新・古今閑話集 2
……はっ、わ、私の名前はセシリア・ファイルド、『リーレイの町』でシスターをやらせていただいています。
私はついに、出会ってしまいました。
まさかの展開に、運命を感じました。おぉ神よ。
* *
突然現れた奴隷の子供。
声が出せず、孤児院にも馴染めずにいた子です。
その子が見知らぬ男性と話をしています。あんな穏やかな顔は初めて見ました。こんな顔もできるのですね、少し安心しました。子供はそうでなくては。
早速話かけてみます。
「その子に何かありましたか?」
残念ながら知り合いという事もなさそうです。昨日見かけただけ。でもイジメの現場を目撃し、声をかけたと。
誰もが見向きもしない問題にも目を背けず、この子を手助けしたと。対応も紳士的です。いいですね。いまどき珍しい方のようです。
「大丈夫ですよ。ステキな方から声を掛けられるなんて、それだけでご褒美です。ははは」
「……」
な、なんということでしょう。ステキだなんて、身体にビビッとなにかが走りました。声も出せませんでした。
「では、狩りに出ますので」
このまま行かせてはいけない。私の直感がそう告げるのです。足早に去ろうとする彼を、なんとか引き留め止めます。
「あっ、あのぉ。」
もう頭フル回転。どうすれば彼をつなぎとめられるか、
「も、もしかしたら、王都へ行く予定とかありますか? その、この辺りでは見かけない方ですし、またどこかへ行かれるのかと思いまして。それで、もしかしたら王都もあるかと……」
「そうですね。その予定もなくはないですよ」
「まあっ! ほんとうですかっ!」
よしっ、当たりました。喜びのあまり、飛び上がってしまいました。私ったら、はしたない。でも、なんとか、なんとか次につなげなければ。
「教会からの依頼という形で、この子を王都まで連れて行っていただけませんか? もちろん、報酬も、その間の費用もこちらで負担します。」
「……えーっと、急な話で理解が追いついていません。なぜそのような話を私に? そんな流れになる見当もつかないのてすが……」
「は、はいぃっ、そ、そうですよね。突然すぎますよね。私ったら、いつも、つい……はぁぁ。またやっちゃったぁ……。
それはそうですよね。初めて会ったというのに、いきなり仕事の依頼とか、私ったら、どうしちゃったのかしら。
やさしそうだし、この子もなついてるようだし、独りで狩りに行くなんてそれなりに強いのだろうし、受け答えからも信頼できそうだし、それにそれに、ステキな方だなんて言われたら」
*
時間をいただいて、事情を正直にお伝えしました。
理解の早い方で助かりました。情に訴えるような形になってしまいましたが、大丈夫でした。この方にも思うところがあったようで、話は進んでいきました。
教会の立場としては、奴隷制度自体に反対なんです。人が人をモノとして扱うなんて神への冒涜です。だからといってこの子に罪はありません。悩ましい問題なんです。
奴隷を否定しているはずの教会が、奴隷を連れて旅するなんて、公に動く訳にもいけませんから。動くのも、情報を集めるのも苦労があるのです。
依頼としては、危険も少なく、報酬もまずまずです。私個人としても、悪いものではないと思います。
この子と一緒に王都の奴隷商館に行く。その後に、同じく王都の教会に行く。それぞれに書状も用意してありますから、それを渡すだけです。道中では護衛の必要もありますが、乗り合い馬車を使えば、早ければ1泊2日で完了します。
それで報酬は、諸経費込みで20万エーン。良い依頼だと思います。教会の財政では、これで精一杯。私が掛け合って勝ち取った報酬額なんです。
返事は明日の朝とのこと。思慮深く賢明な方。依頼は受けていただけると信じております。準備は粗方済んでいますが、すぐにでも出発できるように、しっかり確認しておきましょう。忙しくなります。
* *
翌朝
人との待ち合わせがこんなに待ち遠しいとは……
ついつい、早く出てきてしまいました。
「おはようございます」
「おはようございます。笑顔が眩しいですね。何かいい事ありましたか?」
「……」
いきなりですか。声が続きません。
「そう言えば、お互いまだ名乗っていませんでしたね。
私はタビトと呼ばれています。あなたは?」
「……はっ、わ、私の名前はセシリア・ファイルド、こちらでシスターをやらせていただいています。いやだわ、名乗るのも忘れていただなんて、
ほんとにどうしちゃったのかしら。タビトさん? ステキな名前。きっと私を導いてくれる人なんです。そうです。そうなってほしいです。
……それに眩しいだなんて、私の笑顔が眩しいの? まあ……これが運命の出会いというものなのかしら……。いけないわ、私はシスターよ……、でも……、まぁ、どうしたらいいの……」
冷静でいられない私に対し、涼やかな表情で話を続けてくださいます。すてき。
「それで昨日の依頼の件なのですが、私に受けさせていただけますか?」
「まあっ! ありがとうございます。受けていただけると思っていましたわ。やはり思った通りのお方でした。どうしましょう。あっ、こちらの話ですわ」
嬉しさも加わって、私のテンションがどんどん上がってしまいます。
「行くついでと言ったら失礼かもしれませんが、ギルド員でもない私に報酬まであるのですから、私にとってもありがたい話だと思います。ですので、少し前倒しで出発するくらいはしてもいいかなと思いまして。できるだけ早くという事なので、そちらの準備ができているのでしたら、今からでも出発したいと思いますが、いかがですか?」
「まあまあまあっ! こんなにありがたい事はありませんわ。この子のためにも、少しでも早くと願っておりましたので、こちらの準備は終わっておりますわ。いつでも大丈夫です。
……あぁっ、なんというお方、ご自身の予定を前倒ししてまで、それに今すぐにでもなんて、なんという優しさ、なんという行動力! 間違いないわ、この方こそ…………」
こんな方がいらっしゃったとは。まさに理想の男性像。正直でいて謙虚、深い知性を感じさせる優しい笑顔、脳あるタカは爪を隠す、まさにそう。強さを内に秘めた堂々とした姿勢。
私の人生は、ここから新たな方向に進み始めるのですね。おぉ、神よ。新たな光として私を導いているのですね。ありがとうございます。
他人に優しくできる人は、ほんとに貴重な存在です。上辺の優しさなど、目を見ればすぐに分かります。他人を利用しようとする優しさには卑下た笑みがあります。私は騙されませんよ。
この方は『ホンモノ』です。私の直感もそう告げています。間違いないと。この子に対する優しさはホンモノです。見ていてホッとします。
「じゃあ挨拶代わりに、しっかり心を込めて教会に向かってお祈りしておきな」
礼節もお持ちの方なのですね。
「はい。よくできました」
そういって子供の頭を撫でる姿にも、優しさがにじみ出ています。
「ではセシリアさん、大丈夫ですか?」
不意に名前を呼ばれ、動揺してしまいました。
「……はぁっ、
セシリアさんだなんて……いつもはシスターとかシスターセシリアとかなのに、なんて優しい響きなのかしら。とても嬉しい気持ちになるわ。この方に呼ばれたからかしら……あぁ」
うわずってしまった声を聞かれないように、背中を向けるので精一杯でした。
「じゃあ、行きますね。セシリアさん、では」
あぁ、もう行ってしまわれるのですね。
「……はっ、あ、い、いってらっしゃい?
旅の無事をお祈りしております。またおいでくださいね」
そう伝えるだけでした。
せめて、せめて心を込めてお祈りを。
また会う日まで……