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流しそうめん

俺(沖名)・・・・・・・田舎の竹細工職人。

菜代子・・・・・・・・・田舎の大学生。実家は家具屋。


李人氏(葦部李人)・・・御曹司。投資家でもある。

私(桂藤さん)・・・・・運転手。マイホームパパでもある。

「流しそうめんやるわよ沖名(おきな)君!」


 すっかり夏めいた日差しから逃れるように、軒下に転がり込んできた我が同級生は、俺が飲むつもりだった麦茶を無断でイッキ飲みしてからそう言った。そうかい、でもやるならお前ンちでやれよ。

「地区を挙げてやるのよ。そういう企画なんだから」

「企画?」

「地域おこし。公民館でずっと会議してたでしょうが!」

 ああ……あの会議ってその会議だったのか。途中参加したからおっちゃんたちの酒盛りに巻き込まれたことしか覚えてないや。一応、会議を放り投げている言い訳として「若いのに全部任せることにしたから」と言っていたがじゃあ俺は若いのではないのかと疑問が残る。

「沖名君って老けてるからねー中身とか」

「やかましい」

 老けてるのはここら一帯の平均年齢だけで充分だ。


 ここ、竹矢部(たけやべ)地区は読んで字の如くの竹の産地だ。

 山の頂きに竹林を有し、山の表面を螺旋を描くように道路が通り、その道に沿って家屋が点在している。俗称は「竹藪集落」。限界集落と呼ばれるのとどっちがイメージが悪いかは住民の間でも意見が分かれている。

 そんな具合の、今や国全体の問題となっている高齢化・少子化の縮図とも言える、どこにでもある田舎だ。そのような環境だから、年少者は皆で大事にしなければならないという教えを込めて「竹の子」と呼ばれ、中でもこの麦茶泥棒、いや、菜代子(なよこ)は、それこそかぐや姫のように年配者から可愛がられているのだ。あちらさんと比べればずいぶんおてんばだと思うが。


 話が逸れた。

 竹矢部の主要産業は、文字通り、竹だ。特に七夕シーズンになると、近隣で開催される七夕まつりのために掻き入れ時となる。そんな竹どころなのに、当の竹矢部で開かれる七夕まつりは町内会レベルの規模というのは何とも皮肉な話。どこでもそうだろうが、より集客が見込まれる都市部の祭りを邪魔しないようにひっそりするのが暗黙の了解だ。


「それがよくないのよ。あっちの竹も、こっちの竹も、もともとは竹矢部の竹なんだから」

「起源はウチだ上納金払えって因縁つけて回るのか」

「それじゃヤクザじゃないの。そうじゃなくて、その竹でもっと色々なことができるってアピールするのよ。それが――」


 流しそうめん。


 のどごし爽やかなそうめんを、流れる水に乗せて運ぶことで更に涼感をアップさせた夏の風物詩。その流し台として使われるのは、半分に割った竹だ。実際にはもうプラスチック製のものを使っている方が多いんじゃないだろうかと思うが、イメージの話でなら竹だろう。

「七夕まつりは今まで通りの規模にしておいて、都市部の邪魔はしない。でも、併せて開催する流しそうめんイベントで、七夕に興味ない物好きを集客するのよ」

 物好きっつったかお前。

 場面は俺ン家より舞台を変えて公民館。菜代子による説明会の真っ最中だ。俺は特に何をするわけでもないのにスタッフ側の席に座っている。

「でも、なよちゃん、予算はあんのかい」

 当然の疑問が出た。こんな田舎だ、財政力には期待できない。

「予算の心配はいらないわ。よそから出してくれるから」

「テレビ局か?」

「ううん。テレビは呼んで撮影してもらうだけ」

 意外。テレビの企画として採用されたのかと思っていたが、どうも違うらしい。

「ダメもとで投資家にプレゼンしたの。そしたら、興味持ってもらえたみたいで」

竹矢部(ここ)に?」

「ううん。流しそうめんに」

 なんじゃそりゃ。

 そんなツッコミが入ることのなかった投資家との会談は流しそうめんをすることを主軸に話が膨らみ、最終的には「そうめんが町中を流れることで景観、おすすめスポットをPRする」という企画にまとまったらしい。


「うまくいくといいなぁ」

 住民説明会を終えた菜代子は、また俺ンちに戻り、縁側で脚をぶらぶらさせながら寝そべっている。放っておけば勝手に冷蔵庫から麦茶を持ってくることはわかっているので、俺は特に構わずに、せっせと竹を削って竹とんぼを作っていた。

「うまくいくと思う?」

「さあな」

「沖名君はそっけない」

 漫画のタイトルみたいに言うな。というか、口ではそう言っていても、菜代子はアドバイスや励ましを求めるタイプじゃない。むしろ口出しされるのを煩わしいと思うからこそ、話を聞くだけで特に何もしない俺をよく連れ回す、気がする。菜代子から相談されたと思えば、竹矢部の誰もが「何とかしてやろう」と奮起するだろう。何せかぐや姫だからな。

「うまくいったら……」

「んー?」

「……エアコンでも買ってやるよ。菜代子(おまえ)ンちから」

 菜代子の実家は家具屋(ホームセンター)だ。 

「いや、いかなくても買いなさい。今年も猛暑みたいなんだから」

 へいへいという生返事に溜息を紛らせる。

 俺は、本当はもっと別のことを言おうとした。


 うまくいったら今度こそ竹矢部(ここ)を出るのかと。


 菜代子が前に話していた。地域おこしに打ち込んでいるのは、安心したいからだと。自分はこれだけ尽くしたし、自分がいなくなっても大丈夫だろう。そうなった竹矢部を見届けてから旅立ちたいのだと。

 さっさと家業の竹細工職人を継ぐことにした俺と違い、菜代子は都市部の大学に竹矢部から通っている。それだって本当はひとり暮らしをしたかったというから、就職先は都市部、あわよくばもっと都会にと思っているはずだ。

 俺はそれを聞いても、特に何も言わなかった。

 誰にも言わなかった。ただ、何となくわかっていた。

 かぐや姫は、月に帰るものなのだから。


 菜代子は俺ン家の麦茶を勝手に飲む。それ以外もだいぶ好き勝手にする。

 対して、俺は菜代子の人生に関わっていると言えるのだろうか。

 言えるわけない。ただ話を聞いて、適当に頷いていただけの俺などが。

 だから、というわけではないが。いや、だから、というほかにないか。

 流しそうめんのコース設営についても、竹を割って提供するという通常業務以外は特に何もしなかった俺だが、イベント当日、高校卒業からしばらく使っていなかった自転車を引っ張り出した。


 かぐや姫は月に帰るものだ。


 翁は、それを阻止しようとするものだ。


 最初は流れるそうめんを自転車で追いかけ、決心がついたら持参した竹鉄砲で水を引っかけ、コースから押し出してやろうと思っていた。だが、カメラの取材が入ると菜代子が言っていたのを思い出し、先回りしてそうめんを待ち伏せすることにした。

 俺は「竹の子」の中でも、直接竹を加工する家の者として特に竹林に親しんできた。身を潜める場所ならいくらでも知っている。道路から見た場合、死角となる場所も。

 息を殺して標的を待つ。その間にもっとあれこれ考えたかったが、思いのほか緊張して、竹鉄砲をいじってばかりいた。

 いつまで待ってもそうめんが来ない。死角を意識しつつ、コースを遡ってみる。

 なるほど、来ないわけだ。そうめんはコースの途中で、水をせき止めるばかりの()()になっていた。

 そうめんにレンズを寄せているカメラと、その隣で実況をしているリポーター。一歩引いたところでは、ここらで終了かねと話し合っている大人たち。

「……なんだ。俺が何かしなくても、うまくいかないじゃないか」

 竹も、菜代子を行かせるものかと言っている。さすがかぐや姫。

 他でもない竹が言うんだ、俺もその通りにしよう。特に何もしないんだが。そうだ、家に帰って、新しい麦茶でも作っておくか。きっと菜代子がまた来るだろう。だめだったーと言いながら縁側で脚をぱたぱたさせて、来年はどうしようかと取り留めもなく話すのを、俺は黙って聞いて――


「…………」


 来年は大学3年。就職活動が始まる。

 何が月だ。都市部までは電車に乗って2時間かからないんだぞ。

 この流しそうめんが成功しようが、失敗しようが、菜代子は出て行くだろう。どうせ出て行くなら、ダメだったという不発弾を引きずらせるより、うまくいったの打ち上げ花火で送り出してやった方がいいに決まっている。

 これは、俺が菜代子の人生に爪痕を残す最後のチャンスだ。

「……我ら、竹の子」

 竹は1本1本が独立しているように見えるが、それは地上に出ている部分だけを捉えた話。土の下ではすべてひとつにつながっている。

 どこで生えようが、根っこはつながっている。

 竹鉄砲を構えた。

 狙うは、だまになったそうめん。

 手許が狂えば、そのままそうめんをコースアウトさせて更に悲惨なことになるかもしれない。当たり前だが、決意だけじゃ物事は左右できない。思うばかりじゃ結局何もしていない。しかし、銃を構え、狙いを定め、引き金に指をかけ、それを引く――それらバラバラの動作に1本の筋を通し、ひとつの行動としてつなげるのは人間の意志だ。

 すべては意識下でつながっている。

 俺は筋を通す。




 翁はかぐや姫を月に帰したくはなかった。

 でも、嫁には出すつもりでいたんだ。




 自転車を漕いで漕いで、皆が集まっているところまで辿り着いた。

「間に合ったか……」

 最後の山場。そうめんの大ジャンプ。

 再び流れに乗ったそうめんを追い越して先回りするのは、かなり意志の力が必要だった。少なくとも今、体にはもう筋が通らない。もう何もしたくない。

「あれ、見に来たんだ」

 菜代子はそんな言葉で俺を迎えた。

「菜代子さんはそっけない……」

「漫画のタイトルみたいにいうな」

 とりあえずはいつも通りに見える。この場合の「いつも」は、よそゆきで気が張ってるときの「いつも」だ。麦茶泥棒してだらけている方ではない。

「……すごい息切れしてるけどどうしたの?」

「いや、べつに」

 わざとそっけなく答えて、そうめんに集中する。竹矢部の竹はしなやかさに定評がある。ジェットコースターやスキージャンプ台のような歪曲したコースを作るのも苦ではなかったはずだ。

 リポーターの人が果たして成功するのでしょうかと盛り上げている。

 飛ぶさ、そうめんは。

 最後の最後で失敗なんて、筋が通らない。そうだろ。

「……来た!」


 それは、そうめんと呼ぶにはあまりに丸かった。

 足止めを食っていたときに水を吸い過ぎたのだろう。

 だがそれは悪いことばかりではない。

 転がるようにやってきたそうめんは、勢いを殺さずにきれいな跳躍を披露した。

 

 天に駆け上るようなそうめんの背景に、真昼の月を見た気がした。


 放物線を描き、そうめんは宙を舞う。

 そして通りかかった黒塗りのベンツに窓から飛び込んだ。

 ベンツはそのまま走り去って行った。


「……えっ」

 えっ。

「何だ今の。ハプニング? 失敗?」

「いいえ、予定通り。これで成功よ」

 なんじゃそりゃ。

「ゴールはこうしてほしいっていうのが投資家(スポンサー)の意向だから」

 なんじゃそりゃ。

 呆気にとられたが、とりあえず拍手しておくことにした。拍手だ、拍手。困ったときは拍手して笑っておけ。他のみんなも同じように考えたようで拍手と歓声は盛大なものになった。さすが竹の子、根っこでつながっている。大成功という雰囲気が伝わり、死んだ目をしていたリポーターが息を吹き返した。これでいい感じに中継を〆てくれるだろう。

「うまくいったな」

「うん、うまくいった」

 解散し、人っ気がなくなったあとも俺と菜代子はその場に残っていた。

「帰らないの?」

「もうちょっとここにいる」

 俺はただ疲れてしばらく動きたくないだけ。麦茶なら勝手に飲めよ、新しいの作ってないけど。そう促すと、菜代子は「ふうん」とだけ言って俺の自転車の荷台に腰を下ろした。

「ね、本当は何してたの」

 脚をぶらぶら、はできないから、爪先を遊ばせている菜代子。

 目を逸らし、顔を背けて、俺は筋を通した。

「なんもしてない」


 *


 そうめん。

 それはおすそ分けやお中元で無限に増えていく、物理法則を無視した夢の食料。庶民の夏を代表する“こんなもの”である。

 先日、地域おこしをしたいという学生サークルとの“仕事”でそうめんの話題が出たらしく、俄然興味を惹かれた我らが御曹司たる李人氏は、その場で投資を即決したという。ただし、そうめんは最後、大ジャンプをしたところをベンツが回収するというゴールにしてほしいと条件をつけた上で。

 賢明なる読者の皆様におかれましては、すべてお見通しであろう。


 李人氏の目的は、ベンツに乗りながらにしてそうめんを食べることである。

 

 スケジュールがみっちりなため止まることのできないベンツの中でそうめんを茹でるなどドアホウの所業だが、流しそうめんであれば外部から一杯ぶんだけ確保することができる。たったそれだけのために、よくもここまで大事にしたものだなあと思うが、こういうことを思いつくし、実行してしまうのが御曹司というもので、相手方に迷惑をかけているわけではないというところが李人氏らしいとも思う。

 そんな後部座席の李人氏のもとに、つい先ほど、遂にそうめんが届けられた。

 窓から飛び込んできたそうめんは、思いのほか大きく丸かった。

 李人氏が用意していたガラスの器にホールインワンして、めんつゆが盛大に水しぶきを上げてスーツに思いっきり飛散した。

 私は言葉を失い心の中で「やっべえぞ」を繰り返し、李人氏は無言で、そうめん玉をかじっていた。はっきり言う。これはもはやそうめんではない。のどごしとか関係なくなってるし。

「桂藤さん」

 李人氏はとても穏やかな表情でいらっしゃった。

「うまくいかないものですね」

 そーですね、と言うしかなかった私である。

「流れてる途中のそうめんを掬って食べたいです」

 いいともー、と言うしかなかった私である。




 数日後、我が桂藤家はキャンプ場に出かけた。

 ささやかな流しそうめんをするためである。

「……流しそうめんは、いいんだけどさ」

 我が娘の視線は、ある一点に注がれている。

 流しそうめんの下流には黒塗りのベンツがあり、そうめんの流し台は後部座席の両側の窓を通ってベンツを貫通していた。

「あれ何?」

「ベンツ」

「見りゃわかるよ。どういうつもりなのかって訊いてるの」

「どういうつもりって、そりゃ……」

 しばらく考えたが、もう何もしないことを決めた。

「それは? 何?」


_人人人人人人人人人人_

> いや、べつに…… <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

七夕ネタで書いていたはずだったのにどうしてこうなった。

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