お説教タイムからの、覚醒
「いいか、大事なことだから、よく聞いてくれよ。毒キノコによる食中毒防止の基礎知識だ。
・鑑定された食用キノコ以外は食べない。
・見聞きした知識だけで自分勝手に判断しない。
・キノコを採ったら、新鮮なうちに食べるか加工する。
・食用のキノコでも、生の状態では食べない。
・一度に大量に食べない。
プロでも見分けがつき難かったり、生息する場所によって毒性が変わるかもしれない。素人が簡単に考えて手を出すと痛い目をみる可能性が高いんだ。特にミラ、前にも言ったけど、食べ過ぎは危険だからな。腹八分とは違った意味でだけど。
鑑定できなきゃ店で買ってくるのが一番だけど、最低でも、キノコ採りの名人とか、慣れた人に同行してもらった方がいい。非常時だからと言っても、一度にたくさん食べたり、全員で同じものを口にしちゃだめだ。それが毒キノコなら、皆ヤラレるぞ。今回みたいにな。
いい教訓になったと思うから、もう大丈夫だと思うけど、同じ過ちは繰り返さないようにしてくれよな。
それから、ミラ。
ミラの行動力は凄いと思うけど、森の中で倒れてる人を発見して、すぐに駆け寄っちゃうのはどうかと思うよ。
まずは、最低でも周りの様子くらいは確認した方がいいと思う。今回は俺がいたから、その部分は任せてくれたのかもしれないけど、周りに危険が残っている可能性もあるし、何かの罠かもしれない。
それに、毒にしても、病気にしても、知らないうちに感染してしまう恐れもあるんだ。同じ症状が自分にもうつってしまうかもしれない。水、食べ物、空気、飛沫、血液、場合によっては接触するだけでもね。
だから、倒れてる人を見かけても、不用意に近づいたり、触っちゃダメなんだ。そこから二次感染、三次感染へと広がってしまう恐れもある。知らないうちに、他人に迷惑をかけてるかもしれないなんて、イヤだろ?
俺も医者じゃないから、詳しい事までは説明できないけど、最低でも自分の安全を確保してから、慎重に行動してほしい。ミラは感情ですぐに動いてしまうからね。それが優しさだってのは分かってるけど、不用意に接触して、傷付いて欲しくないんだ。
俺が一緒にいる時なら、何とかなるかもしれないけど、ずっと一緒っていう訳じゃないからね。ちょうどいい機会だから、思っていた事を言わせてもらったよ。
まあ、偉そうな事言ってるけど、俺だってもし仲間が倒れていたら、何も考えずに駆け寄っちゃうかもしれないけどね。でも、その時には、ミラが冷静になって対処して欲しいかな。はは。
ご静聴ありがとう。1人800エーンだよ。……あ、800エーンは冗談だからね」
あ~あ、ガラにもないこと言っちゃった。
『オイラ良いこと言っちゃうよ』なんてキャラじゃないのにな。やれやれ。命の危険性があったから、どうしてもね。
ほら、変な空気になってるし。
こういう時は風呂入ってひと息つきますかね。
「ぐぅ~……」
思わずミラの方を向いてしまった。
「ごめんなさい。私です。お腹が鳴っちゃいました」
違った。ごめんよ。
照れくさそうに赤くなる赤髪獣耳っ子。なってるか? 気持ち赤いかな? 最初に助けた獣耳っ子。名前は『アリージャ』。長女で、双子からは『お姉ちゃん』と呼ばれている。
「そうか、アリージャだったのか、ミラかと思ったよ。いつもお腹鳴らしてるからね」
「な、なにを言っておるのじゃ。わしは、いつも腹を鳴らしておるわけではないのじゃ。変な事を言うでないわ」
「ははは、ごめんごめん。皆顔色も良くなってるから、食事にしようか。食べられそうかな?」
「あ、は、はい。お腹は減っているので、皆食べられると思いますが、そのぉ、ここにはもう食べ物がないんです……」
申し訳なさそうに、恥ずかしそうに話す茶髪獣耳父さんの『パブロスキー』。
何だろう、皆かわいく見えてくる。この獣耳クオリティ。病み上がりだからだろうか、性格も大人しく? やけに謙虚だ。
「大丈夫ですよ、安心して下さい。履いてますから。食べ物なら、それなりにありますからね。せっかくだから皆で食べましょう。
あ、ミラはさっきたくさん食べたから、もう腹いっぱいだったっけ?」
「ぐぬぬぅ、さっきはごめんなさいなのじゃ。もう許して欲しいのじゃ。わしならまだ食べられるから、皆と一緒に食べるのじゃ」
「ははは、冗談だよ。これでさっきのお仕置きはお仕舞い。皆で食べた方がおいしいからね。ミラも一緒に食べよう」
「おお、さすがなのじゃ。話が分かるのじゃ。わしはもう、おぬしに一生付いて行くのじゃ!」
簡単に食べ物に釣られるミラさんや。一生ついて行くなんて、食べ物に付いて来るんでしょ。勘違いされたらどうするの? ババに付き纏われても、ねぇ。保護なの? 介護なの? 食料目当てだし。
「あ、あのぉ。よろしいのでしょうか? 助けていただいた上に、食べ物までいただけるなんて……」
こちらの赤髪獣耳母さん『ルイージャ』も、申し訳なさそうに低姿勢で尋ねてくる。
「気にしなくても大丈夫ですよ。困った時はお互い様です。持っている物を提供するだけですし、この岩山も使わせてもらう訳ですからね」
「それにしても、我々は何もしてませんし、5人もいます。負担になってしまうのではありませんか?」
「ははは。気にしない、気にしない。ひと休み。ミラがもう1人増えたと思えば楽なもんですよ。あれ? いいのか? ……」
マズいかもな。そんなに余力があるわけじゃない。でもまあ、体力を回復させるには、食べるのが一番だ。
「食べるのも、治療のうちです。医食同源って言うんです。毎日バランスの取れた食事を、おいしく楽しく摂ることで病気を予防し、治療していこうとする考え方なんですよ」
「は、はぁ、そうですか。ありがたい話ですが……」
「何をいつまでも遠慮しておるのじゃ。わしらはもう仲間じゃ。同じものを食べて倒れた仲間なのじゃ。タビトも治療のうちだと言っておるのじゃ。遠慮せず食べればいいのじゃ」
おう。毒キノコ仲間ってどうなのよ。同じ食べ物で死にかけた仲間か? いいのか、それで。いいならいいけどさ。
でも、それだと俺は、食べても倒れてもないから、仲間じゃないのか? ツッコんじゃダメだよな? うん。止めておこう。
食べ物で絡めばもう仲間ってスゲー理論だよな。流石ミラクオリティ。俺には理解できん。でも、案外平和的な考え方なのかもな。毒で死にかけるのは違うと思うけど。
「そうですよ。いつまでも遠慮してないで、皆で食べましょう」
「「やったーぁ!」」
きれいにハモる双子の茶髪獣耳『ジャック』『レックス』。
皆仲がいいんだね。あと、オイラが見分けられなかったのは、仕方がなかったんだよ。双子だし。そっくりだし。ミラでも見分けられなかったしね。これからも、違いが分かる男を目指して頑張ります。
犬人5人家族
茶髪父 パブロスキー
赤髪母 ルイージャ
赤髪の長女 アリージャ
双子の茶髪長男 ジャック
双子の茶髪二男 レックス
やっぱり、犬人でした。犬人族。しかも家族だって。オイラの予想大当たり。盗賊団だなんて思ってないよ。ホントかな?
ちなみに、年齢は聞いてません。ミラの時もそうだったけど、失礼にあたるかもしれないからね。文化の違いもあるだろうし、気を遣うのです。
俺にしても、必要がなければ敢えて聞く必要もないし、こちらから言うつもりもない。子供ならまだしも、初対面でいきなり年齢聞くなんて、社会人としてどうよ? 勿論、何かの登録のためとか、書類上必要とか、面接とかで必要なら別だよ? 隠す必要もないからね。
でも、大概は興味本位でしかないよね。仲良くなってからならまだしも、初めて会った人に年齢聞いてどうするの? 自分よりも年下だったら、人間的にも下に見たいの? 逆に年上だったら、尊敬してくれるの? 俺ならそう思うっちゃうね。
え、思わない? 話のきっかけになる? 同い年なら早く打ち解けられる? はい、すいませんでした。いろんな考え方があるからね。自分の年代によっても、変わってくるだろうし。
俺はただ、ひとりの人間として、同じ目線で接していきたいと思っているだけだから。年齢も性別も後回し。今を楽しくいきましょうってね。
まあ、そんな感じで皆さんの年齢は今のところ不詳。悪い意味じゃないからね。
ちゃちゃっと《テーブル作成》《イス作成》、アイテムボックスから食器類、マジックバッグから適当に食事と飲み物を出していく。全員が余裕で食事できるくらいの大きさに作った〈テーブル〉に、所狭しと並べてみた。
「いただきます」
さあ、食べるがいい。王都の温かお食事の大サービスだ!
「うまいのじゃ」
「「おいしーーい」」
「……」
「おお、これはおいしいですね」
「ええ、あなた。こんなおいしい物なんて……」
ツッコミ所満載の反応をありがとう! 君たち。
ミラ、感想言うの相変わらず早すぎ!
双子のジャック、レックス、ナイスハモリ!
赤髪お姉ちゃんのアリージャ、何か言って!
パブロスキー父さん、礼儀正し過ぎ過ぎ。いいトコの育ちなの?
ルイージャ母さん、昔を思い出して泣かないで!
その後も、ワイワイがやがや言いながら、食事は進んだ。勿論、身の上話つきでね。
* *
治療も落ち着いて、食事もしたから、すっかり元気だよ。ミラには劣るけど、犬人族も回復力は高いみたいだね。
元気になったてきたから、訳あり臭とか出てきちゃったよ。涙涙の物語。
戦争に巻き込まれるのがイヤで、家族揃って逃げてきた流浪の犬人家族。平和に暮らせる定住地を求めて旅から旅への大移動。ここへ辿り着いたのは最近のこと。ちょうどいい穴の開いた岩山を発見し、少しずつ穴を削って大きくしながら暮らしていた。
子供も大きくなってきたから、食べ物の確保がもう大変。
元々犬人族は少食で済むらしいけど、慣れない土地での食べ物の確保には四苦八苦してきたらしい。勿論、盗賊行為などするわけもなく、家族5人、森の中で細々と暮らしてきた。お宝とか部屋を探そうとして、ごめんなさい。
そこに以前に食べた事もあったキノコを大量に見つけてしまい、嬉しくてキノコ鍋パーティーをしてしまった。という顛末でした。
わー、パチパチパチパチ
バッドエンドだわ!
俺達が来なければ、もしかしたら逝っちゃってたかもよ?
ふー。こっちにとっても重い話だな。普通に戦争やってる所があるって事だからね。やれやれです。巻き込まれたくないのは俺も同じ。俺でも逃げるな。
食事は、家族5人でミラ1人と同じ量で済んだ。最初の食事って事で遠慮してるのかもしれないけど、『ミラがもう1人増えたと思えば楽なもんですよ』って、自分で言ってた通りになってビックリだ。獣耳ファミリーが食べ切れなかった分は、マジックバッグに戻される事もなく、おいしく頂きました。ミラが。
でも、これで食料事情は確実に悪化。時間停止機能があるからと、張り切って詰め込みまくった温かいお食事が、10万エーン分はあろうと思われるオイラの楽々お食事大作戦構想が、早くも崩れかかってきたぞ。くっそー。また買い溜めしなければ、稼がねば!
*
今更ですが、いきなりお説教タイムに入ってたけど、その前の経緯を少しだけ。
ちゃちゃっと、出入り口を強化した後に、地下に潜って拡張版快適シェルターを作成してたら、ミラに呼ばれた。みんな無事に目を覚ましたと。
急いで上に戻り、容態を確認。大丈夫そうだったので、水分補給をして、しばらく安静にしてもらった。で、ちょうどいい機会だから、今後のためにも、ありがた~~いお話をさせてもらった。というわけです。親心なのです。
以上。
* *
「ちょっと気になった事があって、質問したいんだ。デリケートな事だけど許してね。
家族5人でここで暮らしてたんでしょ? 寝る場所としてはいいとして、風呂とかトイレとかはどうしてたの?」
序列がしっかりしているのか、家族は発言を控え、茶髪のパブロスキー父さんを見ている。
「えーっとですね。私達は基本的に風呂には入りません。水場があれば水浴びを、なければ簡単に体を拭くぐらいです。
それから、トイレですが、……トイレがあれば、勿論それを使いますが、無ければ、その、外で穴を掘って、そこで用を足しています。終われば土を被せてお仕舞いです」
「そういう事なんだ。答えてくれてありがとう。俺にはそういう一般常識が欠けてるみたいだから、気になったんだ。種族による違いとか、もしかしたら習慣も違うかもしれないからね。
じゃあ、風呂はいらなくて、トイレはあれば使えるわけだね。わざわざ外に行くのも面倒だし、危ないでしょ?
この岩山もまだまだ活用しきれてないようだから、ここから奥の所を掘り進めてトイレを作っておくよ。また移動するにしても、あっても困らないだろうから、いいよね?
まだ体力も戻ってないだろうから、できるだけ無駄な負担は減らしたいしね」
「は、はあ、そういう事でしたか。それはまあ、トイレがあれば使いますから、ありがたいですけど……」
「衛生面は、優先的に気を遣うべきだと思うから、ちょっと作っとくね。あ、後で使い方の説明するから、待っててくれるかな」
5人家族だから、トイレは2つは欲しいかな。俺ならね。
という事で、ちゃっちゃとやっちゃいましょう。
そういえば、岩の壁でやるのは初めてだな。
あれ、これってもしかしたら、オイラの《土》魔法じゃ歯が立たない? 基本が『生活魔法』なだけに……
言ってみれば、岩も石も大きさが違うだけで同じもの。細かく見ていくと、「岩石」は、岩盤や岩、石の総称で、
・火山から噴き出すマグマが冷えて固まってできる「火成岩」
・泥や砂の粒などが海や湖の底に積もり、長時間かけて物凄い重みで押し潰されて固まってできる「堆積岩」
・火成岩や堆積岩が地下の高温・高圧力によって変質してできる「変成岩」などに大別される。
ただ積もって圧縮されただけの堆積岩でも、物凄い長時間、物凄い圧力をかけて形成されただけに、オイラが『生活魔法』で加工するのは、厳しいかもしれない。
火成岩なんて、元々堅い鉱物が、更に原子レベルでしっかり絡み合って出来ている訳だから、『生活魔法』の属性の1つである〈土〉魔法じゃ、どうにもできない気がする。文字通り歯が立たず、欠けちゃうかもしれないね。
それこそ本物の土魔法使いとか、錬金術とかじゃないと無理かもしれない。とあるアルケミストさんみたく?
まあ、ダメ元でやってみるか。岩も石も、砕けば土に還るのじゃ!
またまた、いきます! パン!
《エフェクト雷》(中) バチバチ、バチッ!
勢いよく手を合わせ、心地よい音を鳴らし、すかさずそのままの体勢で両手を岩山の壁面につける。
おっ? なかなか魔法が浸透していかない感覚が腕を通して伝わってくる。ような気がする? 土と比べれば圧倒的に堅いのだから、当たり前といえば当たり前なんだけど、やっぱりオイラの〈土〉魔法じゃ、レベルが足らずに跳ね返されるのか? こりゃあ、いつまでかかるか分からんぞ。
でも、ここで止めたらオイラが廃る!
よし、もうちょっとだけ足掻いてやりましょう。
うーん、ふざけるな! たかが岩山ひとつ、オイラの強化された『生活魔法』で押し出してやるのじゃあ!
《エフェクト雷》(中)追加! バチバチ、バチッ!
…………全身の力を使い、両手で壁面を押し込む。
『生活魔法』は、伊達じゃない!!
《エフェクト雷》(大)!!
バリバリ! バリッ!!
*
えーっと、とあるアルケミストさんのエフェクトですけど、……ちゃんと意味があったようです。オイラには?
なかなか魔法が浸透していかない感覚が、嘘のようにスッと溶けて《加工》が発動。後は、いつもの〈土魔法〉と同じ感覚で発動できるようになった。〈エフェクト雷〉(大)付きでという条件はあったけど。
なんか限界突破した気分。これも文字通り、壁を越えた。実際には岩山の壁を削ったんだけどね。ふっ、また1つ大人の階段を登ってしまったようだ。
諦めずに足掻いた甲斐があった。とあるアルケミストさん、ありがとう。こっちの世界にいても、ずっとファンですよ。早速登録させてもらいました。
★《岩加工》〈土〉〈雷〉を駆使して
岩石をも任意に成形し、整える
岩石の加工は、土と比べて時間はややかかる
とあるアルケミストさんからヒントを得る(思い込み)
〈雷〉押しは何かと使えそうですな。
まだまだ検証が足りないようです。意外と、オイラも甘いようで……ふふふ。
【追加登録された魔法】
★《岩加工》〈土〉〈雷〉を駆使して
岩石をも任意に成形し、整える
岩石の加工は、土と比べて時間はややかかる
◇◇◇◇◇