レタス“だけ”バーガー
李人氏(葦部李人)・・・御曹司。仕事上のウソは必要だと割り切るタイプ。
私(桂藤さん)・・・・・運転手。仕事外でついたウソこそ引きずるタイプ。
店員・・・・・・・・・・店員。営業スマイルはバイトの命。
ピザマッドの宅配・・・・桂藤さんとはカーチェイスした仲。
読者の皆様におかれましては、四月一日はいかがお過ごしになられただろうか。
何せ、世界的な規模で「ウソをついても許される」という奇妙な日である。シャレでは済まなくなった事例が何度もあるにも関わらず人々はウソをつき続ける。これだから人間は。
ここぞとばかりに、日頃抱えている秘密を「ウソ」として口にして、肩の荷を下ろした人もおられるのではないだろうか。たいへん申し上げにくいが、それは後で裏を取られてバレる運命にある。早めの対策をオススメしたい。
あとは各人に任せるとして。
なお、私はエイプリルフールについてはからっきしだ。気の利いたウソもつけないし、大企業が力を入れた一世一代のジョーク企画も、追いかけて楽しむほど関心はない。お恥ずかしい話だが、いきなり「ウソをついてもいいよ」と言われてもピンと来ないのだ。
ウソなんて日頃からついているせいで、どうでもいいことに費やす余力がなくてねえ……と、サラリーマン的な愚痴をこぼす私である。
*
「今朝の話なんですがね、桂藤さん」
その日、ベンツに乗り込むなり口を開いた李人氏。妙に改まった態度に若干の嫌な予感を覚える私である。無茶ぶりがあるときはいつもこうだから。学習した。
「朝食を、食べきれなかったんですよ」
「体調がすぐれないので?」
「いえ……」
神妙な顔つき。単なる世間話ではないのだろうか。私もできる限り居住まいを整えた。せいぜい心のシートベルトを締め直した程度だが。
「夜食を食べ過ぎて、胸焼けが……」
心のシートベルトを緩めた。
そういえば、昨日は予定が押しに押して、それでも一件もキャンセルがなかったため、李人氏が移動時間を利用して軽食をとるタイミングがまるっきりなくなってしまった。結局、すべての「仕事」を終えた帰り道に、まるでやけ食いをするかのようにジャンクフードを買い込んで車内で貪っていたのだ。ひとりでだ。ひとりで。
自業自得の極みである。
「それで、箸が進まないのをシェフに見とがめられ、桂藤さんと同じく体調を心配されたのですが」
「はあ……」
「いや夜食のジャンクフードのせいですと、ついポロッと」
私はかろうじて急ブレーキを踏むのを堪えた。
「なにバラしてんですか!ベンツ飯最終回じゃないですか!!」
李人氏が、庶民の軽食を好むという秘密を秘密のまま保つために続けてきたのが、車内だけで食事をするベンツ飯である。しょっちゅう忘れそうになるので、しつこく何度も言い続けなければならない。この小説の作者は実にテキトーにものを書いているからな。
まあ……それでも、バレただけで理解を得られなければ結局ベンツの中でしか食べられないのだが。
「シェフは一瞬、呆気にとられた表情をしましたが、納得したように笑いました」
私はズッコケる代わりにシートを倒したい衝動を抑え込んだ。
「受け入れられてるじゃないですか!ベンツ飯最終回じゃないですか!」
李人氏の勇気が世界を救うと信じて……!
ご愛読ありがとうございました!
*
――と、メッセージを打ち込んだにも関わらずなぜこうして文を続けているのか。
実は、李人氏の話の方にも続きがあって。シェフは李人氏の「ジャンクフードを食べ過ぎて」との発言を、それ自体をエイプリルフールのウソだと解釈して事なきを得たのであった。ベンツ飯はもうちょっとだけ続くんじゃ。
いや、本当にどうなることかと思った。李人氏の不用意な一言であっさり終了の危機に陥るなんて。こんなに最終回と隣り合わせのお話だとは思っていなかった。
「不注意だったことは反省していますが、それでも『言ってしまった』と気づいた瞬間、不思議と胸のつかえがとれたような気がしたんですよ」
「胸焼けしていたんじゃなかったんですか」
「いや、そういう話ではなく……」
冗談である。まあ、そんな思いをするのも無理はない。李人氏にしてみれば、ベンツ飯を続けるということは、周囲の人々にウソをつき続けているということなのだから。訊かれてないから言わないだけ、という言い訳は立つのだが。
そう、訊かれてないから言わないだけだ。
私は決して、妻にウソをついているわけではないのだ。前の仕事をリストラされたことを告げるタイミングを計っているだけなのだ。言う意思はあるのだ。ほっといてくれ。
「と、いうことで桂藤さん。胸のつかえもとれたところで、今日はサッパリした“こんなもの”を食べたい気分なんですよ」
「やっぱり胸焼けの話じゃないですか!」
しかし、サッパリした“こんなもの”とは。私と李人氏が“こんなもの”にカテゴライズしてきた軽食は、大部分が高カロリーのファストフードであった。一見、相容れない要素に思えるのだが。
「実は、すでにピックアップしてあるんです」
「準備がよろしいですね」
李人氏は実に楽しそうに携帯端末をいじっている。これは別に反省していないわけではなく、切り替えが早いのだ。上流階級の人物のメンタルというものは、時折、我々庶民の常識を超える強靭さを見せる。あとは単純に、よほどその「サッパリしたもの」を食べたいのだろう。
「これなんですが……」
ちょうど赤信号に捕まったタイミングで李人氏が見せてきたのは、ハンバーガーの有名チェーン店の商品ホームページ。そこには、
『究極のヘルシーさを追求!バンズもパティもすべてレタス!!』
*
いや……。
いやいやいや、李人氏。
これはアレですよ。どう見てもエイプリルフールのウソ企画ですよ。
よっぽどそう言ってやりたかったが、その画像を見せつける李人氏は実に良い顔をしていた。ちょっと待ってどういうことなの。ウソだと気付いていないのだろうか。それとも、このレタス尽くしは実在のメニューなのか。
いや実在するわけないだろう。だってレタスだけですよ。売れるわけないでしょ。買う人も何を求めて買うんだよ。あ、いやでも、確か今の若い子たちはSNSに写真をアップするためだけに変なものを買ったりするって朝の情報番組で言っていた。そう考えると、実在していてもおかしくはない……のか?
「坊ちゃん、ちょっとそれよく見せ――」
「桂藤さん、信号が青になりますよ」
「おっと」
ページを最後まで読めば、おそらく最後に「うそです」という旨が記載されているはず。それを視認したかったのだが、運転中にスマホを覗き込むわけにはいかない。いっそ李人氏に伝えて、御自分で確認していただこうか。
いや、でも。
せっかくメンタルリセットしたのに、このメニューがウソだとわかれば、李人氏はまたどん底に突き落とされてしまうのでは。それは私の本意ではない。できるだけ万全の状態でお仕事に臨んでいただきたいものだ。ここは、次の仕事が終わるまでは触れないことにして――
「桂藤さん、できれば、次の仕事に向かう前に食べたいのですが」
――おくことはできなくなった。そうですよね、そうなりますよね。だんだん身動きがとれなくなっていく私である。そもそも運転席に座っている時点で大した身動きもできないんですけどね。さっきのは言葉のあやで、選択肢の話だ。
選択肢。可能性。
そうか。私は大きな思い違いをしていたのかもしれない。
李人氏は、ウソのメニューだとわかっていて私に要望しているのではないだろうか。
*
状況を整理しよう。
私は李人氏から、レタスのみバーガーが食べたいと要望を受けている。
レタスのみバーガーはどう考えてもウソメニューである。未確認だが。
そしてその前の会話から、李人氏は少なくともエイプリルフールの存在を知覚し、その意味を理解している。これによって、実在を信じ込んでいるだけだと片付けることはできなくなった。
私は見極めなければならない。
李人氏の「食べたい」が嘘か、真か。
共にベンツ飯をやっていく者として。
こうして、ベンツ内でのマインドゲームが幕を開けた。
「にしても坊ちゃん、そんなメニュー、よく見つけましたね」
先に動いたのは私だった。李人氏がどこまで知っているのか、まずは軽いジャブ。この話題に対する反応を見て、ウソの自覚があるかどうか判断する。
「ええ。私も驚きました。よもや、サッパリしたものが食べたいと思っていた時に、ちょうどいいメニューが見つかるなんて」
判断できなかった。そりゃそうだ、私はそういうのが得意な人間ではない。タクシードライバーに転職しなくて本当によかった。事件に巻き込まれても、謎解きなんかできそうにない。
「斬新なアイデアですよね。ハンバーガーと名がついているのに、パンも肉もないなんて」
おっとしかも話題を広げてきたぞ。
ボロを出すのを恐れていないのか。あるいは本当のメニューだと確信しているからか。ここは話を続けて様子を見よう。私の持てるだけのマーケティング感覚で迎え撃つ。
「奇をてらった商品でも、若い世代は話題作りのために注文することもあるようですからね。試みとしてはやる価値があると、店が判断したのでしょうね」
私のありったけの知識を振り絞った。ありがとう朝の情報番組。
「よく御存じですね。さすがです、桂藤さん」
褒められた。もう騙されてもいいやって思うくらい気分がいい。
そうだ。李人氏は、私のような騙されるだけの庶民とは違う。もっと高いレベルで、企業が仕掛けるエイプリルフールに関与している可能性がある。葦部グループ傘下や、投資先から「今年はこんなウソにしようと思っていますがよろしいでしょうか」と伺いを立てられる側なのだ。もしそんなやり取りがあるとすれば、だが。
企業のつくウソに、意味のないウソはない。エイプリルフールは、低コストで好感度を上げるまたとないチャンス。何度も何度も内容の検討がされているはず。その場限りの思いつきではない、『大人のウソ』なのだ。その過程で、李人氏の耳に「仕掛け人側」として情報が入っていてもおかしくはない。むしろ自然なことだ。
私は腹を決めた。
たとえウソであっても、「エイプリルフールのウソがウソでしたーw」という後出しジャンケンが許されるのが今の世の中だ。エイプリルフールは、今や企業のマーケティングを兼ねていると言っても過言ではない。ならば、現時点ではウソメニューであっても、注文を受ければ出す準備が整っているとしてもおかしくはない。言ってみれば、出て来るはずだ。
だが、それよりも。
騙すよりも、騙される人間でありたい。
そんな人として当たり前のことを今更ながらに思った。
騙される方が悪い。一理あるかもしれない。あからさまなうまい話だと思ったときは、乗る前に立ち止まることも必要だろう。しかし日常的な範疇であれば、疑うより信じてみないと先に進めないことはままある。こればっかりは、経験してみないとわからないことかもしれないが。
それに、エイプリルフールに溢れるウソは、悪意のない「白い嘘」。騙されたところで、何ということはない。よく言うじゃないか、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」と。李人氏の真意がどうあれ、今日はとことん私も踊ってやろう。いつも踊らされていると言われればそこまでだが。なればこそ、踊ってやるのが社会の歯車としての本懐というものだ。
ドライブスルーにベンツで乗りつけると、いつも向けられるぎょっとした視線にも慣れてきた。今回の店員さんはすぐに営業スマイルに戻って「ご注文をお伺いします」と訊いてくれたので、いつもの買占めではない旨を言い訳する手間が省けた。ツイている。
「すみません、こちらを注文したいんですが」
そして我々は、レタスだけバーガーのホームページ画像を見せた。とてもいい笑顔で。
すると店員の女の子は営業スマイルのままフリーズし、店の奥に向かって、弱々しい声で「店長ー……」と呼びかけた。
直感した。
あ、これ、やっちまったやつだわ。
何がエイプリルフールだ。ちくしょうめ。
*
結局のところ。
レタスのみバーガーはウソメニューであった。
やってきた店長は「またバカ学生のイタズラ注文か」と食傷気味の顔をしていたが、黒塗りのベンツを見て流れるような動作で土下座へと移行した。ヤバイ業界の人だと思われたのかもしれない。
お詫びとして一食分無料にしてもいいと申し出ていただいたが、迷惑をかけたのはこっちなので丁重にお断りさせて貰い、普通にバンズがレタスになっただけのバーガーを購入してその場を後にした。
「……坊ちゃん」
「何ですか、桂藤さん」
「今、レタスのみバーガーのページって見られますか」
「もう見ています。ページの一番下に『※エイプリルフール』とあります」
「そうですか……」
難しく考えることはなかった。最初から李人氏に対して、「それはウソですよ!」と進言していればそれが正解だったのだ。そうすれば、わざわざ注文して傷を負うこともなかった。
しかし。
「いやあ……まんまと引っかかりましたね」
「次からは気をつけないといけませんねえ」
共に恥をかいた者がいれば、それを笑い話にできる。常に孤独でいなければならない騙す側には築けない関係だ。私はやはり、こちら側が性に合っている。いや、こちら側でいたい。
その日の仕事が終わったあと、李人氏は新たな「提案」をしてきた。
「騙された残念会で、パーッとやりましょう。ベンツの中で。ピザを頼んで」
「もうやらないでくださいねと言ったじゃないですか……でも、ピザマッドのあの宅配君ならわかってくれるかもしれませんね」
誤解からではあるが、カーチェイスをした仲だ。李人氏が電話をかけるのを、私はバックミラー越しに見守っていた。
「もしもし、ピザマッドさんですか。はい。この4月1日限定メニューの『心のきれいな人にしか見えないピザ』を注文したいのですが……」
受け渡し場所に現れた彼が開いた箱の中には、ぱっと見て、何も入っていないように見えた。よくよく見ても、空っぽのように見えた。これはもう、何も入っていないか私の心が汚れきっているかのどちらかだ。
「桂藤さん」
「はい坊ちゃん」
「これは……うわあ、すごい。立派なピザですね」
「ええ……そうですねえ。1日限定のメニューなだけのことはあります」
「1枚1万円なんてちょっとお高い値段にも見合いますねえ」
「いやまったく。“こんなもの”の範疇は超えているかもしれませんが」
「では支払いの方を」
と、李人氏が財布を出そうと懐に手を入れた瞬間。ピザマッドの宅配君は『心のきれいな人にしか見えないピザ』をひょいと引っ込めた。
「あんたら……まさか本気にしていたのか?」
私がふと視線を遣ると、ちょうど李人氏の視線とぶつかった。
_人人人人人人人人人人_
> いや、べつに…… <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
ホントなら先週に投下していたはずのお話。
結局なにも食べてないな!




