焼き芋
李人氏(葦部李人)・・・御曹司。海外への留学経験がある平凡な上流階級。
私(桂藤さん)・・・・・運転手。古き良き伝統を愛する平凡な庶民。
焼き芋屋さん・・・・・・早くしないといっちゃうよ。
いーしやーき、いもー……おいもっ。
この独特の節に聞き覚えのない方はいないだろう。夢中になって追いかけたこともあっただろう。と、自信を持って言えたのは平成まで。令和元年、気づいてみれば、秋の風物詩であったはずの誰とも知らないおじさんの声は、まだ一度も聞いていない私である。
買いに来てくれる人を待ってトロトロ走る軽トラックは、車通りが多い道でも、人通りが多い道でも、もはや歓迎されないということなのかもしれない。
それでも私が仕事から帰ると『チンして食べろ』と無造作にラップがかけられてあったり、娘が「太るから嫌なのに買ってくるからさー」などとぼやきつつも幸せそうに頬張っていたりするのを見ると、需要自体はなくなっていなさそうだ。親の私から見て、我が娘はちょっとやせてんじゃない?って思うきらいがあるので、天高く肥えてもらうため、軽トラックにはがんばってトロトロ走っていただきたい。
いーしやーき、いもー……おいもっ。
そんなこんなで、声は聞こえなくとも今日もどこかで売られているはずの焼き芋。でもやっぱりあの歌うような名調子がないのは寂しい。庶民はいつだってなくしてから大切さに気付くものだ。
……歌か。
ひょっとしたらジャ〇ラックが使用料を請求したから使えなくなってるんじゃないの、とゲスの勘繰りをする私である。
*
おや、と視線を遣る。
しかし青信号になったのですぐに目線を前に戻し、ベンツを発進させる。
「どうかしましたか、桂藤さん」
私の細やかな変化にも目ざとい、後部座席の李人氏である。
まあ「何か美味しそうなものでもあったんですか」というつもりだろうが。
「いや、べつに……」
_人人人人人人人人人人_
> いや、べつに…… <
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さっさとノルマを回収する私である。
「そんなこと言わずに、ぜひ」
「いや……本当に、べつに、なんですよ。結局、勘違いだったと思いますし」
勘違いでなかったとしたら、今頃、聞こえてきているはずだ。
いーしやーき、いもー……おいもっ。とね。
「焼き芋屋を見たと思ったんですが、気のせいだったようです」
「やきいも」
「はい。サツマイモを、石焼き釜で焼いただけの、カンタンな食べ物ですな」
簡単すぎて、御曹司の食卓に並んだことは一度もないだろう。
歴史から見ても、焼き芋は間違いなく、庶民の食べ物であった。
*
そもそもなぜ芋を焼くのか。それは甘くなるからだ。
何を当たり前のことを、と言われれば、どーもすいません、と言うし、どうして知っている、と言われれば、こればっかりは年の功という他ない。いや、私が実際に経験したかといえば微妙なのだが、お菓子を食べられるのをもっとありがたがるようにと、親や近所の大人からよく聞かされたものだ。
その昔、砂糖は高価なものだった。そこで庶民は安価な芋に甘味を求めたのだ。
「なるほど。でんぷんは糖になりますからね。加熱して、最適温度の高い酵素を活性化させるわけだ」
「はあ」
「確かに石焼き釜なら、β-アミラーゼの70℃を保ちやすい。理に適っていますね」
なんか褒められているようだが、さっぱり理解できていない私である。
李人氏は、理屈で物を食べている。
食事とは、空腹を満たす行為に非ず。要人とコミュニケーションをとるためのビジネスツールである。御曹司としてそんな教育を受けてきた李人氏は、なんと肝心の本番では緊張して味をまったく感じなくなってしまうのだという。
そこで頭に叩き込んできた記憶と知識をフル回転させ、「この食材にはこういう特徴と成分があって、それをこうやって調理しているのだから、前に食べたアレのような味になるはずだ」と、料理の味を理屈で想像し、食通のフリをしているのだ。その評があまりにも正確なので、化けの皮が剥がれたことはなく、むしろシェフがシャッポを脱ぐらしい。
御曹司に料理を出すシェフも超一流だろうから、互いにベストを尽くした結果、パズルのピースがかちりとはまってたった一つの真実にたどりつくのだ。まるで探偵の謎解きである。
そんな気を張りつめた食事しかしてこなかったからこそ、李人氏は頭からっぽにして食べられる上に、感想も「いや、べつに……」で構わない、ベンツ内での軽食を楽しみにしておいでなのである。この設定、たまに出しておかないと作者も忘れる。繰り返しは大事だ。
「時に桂藤さん」
「何でしょう坊ちゃん」
「話を聞くに、焼き芋屋さんというのは、石焼き釜を荷台に乗せた軽トラック、というのが標準のスタイルなんですか」
「ええ、それが普通ですな」
私が何でもないことのように答えると、李人氏は「なるほど……」と少し深刻な表情をなさった。そして、耳を疑うようなことを仰った。
「場合によっては、もう見ることがなくなるかもしれませんね」
*
「えっ、どうしてですか?」
確かに最近、見ることが少なくなったなーとは思っていた。思っていたが、まだそのことを李人氏には話していない。市井のことには疎いはずの御曹司が、なぜそのことに思い至ったのか。
「シンプルに言えば、見た目がショッキングだからです」
李人氏は言う。
軽トラックの荷台に積んである謎の物体から火が噴き出して見えたら、それは何かしらの事故だと思われるのではないか。
いや、あれは石焼き釜ですよ、と説明すれば、火を噴いて当然のものをガソリンの上に載せているのかと驚かれるのではないか。
それを聞いて私は、思わず笑ってしまった。
「いやいや坊ちゃん。焼き芋屋っていうのは、そういうものですよ?」
「そういうもの」
「はい。それに今まで焼き芋屋のトラックが爆発したなんて話、聞いたことがありませんし――」
あれ。
本当にそうか。
よく考えてみれば、ガソリンがたっぷりの車に、燃えているモノを載せているって、シンプルに大事故を連想させるぞ。逆に何で今まで爆発事故が起きていないんだ。ていうか、規制ってどうなってるんだ。どこが許可出してるんだ。そもそも何で車はガソリンを燃やしながら走ってるんだ危ないじゃ――
「……やっべえぞ」
私は今すぐこのベンツから降りたくて仕方なくなった。
*
狼狽える私に、李人氏は微笑みで応える。
「失礼。桂藤さんがそこまで思い詰めるとは、相当愛されているのですね、焼き芋は」
「あ……申し訳ありません、つい」
「いえ。私から喧嘩をふっかけたようなものですから」
正直、焼き芋から感じるノスタルジーより、電気自動車から感じる明るい未来に想いを馳せていた私である。石油も高騰してることだし、そのうち本当に取って代わるかもしれない。
「しかし、落ち着いて考えたら……キッチンカーってやつもそこら中にありますし、焼き芋屋のトラックもそれなりの対策がとられているのかもしれませんね」
キッチンカーが出回り始めた頃、車の中で料理するなんてどうかしてるんじゃないかと思ったものだ。それ以前から焼き芋屋は存在していたというのに。それはそういうものだから、と思考停止していたのかもしれない。
「ええ。そういうものなんでしょうね……だから疑問に思わないし、気が付かない」
それが『日本人にとっては』に過ぎないかもしれないということに。
「日本人にとっては……ですか?」
「少なくとも、私は留学先で焼き芋屋さんのような車を見たことはありません」
見慣れないモノを見たとき、人はどのような反応をするか。
よく知っているはずの現地の者が、満足な説明をできなかったとき、何が起こるか。
大なり小なり、パニックは避けられないかもしれない。
そんな面倒事のタネになるのなら、いっそ隠してしまった方がいい。そう考えることは自然なことだ。誰がとは言わないが。
「時期が時期、ですからね」
バックミラーに映る李人氏は、車外に視線を投げかけていた。何を見ているのかは私にもわかった。脇目でも視認できるほど、高層ビル群にでかでかと掲げられている。
その先には、五輪の描かれた幕があった。
そういえば、ラーメン屋台も見なくなったことを思い出す。馴染みの屋台主から聞いたところによると、警察の取り締まりが厳しくなり、廃業してしまう店が増えたのだとか。これも大多数の海外旅行者を受け入れるための下準備なのだという。
それは一時的なことかもしれない。だが、一度目をつけられた商売に復帰しようと考える者が何人いるだろうか。グレーゾーンの住人は、あらゆる整備に弱い。
「昔からあった、というだけでは、続けていけない時代なんですなあ……」
いーしやーき、いもー……おいもっ。
しみじみと呟いた私に答えるように、それは聞こえた。
「桂藤さん、今のは」
「はい。あれが、焼き芋屋が近くに来ているという合図です」
ミラー越しに視線を合わせる、私と李人氏。
「食べられるうちに食べておきたいです。桂藤さん、追ってください」
「かしこまりました。ちょっと舗装の悪い道を通りますので、揺れにご注意を」
過去でもなく、未来でもなく。
ただただ焼きたての芋を食べたいという現在のために、私はベンツのアクセルを踏んだ。
いーしやーき、いもー……おいもっ。
*
最後に。
トラックから買えないなら、自分で焼きたてを作ればいいじゃないと考えているあなた。
焚き火は基本的に違法行為である。
軽微なものは例外として認められているというだけなので、中には焚き火の一切を許さない自治体もあるのでご注意を。まあそんなわけで、自治体ごとの条例で取扱いが違うので、詳しくはお住まいの役場にお問い合わせすることをオススメする。
なんて、最後は行政にぶん投げて〆る、市井の私である。
Novelber 11/3 お題「焼き芋」。




