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彼女たちのルセット  作者: 鳥居れもん
9/12

一之瀬縁の場合 その1

 その日は予報はずれの大雨が降った。駅の近くまでは来てたけど、傘は持ってなかったし、鞄の中の本を濡らしたくなかったから急いですぐそばの喫茶店の軒下に逃げ込んだ。この春にオープンしたお店だっけ。クラスの子が話していた気がする。

 鞄の中まで濡れることは免れたけど、自分自身はずぶ濡れ。

 つい気になって本の続きを読んでしまったのが良くなかった。授業終わりにさっさと帰っていれば、少なくとも家の最寄駅までは濡れずに済んだのに。と不運を呪う。

 ため息をつくとぶるっと体が震える。春になったとはいえ流石にこれだけ濡れると体が冷える。喫茶店の扉へ視線を向けると、そこには張り紙が貼ってあり。

『本日14:00~18:00の間、一時閉店させていただきます』

 今の時間は17時前。覚悟を決めて駅まで走るべきかもしれない。そう考えた時、バシャバシャと水を踏みつけて駆ける足音。私と同じように喫茶店の軒下へ飛び込んできたのは、近くの高校の制服を着た男の人。

 「あぁ、どうも」

 先客がいるとは思わなかったのか、彼は驚いたように会釈。私も軽く隅へよけながら会釈を返す。

 彼は鞄に手を突っ込むと鍵を取り出した。どうやらお店の関係者らしい。となると、あまり軒先を借り続けるのもよくないだろう。やはり駅まで走ろう。そう決めた時、お店のドアを開きながら、彼がこちらへ声をかける。

「あの、よかったらどうぞ」

 

 お言葉に甘えて入れてもらった店内は、レトロ調な雰囲気。木製のテーブルや椅子、洒落た調度品。物語に出てくる喫茶店のイメージそのままで、私は少しウキウキする。

「はい、これ。奥のカウンターどうぞ」

 カウンターの向こうから出てきた彼は、タオルを私に手渡して一番端の席を指し示す。ありがたくタオルを使わせてもらい席に着く。彼はすぐそばのストーブのスイッチを入れると再びカウンターの奥へと引っ込んでいった。

 ぼんやりとストーブを眺めながら、色々甘えてしまったけどよかったのかなと思う。今更だけど。

 そんなことを考えていたら、背後で音が聞こえ始めた。視線を送るとカウンターを挟んだ向こう側で彼がなにか作業を始めていた。いつの間に着替えたのか、彼は学生服から仕事着らしい装いに変わっていた。

 静かな店内に湯を沸かす音、食器類が準備される音。ふわりと漂い始める甘い香り。

悪くない。

こういう場所で、お気に入りの飲み物を頼んで、ゆっくり本を読んだりして。いかにもそれっぽくて素敵な気がする。

「どうぞ」

 目の前にカップが置かれる。私は驚いて顔を上げる。

「試作品。よかったら試してみて」

 笑顔で言う彼。とはいえ出されたものを返すのも失礼だよね。

中身は紅茶かな。立ち上る湯気から甘い香り。一口飲むとはちみつとりんごの風味が広がる。冷えた体が温まっていく気がする。自然と口角が上がっていく。

そんな私の様子を見ていたのか、さっき以上の嬉しそうな笑顔を浮かべる。なんだかそれが気恥ずかしくて、視線をそらしてしまった。

その時、店のドアが開き制服姿の女性が入ってくる。隣駅の高校の制服。彼女は驚いたようにこちらを見ると軽く会釈。私も会釈を返す。

 足早にカウンターの向こうへ移動すると、目の前で作業していた彼が彼女の元へ。恐らく私のことを説明しているんだろう。ちょっとだけ気まずく思いつつ、紅茶を飲む。

再びドアが開く。入ってきたのは私と同じ制服の女子。

「あれ、一之瀬さん」

「北野さん」

 まさかのクラスメイトの登場に、少なからず動揺する。

「一之瀬さんよく来るの?」

「いや……今日初めて。雨宿りさせてもらってて」

「あー、さっきまですごい降ってたもんね!」

「もう、止んだんだ?」

「うん、私もお姉ちゃん迎えに駅行ってたんだけど、そこで足止めだったよ」

「お姉ちゃん?」

 ふと思い至り、クラスメイトの前に入ってきた、制服姿の彼女に目を向ける。ちょうど話が終わったのか、彼女はSTAFFROOMとかかれた部屋へと引っ込んでいった。

「やっぱ菜奈ちゃんとこの制服だったんだ。見覚えあると思った」

「亮さん、こんにちは。まさかのクラスメイト!」

菜奈、というのは北野さんの名前だっけ。そしてこの人は亮さんというらしい。しかし、このままここにいると話が長くなりそう。

「あの、雨やんだみたいなんで、私帰ります」

「そうだね、着替えないとまた体冷えちゃいそうだしね」

「はい、あの、色々ありがとうございました。お会計…」

空になったカップを指していう私に、彼、亮さんは首を振る。

「試作品だから」

「……とっても美味しかったです。また今度はちゃんとお客さんとしてきます」

 亮さんはまた嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「よかったー。全然話してくれないから気に入らなかったと思ったよー」

 なんとも情けなく言う彼につい笑ってしまう。

「やっぱ一之瀬さん可愛いなー」

「……そんなことないよ」

 北野さんからのお世辞が照れくさい

「それじゃあ、ごちそうさまでした。お姉さんにもよろしく伝えておいて」

「ありがとうございました」

「はーい。伝えておくね」

 ドアを開くと雲の切れ間から陽がのぞいている。

「一之瀬さん!」

 呼びかけに振り向くと、北野さんが笑顔で手を振っていた。

「また明日!学校で!」

「……うん、また明日」


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