濃紺の記憶
拙作ですが是非最後までお付き合いください。
乾杯を済ませると、各々喋りたい人と喋り出した。学年のリーダー的存在だったシンヤと秀才タイプのタクヤ、学年の男子の憧れの的だったユミコとキザなシンイチ、などなど、10年ぶりに会うクラスの面々、当時のままの人もいるし、少ししか面影が残ってないような人も数人いる。シンヤたちのテーブルが騒がしい。どうやら、中学の時どちらがモテたかタクヤと言い合っているようだ。中学2年の同窓会とはこのようなものなのだろう。仲のいい人で固まっていて、名前もわからない人が多々いるらしい。僕は隅っこでにこやかにみんなを見ていた。1年の時に仲の良かった人も2年で別々になってから、クラスではずっと1人だった。だから僕のことを覚えている人はそう多くないだろう。最初の盛り上がりも落ち着くと、話は中学卒業後の進路になった。シンヤに注目が集まったので仕方なさそうに話し始める。
「卒業後でしょ?K高校に進学したよ。そこはみんな覚えてるよな。あんなに騒いじゃったし。」
そんなことがあったのか?全然知らなかった。
「え?覚えてない?K高校って工業高校でさ、担任の先生からはもっと偏差値の高い進学校を勧められてたんだけど、どうしてもそこに行きたくて。面談の時に先生と胸ぐらを掴みあったところまでいったかな?」
「あー、なんとなくうっすらと覚えてるわ。そん時おんなじクラスだったと思うし。」
トウヤが思い出したようだ。
「おんなじクラスだったっけ?まぁいいや。じゃあ次、シンイチ話してくれよ。」
「えー、まだ高校入学後が聞きたいなぁ。」
「普通に卒業して大きめの中小企業で技術者やってるよ。これでいいか?」
「まぁいいや。俺は面白くないよ?行ける進学校に行って、行ける大学に行って、就職できる会社に就職したよ。」
「具体的にはなんだよ。」
仕返しとばかりにシンヤが聞き返す。
「M高校からのS大学からのG社だよ。普通だろ?」
「ヘッ、確かにお前にはお似合いだな。」
タクヤが敵意をむき出しに言う。
そういえばこの2人昔から仲悪かったよなぁと思う。
「なんだと?これでも俺は頑張ったんだぞ。勉強と部活を両立しながらな。勉強しかしてないお前に言われたくないな。」
「残念。勉強以外もやってるんだな。」
タクヤは懐から雑誌を取り出す。1番最初のページにタクヤがポケットに手を突っ込んで立っていた。名門D大学で見つけたオシャレ学院生という文字とともに。
「勉強だけじゃないんだな。」
タクヤが繰り返す。
「いやー、写真取られるってわかってたらもっといい服着て行ったのになぁ。」
明らかな挑発をする。ほんと性格悪いね。そこは昔から変わってないんだな。
「うるせぇな。調子乗ってんじゃねぇよ。」
口論がどんどん加熱していく。酒の影響もあってか、懐かしんでいるのか、周りの人もその口論を煽っている。そうだ、このクラスはこんなクラスだった。だから嫌いだったんだ。もう忘れていた。そんな昔のこと。
「だいたい、なんでそんなもの持ってんだよ。自慢したかったんじゃねぇの?お?何も言い返せないのかな?どうしたどうした?」
タクヤは下を向いて押し黙っている。その最中も、シンイチは煽り続けていた。
「違う!」
タクヤが唐突に叫んだ。
「違うんだ…これを見てくれ。覚えてないか?」
タクヤがパラパラとページをめくって真ん中あたりのページを指し示す。
そこには大きな文字でこう書かれていた。
『修学旅行中に行方不明の男子生徒、あれから10年掴めぬ手がかり。』
やっぱりその話になるか。集まっていた誰もが思っただろう。クラスメイトの失踪はそれほどの衝撃だったのだろう。忘れることはない。
「もちろん覚えてるよ…忘れるわけないだろ。クラスメイトが1人いなくなったんだから。」
誰かが呟いた。雰囲気が重くなる。誰も口を開かないため、賑やかな店内の他の場所からは隔離されたように20畳の部屋がしんと静まり返る。修学旅行の2日目、京都の自由行動の時、クラスメイトが1人行方不明になった。誘拐、失踪、事故、さまざまな説が唱えられたが、結局原因は分からなかった。学校にも記者が押しかけた。一時期は大騒動になりかけたが、情報の少なさ、中学ないし市の懸命な対応、それにメディアが面白がりそうな事件が次々に起きたため自然と世間からは忘れられていったが、弱冠14歳の子供達には刺激的な出来事だった。
確か、最後に消息を絶ったのって…
「最後にあいつがいなくなったのは、金閣寺あたりだったよな?」
シンヤがタクヤに向かって問いかける。
「あぁ、そうだったよ。金閣寺であいつが1人でトイレに行ってからなかなか帰ってこなくてな、班が一緒だったからよく覚えているよ。」
「シンイチ、お前も一緒だったろ?」
「ああ、そうだったな。ほんと残念だよ。あの時、俺も一緒に行ってやればよかったなぁ。」
そこで会話がひと段落した。
「さ、食べるか、飲むか、騒ぐか。」
「そうだな、そうしよう。」
また、部屋がガヤガヤしだした。
「ちょっと待ってよっ!」
そこまで黙っていたユミコが唐突に叫んだ。僕はユミコの方を見る。その目にはかすかに怒りを込めている。
「私、知ってたんだから。シンイチとトウヤ、あの子のこといじめてたでしょ。いつも仲が悪いあなた達が協力して、ろくなことにはならないと思ってたけど。あの日、見たのよ。あの子のちょっと後に私も御手洗いに行ったけどその後にあなた達2人があの子をいじめてるのを。」
「何だよそれ。」
タクヤが少し動揺したような声で尋ねる。
「あの子の財布取り上げて、あの子は返してって言ってたのに笑いながら返してなかったじゃない。」
シンイチとタクヤが揃って下を向くが少ししてシンイチが意を決したように言った。
「確かにあいつを少しいじったりしていたかもしれない。その結果あいつは傷ついたのかもしれない。でもそれとあいつの失踪とは何の関係もないはずだろ。」
「本気でそう思ってのんかよ」
シンヤがタクヤを睨んでそう言った。
シンヤはこういう事が許せない性格だったが変わってないなぁ。なんて1人物思いにふけっているとタクヤが不満そうな顔で言った。
「あれはノリみたいなもんだったし。あの後ちゃんと返したよ。ていうかシンヤも気づいてなかったなんて言わせねぇぞ。お前も見て見ぬ振りしてただろ。」
「そんな事はない。本当に知らなかった。本当だ。信じてくれ。」
なぜかシンヤは必死になって否定した。気まずい雰囲気があたりを漂う。
「ごめん私が掘り返したのが悪かったね。もう今度こそ楽しもう。」
そんな空気を晴らすようにユミコが明るい声で言った。
ちょうどその時店員が料理を持って入ってきた。それをテーブルに載せるため雑誌が部屋の隅に追いやられる。みんなは注目してなかったが僕は何となく雑誌の方を見た。そこには黒い制服を着た少しはにかんだ笑顔を浮かべている僕が写っていた。
僕の時間はあの時から止まっている。生きていた時の最後の記憶。なぜか知らないけど僕は多分京都のどこかの山の裾野にいて頭を殴られて薄れてゆく意識の中で辛うじて見えた学校指定の濃紺のジャージ男か女かもわからない。だから今日の同窓会で怪しい人がいないか探したけどシンヤが僕がいじめられていること知らなかったわけがないだろう。というかみんな知っていたはずだ。それをみんな知らないふりをして。許せない。何で僕だけがこんな目に。
みんなーーー
ーーー嫌いだ。ーーー
昨日の夜、市内の飲食店で集団食中毒が発生しました。この食中毒で同窓会を開いていた団体客30名のうち1人が死亡まだ24人が意識不明の重体で今も治療中だという事です。警察は回復をした客から事情を聞いており全員食べたというものは倒れる前に食べた小鉢だと話していますがその店の店長は取り調べに対してそのような小鉢は提供しておらず、小鉢を個室に運んだとされる店員も雇っていないと証言をしており、警察は今後も捜査を継続していく模様です。なお、今回の食中毒で死亡したのはスズキシンヤさん24歳で…………………
皆さん途中から何となくわかったと思うのですがお付き合いいただきありがとうございました。