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たこ焼き(+マヨネーズ)

李人氏(葦部李人)・・・御曹司。他人を信用することが仕事。

私(桂藤さん)・・・・・運転手。他人に信用されることが仕事。

ソース・・・・・・・・・黒い方。味が濃い。

マヨネーズ・・・・・・・白い方。味が濃い。

 またたこ焼きかよ!

 と、お怒りの読者様はさて置いておくとして。


 お便りを読み上げようと思う。


 前回の「たこ焼き」に寄せられたものだ。いや、読んでくださる方がいるというのは有難い話である。更にコメントまでいただいてしまえば、こうやって書き出しにも使えるのだから。感謝の念を抱きつつ開封すると、いただいたお便りには驚くべき一文が記されていた。

『もうねっ いいから箸で食えよっ、と』

 正直その発想はなかった。

 そうか、箸で食べてもいいんだ。そりゃ箸で食べる方がずっと楽だ。何が悲しくてあんな細くて短い華奢な棒でたこ焼きを食べねばならないのだ。意気揚々と李人氏に伝えると、

「箸で食べる……? そんな、爪楊枝はどうなるんですか!」

 と仰られた。どうなるんだろう。食べた後に歯の掃除でもしたらいいのではないだろうか。使わないわけだし……と考えるうちに気が付いた。たこ焼きに箸がついてきたことって……あったか? いや、箸をくれと言ったらおそらくつけてくれるのかもしれないが……果たしてそこまでの苦労をする価値が箸にあるだろうか。

 そうだ、我々には爪楊枝があるじゃないか。たこ焼きを突き刺す使命を受けた爪楊枝が。何が悲しくてたこ焼きを食べるためだけに割り箸をパキンと割らねばならないのだ。ええい、もういい。すべて店側に預ける。爪楊枝だろうが箸だろうが、店がつけてきたものを使って食べればいいのだ。だって、店のすることに間違いはないんだから。

 だが。

 店が常に完璧なものを出すと言い切れるだろうか――などと、疑念を抱くことで、消費者としての生き方に一石を投じてみる私である。


 *


 それは、ふたつ目のお便り『爪楊枝は二本使いすると「たこ」「やき」分離防げます』を実践していたときのことだった。念のため断っておくが、実践したのは私ではない。後部座席の李人氏である。

 李人氏は「どうすれば爪楊枝を2本も手に入れられるのか」と、とてもいいところに着目した。そこで私は「2人で食べると申し添えればいい」と進言したのである。あわよくば私も1個くらい貰えるかもしれないという下心あってのことだったが、李人氏はすべて御自分で召し上がられた。こんなことが許されていいのか。

「桂藤さん、大変です!」

「どうされました!?」

 天罰でも下ったのだろうか。神が珍しく仕事したな。

「たこ焼きの容器の裏に、このようなものが!」

 もしや怪盗からの予告状か。李人氏が掲げたものをバックミラーで確認した私は、なんでもなかったことに落胆、もとい安堵し、『このようなもの』の正体を教えてさしあげることにした。

「それはマヨネーズですね」

「“マヨネーズ”!?」

「まあ、いわゆるところの、調味料ですね。粉ものでの使用率の高さは、ソースと双璧を成します」

「つまりこれは、さきほど食べ終わったたこ焼きに使用すべきものだった……?」

「そういうことになりますね」

 私はつとめて、いや、何の他意もなく軽く言ったつもりだった。しかし李人氏は、何やら深刻な顔になっておられる。次に何を仰せになるのかと身構えていたら、予想を超えた一言が出て来た。


「つまり……未完成の状態で客に提供しているということですか?」

「えっ、いや……!」


 その結論に至るのはちょっと待っていただかねばならない。どう考えてもいい印象は抱いていないやつですよね、それ。

 というか、こんなネガティブな精神状態の李人氏を次の仕事場に連れて行っていいのだろうか。いいはずないよなあ。だって人と会うんだもの。メンタルのコンディションはそりゃあもう響くでしょう。これで何らかの悪影響があったとしたら……まあ私のせいだよなあ。

 李人氏はそんなこと絶対言わないだろうけど。その方が、私のメンタルに響く。というかもう影響が出ている。ハンドルを握る掌が汗ばんできたのを自覚する。

 やっべえぞ……と、頭を抱えている場合ではない。

 なんとか李人氏に、この移動時間の間に、誤解を解いて貰わないと。

 天罰を受けたのは私の方だった。神め……次の賽銭は1円にしてやる、と固く誓う私である。


 *


「かけられていて然るべきものを容器の裏に隠しているなんて、嫌がらせとしか思えないのですが……」

「お言葉ですが、それは考えすぎです。そもそも、マヨネーズは絶対にたこ焼きにかけなければいけないわけではありません。むしろ絶対にかけるのは許さないという人もいるくらいで」

「それは何故です?」

「味がマヨネーズになるからです」

 李人氏の信じられないという顔は、バックミラーによく映える。

「調味料が料理の味をすべて塗り替えるなんてことが有り得るのですか……!?」

「有り得るのです。坊ちゃんは、すでにソースで経験済のはずですよ」

「確かに……」

 そう。粉もんに付き物の調味料は、だいたい味が濃い。かなり濃い。

 粉もんというのは、ソースやマヨネーズ、そういった調味料によって支配される運命にある。だからこそマヨネーズは「ちくしょう、台無しにしやがって」とマヨラーでない者たちによって排斥されているのだ。その戦争の惨憺さたるや、お好み焼きやたこ焼きが、広島やら大阪やらが地元である事実が何となく頷けてしまうレベルである。コワイ。

「そんなに恐ろしい食べ物だったんですか」

「すみません、多少盛ったところはあります」

 でもマヨラー問題が命に関わるのは割と冗談ではないと思う。

 まあそんな真偽は置いておいて。

「……というわけで、店側としては、相手がマヨネーズをかけるかどうか、その嗜好までは見抜けないのです。下手にマヨネーズをかけて出して、相手がマヨラー排斥者だったら『ちくしょう、台無しにしやがって!』と襲いかかってくるかもしれないわけです」

 自分で言っていて、だんだん実際に有り得る事件かもしれないという思いが湧いてきた。李人氏も真に迫ったような表情で聞き入っている。やっぱりマヨネーズをかけるかけないって、人の命に関わるのかもしれないな……。

「だからマヨネーズをかけるか否かの選択を、客に預けているというわけですね」

 納得してくれたようだ。

「さすがに命までは左右したくないでしょうからね……」

 納得の仕方に多少の心配はあるが。私のせいか。

 しかし、これでマヨネーズがあらかじめかけられていなかったのは、店の不手際でもなければ、嫌がらせでもないということがわかっていただけたはずだ。当初の目的は果たした。

「店の方には、あらぬ疑いをかけてしまった……」

「面と向かって言ったわけでもないので、そう気になさることでもないかと」

 ところで面と向かってマヨネーズがかかっていないことに文句を言うってどういう状況だろうか。何だかマヨラーをあぶり出すための非マヨラーが仕組んだ罠のような気配がする。マヨネーズがかかっとらんやないけ、と息巻いた瞬間、店中のマヨネーズ排斥者から集中砲火を浴びるのだ。そしてソースに塗れたマヨラーが一矢報いようと懐に忍ばせていたチューブからマヨネーズを撒き散らすのだ。コワイ。

 ソースとマヨネーズ、黒と白のオセロゲームはかくも厳しい戦いである。


 *


 ほぼ専属の運転手の役目を賜ってからしばらくの付き合いになるが、本来の李人氏は、それほどネガティブな思考に陥る御仁ではない。なぜ、今回は悪意を伴った結論を出しかけるに至ったのか。

「この前、会食に使わせていただいたレストランのシェフは、自分の料理に絶対の自信と責任を持っていると有名な御方だったのですが」

 私の疑念を察してか、李人氏は語る。

「ある日、『この料理は出来損ないだ。食べられないよ』と言い出す客が現れたそうで」

 嫌な客だ。きっとうだつの上がらないサボリ魔だな。

「最初はシェフも、自分に至らぬ点があったのかと思い、客に頭を下げたそうなのですが……話を伺ううちに、自分は常に特製のオリジナルソースを持ち歩いている。それをかけさせてくれれば食べられる、という主張がわかってきて、その段階で諍いになったらしいのです」

「それは……どう考えても客の方が悪いのでは」

 上流階級のことは存じ上げないが、少なくとも庶民の間では、その客は総スカンを喰らって然るべき人間ではないかと思う。いや、もしかしたら本当にそのソースをかけないと物を食べられない医療的な問題を抱えている人なのかもしれない……と、予防線を張るところまでが庶民の感覚である。

「私もそう思いました。料理を出す側はすでに完成されたものを出すべきであるし、それに客が勝手に手を加えることは許されないものだ、と。ですから、今回のマヨネーズの件も、つい過剰に……」

 なるほど。

 李人氏が自ら仰っていたことだが、富豪というのは、基本的に相手の「仕事」を信頼していなければやっていられないらしい。多種多様な事業に出資をするため、そのすべてに一定の知識を持とうとすれば、首が回らなくなる。また、多少の勉強をすれば中途半端に知識を得ることは可能だが(富豪は我々庶民とは地頭の出来が違うのである)、むしろその方が肝心の瑕疵を見逃すことに繋がる可能性が高いらしい。相手がある程度知っている相手だと安堵して、省略した「常識」の部分に間違いがあった場合である。

 話が飛躍してしまったが、要は、出された料理は黙って味わうのが富豪の流儀だということだ。

「信頼というのは、難しいものですね」

 今度は私が語る番だ。

「坊ちゃんが、会食で使われるお店は、お得意様というものが決まっておられるかと思います。その店のオーナーが創り出される味を気に入られた方々が自然と常連となられるような」

 料理人と客、一対一の関係。すでに互いの嗜好が合致している状態。

「ですが、庶民の“こんなもの”には、お得意様という概念はほとんどありません。できるだけ万人が満足できるように腐心しています。マヨネーズの選択を預けるのも、その一環です」

 お得意様がつくとしたら、それは大衆食堂や居酒屋くらいだろうか。ただ、そちらの場合も、店主との一対一の関係というよりは、他の客の様相や、店そのものの雰囲気を加味して関係が築かれるものである。そこには対話は不可欠であり、やはり互いに何も言わずとも通じ合えることが前提の三ツ星レストランとは勝手が違うことがわかる。

「容器の裏にマヨネーズを忍ばせるのは、店側としてはマヨネーズをかけた方がいいよというメッセージなのでしょう。だが、かけるかどうかを選択するのは客の自由だ。ですから『我々はできる範囲でのベストを尽くした。あとは君が好きにしろ』という具合に、選択を預けるのでしょう。それは、『美味しいものを食べさせたい、食べたい』という目的が合致している、いわば“同士”と呼ぶべき客が、ベストな判断を下してくれるであろうという信頼の形なのですよ」


 店と客。そういうとどうしても対立構造として捉えがちになってしまう。しかし結局のところ、店が目指すのは『美味しい料理』、これに尽きる。そして料理を美味しいと言ってくれるのは客だけなのだ。『美味しい料理』を食べにきた客と、どうして対立する必要があろうか。

 店が常に完璧なものを出すとは限らない。しかしそれは、自分が作った料理の仕上げを客に委ねるという覚悟。絶対の自信を持った作品を世に出す職人というよりは、娘を嫁に出す親父のようなものだ。


 何だか気恥ずかしくなって、それは口に出さないでおいた。若い李人氏には、まだわからないことだろう。これは富豪だの庶民だのという問題とは別にあるからな。

「……よく、わかりました。ということは、私は」

「はい?」

「あのたこ焼き店の信頼を無碍にしてしまったということですね……」

「いやいやいやいや!」

 なんでもっとややこしいことになってしまったのか。

 やっべえぞ。

 これ、やっべえぞ!

 困った私は……。

「で、では、次の目的地に向かう途中でまたたこ焼き屋に寄りましょう」

 とりあえず何か食べれば丸く収まるだろうという短絡的な解決方法を図った。だってしょうがないじゃないか、実際に何かテキトーな“こんなもの”を食べてるうちに、たいていの悩み事はどうでもよくなるんだもの。

「話していて、また食べたくなったでしょう、たこ焼き」


「いや、べつに……」

_人人人人人人人人人人_

> いや、べつに…… <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

「えぇぇぇぇぇぇ!?」


 どうしよう、八方塞がりじゃないか。

 いよいよハンドルから手が浮きそうになっている私に、李人氏はこう言った。

「このもやもやを晴らすには……『お好み焼き』ならば、あるいは」

「はぁ!?」

 思わず切り捨て御免ものの声が出た。この前、お好み焼きはそう簡単にテイクアウトできるものではないと説明さしあげたはずだが。

「しかし、このような情報もあります」

 そう言って李人氏が取り出したのは――


『あと、名古屋なら『手で持って食べるタイプのお好み焼き』がありますよーw』


 あっ、それは。

 私が握りつぶしたはずのお便り。

 名古屋にまで行けるわけないでしょと李人氏には見せなかった情報!

「時に桂藤さん、」

 次に何を言われるか、大方の予想はついていたが、李人氏は始めからこの展開に持ってくるためにわざとお悩みの様子を見せつけたのではないかと。その上で、お好み焼きについての判断を私に預けるつもりなのではないかと、勘ぐってしまう私である。

たこ焼きについての+αです。

あれ、今回何も食べてない……?

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