同じ釜の飯 その1
同じ釜の飯
「うーーん」
お馴染みの逃げ場所で麻美は苦悩の声を上げた。
「あら、お口に合いませんでした?」
亮二は水筒からお茶を紙コップに注ぎながら尋ねる。
「あぁ違う違う!」
箸を持った手をぶんぶんと振るい、麻美は答える。
「私ってこんな友達作るの下手だったっけと思って」
麻美が亮二と昼食を取るようになって早数週間。
彼女なりに意識を改め、肩ひじ張らない友達を増やしてみようかと試みていた。
しかし、いざ自然に対応しようと思えば思うほどぎこちなくなってしまう。
「なんか、ちょっとへこむね…」
他人の期待に応えたがるくせに、それを苦痛に思って落ち込んでいたはずなのに。
猫かぶりがすっかり癖になってしまっているらしい。
「先輩、かなり拗らせてますね……」
「……返す言葉もない」
弁当箱の卵焼きを口に放り込むと、甘い味がふわりと広がる。
「おいしー!」
「ありがとうございます」
亮二のお礼の言葉にうんうんとうなずき返すも、すぐに項垂れる麻美。
「今さ、一年の頃からちょくちょく選択授業がかぶってる子がいてさ」
麻美が話し始めると、亮二は静かに聞く体制に入る。
亮二はあまり相槌を打たない。麻美はそれが彼なりの気遣いなのだと思っている。誰かに話を聞いてもらえることはうれしいことだ。
しかし同時に、話を聞かせているという心苦しさを感じもする。そんなことに負い目を感じる自分にまたネガティブになりそうになるが、相槌の少なさにその気持ちも少し薄らぐ。独り言だと思って話せばいい。聞き流してくれたってかまわないのだ。
「色々と話はするんだけど、やっぱ私が距離感保とうとしてるの気づいてるんだろうね。そんなに踏み込んでこないというか」
それを望んできたのは自分なのに、今更親しくなろうっていうのがワガママだろうか。
「きっかけ、じゃないですかね」
「きっかけ?」
亮二は箸を閉じたり開いたりしながら続きを話す。
「一年以上保ってきた距離感ですからね、縮めるきっかけがないんじゃないですか?」
「きっかけかぁ……」
確かに出会ってすぐにでも遊びに行くなりしていればもっと違っていただろう。ここまで一年以上、一緒に授業を受けているただの同級生という関係を続けてきた。それを今更変えていくというのだから、それ相応のきっかけは必要だろう。
「うーーん」
「まぁあまり難しく考えなくても」
亮二は軽く弁当箱を持ち上げる
「俺と先輩も、きっかけは些細だったと思いますよ」
「昼休み、教室に居ないんだね?」
2年から始まった選択授業の美術、麻美の隣の席に座るボブカットの女子が話しかけてくる。
名前は川本八重。一年時から度々同じ選択授業を取り、偶々隣同士の席を選んだ同級生。クラスは違うものの麻美はこの女子に少し気を許していた。
大人びていて、整った顔立ち。口数もそう多くない。けれど口を開くと出てくる話題は麻美にとって新鮮で興味深かった。ちょっとマイナーな音楽の話、他愛ない雑学、こちらの心情を慮り過ぎない距離感。他人でも親友でもない距離。今までの麻美にとってはちょうどいい距離だった。
だからこそ、今日の彼女からの切り込み方に麻美は少し驚かされた。けれど彼女がその話題を出したのは心配からでも、好奇心からでもないようだった。その証拠に、彼女の視線はキャンバスとそこに描くべき題材のフルーツに向けられている。 ちょっとした世間話と言った所なのだろう。
「ちょっときになるラーメン屋があってさ。誘ってみようかなって白川さんの教室いったんだよね」
とくに気を悪くした風でもなく、八重は続ける。
「そしたら教室にいた子が最近昼休みはいないよって」
ちらりとこちらに視線を向ける八重に、それとなく麻美は視線をそらす。
「うん、ちょっと……。友達とご飯食べに出てて」
嘘は言っていない。だがありのまま伝えることに抵抗を覚えて、麻美は適当に言い繕うことにした。
「あぁ、なるほどね」
疑う様子もなく納得した様子に麻美はなぜかホッとする。
距離感。
これ以上は踏み込んでこないとわかる。今までずっとそうだったから。
それがありがたかった。だから麻美は八重に“少し”気を許せると思ったのだから。
だから、このままではずっとこのままなのだ。誰にも深くかかわらず、関わらせず。
大人しい優等生の自分を、自分自身に押し付け続けていくのだ。
きっかけは些細なこと。
「あ、あのさ!!」
思わず出た大声に、教室中の視線が集まる。
「ご、ごめんなさい」
肩身が狭そうに縮こまる麻美の姿に、八重は少なからず驚きの表情を浮かべていた。
「どしたの?」
麻美はそんな八重の表情に気づく余裕もないまま、言葉を絞り出した。
「……よかったら放課後、食べに行かない?」
一瞬、八重は反応できなかった。いきなり大声を出したかと思えばご飯のお誘いだったらしい。
次の瞬間には八重は口元を押さえて笑いをこらえるのに必死になった。
「え、なに、なんか変だった!?」
そんな麻美の反応にますます笑いがこみあげてくる。
「ごめん……、ちょっと待って……」
収まってきた笑いを大きく深呼吸して落ち着かせる。
「白川さんってそんな反応もするんだなって」
それを聞くと、麻美は少しだけ赤くなってうつむいた。それもまた、八重にとっては非常に新鮮な反応だった。
「いいね、いこっか」
ただ、新鮮な反応が面白くて、可笑しくて。それがきっかけ。
些細なきっかけ。