気を遣えるのは、タビトだからだと思う。タビトは強いから、他の人にも優しくできるんだ。
僕もいつか強くなって、タビトみたいに優しい大人になるんだ。もう悲しい思いはしたくないから、頑張って強くなろうと思う。
* *
『王都』は初めて。
とっても大きい。『リーレイの町』よりも、『サウンの町』よりも大きい。それだけしか分からなかった。
町に入るのに凄く時間がかかったり、入場料が高かったりしたみたい。タビトが「はぁっ?」って怒ってたし。
あっちで聞いて、こっちで聞いて、いろんな人に場所を聞いて、ようやく奴隷商館に着いた。
すぐに確認してもらってたけど、僕に『首輪』をつけた奴隷商はいなかった。
首輪を調べると、そもそも『対』となる『所有主』との登録すらしていない状態だと分かった。『隷属の首輪』をただつけているだけだと。
なぜ、奴隷商預かりのはずの『色無し』奴隷が独りでいるのかなんて、分かるはずがない。僕は、奴隷狩りに遭ったのだから。森で野獣に襲われた後どうなったのかは分からないけど、全員殺されたか、逃げ延びたのだとしても、ここにはいなかった。
もしも、ここにいたのなら、僕は奴隷として登録され、本当に誰かの奴隷になっていたのかもしれない。そう考えるだけでゾッとする。
でも、声が出せないから、何も伝えられない。僕はこんな気味の悪い首輪は、すぐにでも外してほしい。でも伝えられない。
『主の腕輪』との登録がされていないこの状態でも、特に問題はないようだ。身体にも影響はないと言っていた。良かった。こんなわけの分からない状態のまま死んでしまうなんてイヤだから。
早く奴隷商の所へ行く必要がある。と言われていたから、僕もドキドキしていた。何か良くない影響があるのではないかと思っていたから。でも良かった。タビトもホッとしてくれているようだ。
なぜこんな状況になっていたのか、僕の方が知りたい。
僕は、なぜ森にいたのか。
この首輪をはめた奴隷狩りはどこに行ったのか。
奴隷狩りなんて許せせない。そもそも奴隷なんてあってはいけないと思う。僕は強くなってチカラをつけて、この闇を暴いてやる。奴隷狩りも奴隷も無くしてやる。
でもそのためにも、この首輪をなんとかしないといけない。
* *
そして教会へ。
『リーレイの町』よりも立派で大きい建物だった。王都は何から何まで大きさが違うんだ。
*
お金は教会が出し、『隷属の首輪』が外された。
僕は教会の預かりとなり、またお手伝いの日々が始まる。そういう説明を受けた。
最後の挨拶だからと、タビトがやってきた。
「『首輪』がすんなり外れて良かったな。声が出せないから苦労はするだろうが、そのおかげでこのまま『奴隷』にならずに済んだとも考えられる。買い手がついたとしても安いらしいから、奴隷商としてもうまみがないんだってさ。それに、教会なら理解もしてくれてるみたいだし、安全に暮らしていけると思う。
まあ、その辺も分かってると思うけど、短い付き合いだったとはいえ一緒に旅をした仲だ。
何があっても考え方ひとつで、とらえ方も変わる。気を落とさず、前を向いて生きていってくれよな。そうすりゃそのうち何かいいことあるかもよ」
また頭を撫でられた。これで最後なのかな。ヤダな。
これからのことをアドバイスしてくれてるけど、もうお別れなんだと思える方が辛かった。
「…………」ふんふんふん。
でも僕は、頷くことしかできない。
とても優しく温かい笑顔だった。
「じゃあな、エコー」
タビトがくれた名前。
いくつか候補があったけど、これが一番しっくりきた。
でも、ぷりん、ぱんなこった、ぱんけーき、
なぜかひかれる言葉の響き、なんでだろう。
でも、ようかん、まんじゅう、にはピンとこなかった。
ボイス、サウンド、トーン、いろいろ言われたけど、
一番は『エコー』!
「エコー」って呼んでくれる、言葉の響きが心地よかった。
僕は立ったままで、精一杯の笑顔で見送った。
「……あ・…り・…が・…と・…う・……」
声にもならないかすれた音でつぶやいた。
この恩は必ず返します。
* * *
*■*■*■*■*■*■*■*
えっ。なこれ? えっ、えっ?
どこからか声が聞こえてくるよ。
~◇~◇~◇~◇~◇~◇~◇~◇~
「おはよう『チート持ち』君。」
突然で驚いたでしょ? まずは、ここまで無事にたどり着けて良かったよ。この『世界』を体験してみてどうだった?
* * *
次回、物語が動き出す。