喫茶Mistletoeの日常
「おはようございます」
亮二達が通う学校の最寄駅。そこから5分とかからない所にその店はある。
Mistletainn.
亮二のバイトする喫茶店。この春からオープンしたばかり。
しかしながら元々喫茶店として使われていた所をそのまま使っている建物は、それなりに古びた外観であり、流行りのオシャレで明るい雰囲気とは言い難い。
店内に入ると右手にオープンキッチンとカウンター席。左手にいくつかのテーブル席が並ぶ。そう大きくはない、こじんまりした店。
「はい、おはよう」
返事を返したのはカウンターの向こうにいる男性。穏やかな表情に丸眼鏡、白髪交じりのひげ。
「マスター。ちょっと先輩連れてきてて、入って待ってもらってていいですか?」
先日、バイトをしていることをLINEで話した折、興味を持っていた麻美と八重。亮二は出勤日だった今日、二人を案内してきた。
「いいよ」
優しい笑顔で快諾するマスターにお礼を述べて、亮二は入り口のドアを開ける。
「どうぞ。そっちのテーブル席で」
マスターに軽く会釈して、二人はテーブルに着く。
「これ、メニューです。着替えてくるんで何がいいか考えといてください」
裏に引っ込んだ亮二を見送ると、二人はメニューに視線を移す。
「サンドイッチとかの軽食と、ケーキとかのスイーツ。あとドリンク」
「ランチタイム限定の軽食セットとかもあるみたい」
麻美は渡されたメニューに目を通しながら。八重は入り口近くのイーゼルに立てかけられた黒板を見ながら。
「なんかかわいいね」
麻美も八重に続くように黒板を覗きこむ。そこには少し丸めの文字が書かれ、横にイラストが添えられている。丸文字やイラストの雰囲気から亮二やマスターが書いたとは思えない。実にありありと女の子っぽい世界観。
「まぁあとでクジョーに聞いてみよ」
「そうだね。注文何にしようか」
飲み物のゾーンにはブレンドを始め、いくつかのコーヒー系のラインナップが並ぶ。続いて紅茶が数種、ソフトドリンクと続く。
軽食にはパスタやピザ、オムライスなど。スイーツはケーキが複数種、ティラミスやパフェなどもある。
一通りメニューを確認していると、亮二が裏から出てくる。グレーのシャツに黒のスカーフ調のネクタイにクロノサロン。彼は入り口近くに移動すると、黒板を取り換える。取り替えた黒板には可愛いイラストが大きく描かれ、“期間限定 いちごスイーツ”の文字と、いくつかのスイーツが並ぶ。
「注文、決まりました?」
黒板をセットし終わると、二人が座るテーブルにやってくる亮二。
「あの黒板、クジョーかマスターさんが描いてるの?」
さっそく黒板を指さしながら八重が質問。
「あぁ違いますよ、バイトの女の子が描いてます」
「やっぱりそうなんだ。男の人っぽくない字だったから九条くんやマスターさんだったら意外だったよ」
「めっちゃ絵上手いんすよ。今日も出勤してますし、多分メニューの書き換えもすると思いますよ」
そんな話をしながら、二人はブレンドコーヒーとイチゴのパンケーキ、タルトを注文。
「じゃあ、少々お待ちを」
伝票に書き込むとマスターの元へ向かい、オーダーを通す。自身もカウンター奥に引っ込もうとしたとき、店のドアが開きチャイムが鳴る。
入ってきたのは小柄で華奢な制服姿の少女。
「お、いらっしゃい。いつもの所でいい?」
亮二はその姿を見ると、慣れた様子で奥のカウンター席にへ通す。少女は小さく頷くと、こちらも慣れた様子で席に向かう。
「顔小っちゃいね。こんくらいしかないよ」
麻美は握り拳を作って八重に向ける。
「いやいや流石にそこまでじゃないけども」
小さな握り拳に笑顔で返す。拳ほどと言ってしまうとさすがに過剰だが、確かに少女の小顔さはその華奢な身体同様に非常に小さく感じる。顔立ちも整っており、まさに人形のよう。
席に着くと少女は鞄から分厚い本を取り出して開く。ちょうど彼女が座る席とカウンターを挟んだ向かい側に亮二が立つ。キッチンの中は奥側が紅茶やスイーツ類の作業場に、入り口側がコーヒーや軽食の作業場になっている。今はマスターが麻美と八重のコーヒーを淹れているようだ。
「すごいみるね」
「だってかわいいもん」
ちらちらと少女に視線を送る麻美。確かに人形のような少女がレトロな喫茶店で本を読んでいる様はなんとも絵になる。
「飲み物はいつもの?」
カウンター越しに亮二が話しかけると、頷く少女。
「あ、今日からイチゴのスイーツ期間限定で始まったよ」
それを聞くと、本を勢いよく閉じると立ち上がってカウンターの中を覗き込む。
「タルトと、パンケーキと、ミルクレープと、ハニートースト」
席に座ると悩むそぶりを見せる少女。
「今日は菜奈ちゃん来るの?」
こくり。首肯。
「じゃあ二人でハニートーストシェアする?」
こくこくと再び首肯。
「それじゃあ飲み物だけ先に出すね」
こくり。
頷きを確認して、亮二はスイーツ類を皿に盛っていく。それらをトレンチに乗せるとテーブルへ。
「おまたせしました。コーヒーもすぐお出ししますね」
麻美と八重のテーブルに配膳。すぐさまカウンターに戻るとコーヒーを受け取り戻ってくる。
「ごゆっくりどうぞ」
それをテーブルに置いたとき、ドアが開いてチャイムの音。
「こんにちはー」「おはようございます」
入ってきたのは二人の少女。先に入ってきたのはカウンターに座る少女と同じ制服を着ている。彼女はそのまま少女の隣の席に座る。
後から入ってきたのは隣駅の高校の制服を着ている。彼女はトレンチをカウンターに戻しに来た亮二を見つけると、笑顔であいさつする。
「亮ちゃんおはよう」
「おはよ、むっちゃん」
そのやりとりを聞いた麻美と八重はカメラモードにした携帯をテーブルに向けたまま、驚きの表情で二人に視線を送る。
なんとも意外で新鮮な、春の喫茶店の日常。