表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

アメリカンドッグ

李人氏(葦部李人)・・・御曹司。桂藤さんに敬意と親心を抱かれつつも若干なめられている。

私(桂藤さん)・・・・・運転手。李人氏に一目と信頼を置かれつつもちょろいと思われている。

店員・・・・・・・・・・店員。ワンオペしてたら黒塗りベンツが襲来して夜明けを感じる。

 さて、読者の皆様は、李人氏について私の目を通してしか、そのお人柄を推し量ることができない。まことに責任が重大だとわかりつつも、ついつい、良く言えば無垢に、悪く言えば幼稚に、李人氏をこの目に映してしまう。

 庶民の軽食を好むというところに子どもっぽさを見出していることはもちろんだが、あの日、ハンバーガーを食べるまで、食べたいと思ったものを食べたいときに食べられない幼少期を過ごされたことに、おこがましい話ではあるが親心のようなものを抱きつつあるからだ。

 読者の皆様におかれましても、私たちの阿呆さはすでにおわかりであろうから、ここはひとつ、李人氏だけでもイメージを変える一助にしていただこうと、アメリカンドッグの話をしようと思う私である。


 *


「桂藤さん、アメリカンドッグというものを御存じですか?」


 不意に声をかけられ、私はすぐには言葉が出てこなかった。ハンドルを握っているときにレスポンスが遅れるのは、当然といえば当然のことなのだが。私は現在、李人氏を乗せて移動している最中である。

「アメリカンドッグ、ですか」

 李人氏の言うアメリカンドッグがアメリカンドッグなら、まあ知っていることになるのだろう。ここにきて「アメリカにしかいない犬のことですよー」なんてオチがつくはずがない。そんなことをしてみろ、出るとこに出る覚悟があるぞ。

「ソーセージを、揚げた衣で包んだ軽食ですな」

「やはりそういうものなんですか」

 やはり? 今までの李人氏とはどうも違った反応だ。

 そういえば、今日はどことなく様子がおかしい。久しぶりに会うという御友人との食事会を終えてベンツに乗り込んでからずっと、李人氏は下を向いていた。考え込むように。

「どこに行ったら買えますか?」

 サービスエリア、が真っ先に浮かんだのだが、さすがに今から高速道路まで寄り道する余裕はない。先の展開を見越して、私は無難に「コンビニ、ですかね」と答えた。

「なんでもあるんですね、コンビニって……」

 庶民の私も、そう思う。

「次の目的地に着くまでに、寄っていただけませんか?」

「構いませんが、今回はいったい、何がきっかけで?」

「ええ、ちょっと確かめたいことがありまして」

 言葉を濁された感はあるが、軽食が食べたくなるのにそんな大層な理由もいらないだろうと思い直す。ふらっとコンビニに寄って目についたから、ついでにこれもひとつお願いします。ホットスナックとはそういうものだ。

 コンビニの駐車場にベンツを停めると、李人氏が「私も降ります」と言ってきた。

「購入するところを見学したいので」

 いや、見学するようなもんじゃないですよ。これくださいって言ってお金出してお釣り貰って会釈するだけですから……と言ったものの、どうしても意志は固いようだ。李人氏、大地に立つ。ベンツから降り立ったとき風が吹いたのは、決して過剰演出ではあるまい。


 *


 コンビニの店内に入ると、我々はさっそく厳しい決断を下さねばならない事態に直面した。

 ホットスナックの棚に、アメリカンドッグがひとつしか置いていなかったのである。

「坊ちゃん、これは分の悪い賭けです……」

 私は店員には聞こえないよう李人氏に耳打ちした。

 コンビニのホットスナックというものは、偏見ではあるが、全部なくなってからでないと補充はされていないように思える。そこのアメリカンドッグも、棚に入れられてから、とても揚げたてとは言い難いほどの時間を過ごしてきた可能性が高い。最後の一個とは、それだけで消費者にプレッシャーを与える。

「ここは見送って、次の店に回るという選択肢もあるかと……」

 だが、その分だけ時間のロスも大きくなるし、次のコンビニでも揚げたての状態で置いてある保証はないのだ。一度「見送る」判断をすると、意地になって望み通りになるまで見送り続ける悪循環に陥ってしまう。

 揚げたてでなくてもいいから買うか、揚げたてにありつくまでさまよい続けるか。この最初の店で決断せねばならない。

 李人氏は静かに目蓋を閉じた。

「――買いましょう」

「坊ちゃん……」

「揚げたてだとかそうじゃないとか、そんなことは関係ない。私は今、そう、今この瞬間、アメリカンドッグが食べたいのです。そんなときに、目の前に最後のひとつがある。これは巡り合わせですよ桂藤さん。ここで見送ることを選んでしまったら、私はきっと一期一会の機会を大事にできない人間になってしまう!」

「坊ちゃん……!」

 そんな大それたもんかなあ。

 しかしこれ以上寄り道による時間計算をしなくて済むのは助かる。私は店員の方へ向き直ると、


 店員は揚げたてのアメリカンドッグをこっそり補充しているところだった。

 ばっちり聞かれていた。李人氏、熱弁だったからな……。


「……あっ、あの。揚げたての、アメリカンドッグを」

「……買占め、とかでしょうか。すみません、あとどれぐらい揚げれば……」

「あっいえ、1本、いや2本ください。私のは、そっちの残ってた1本でいいので……」


 店員と私はぎこちない笑顔を浮かべあって、気まずい思いをしながらアメリカンドッグを包んでもらった。会計を済ませようとしたところで、「あの」と、意外にも李人氏が声を上げる。

「申し訳ない、マスタードがダメでして」

 えっ、と思った。そんな話、今まで聞いたことがなかったが。

「あ、申し訳ありません」

 その注文を受けて、店員はコンビニ袋に突っ込みかけていたケチャップとマスタードのパックを回収して、ケチャップのみのパックを入れ直した。

 李人氏の思惑はわからなかったが、無事、アメリカンドッグを購入した我々はベンツへと戻る。私は次の目的地に李人氏を送り届けたあとの待機時間に食べると断りを入れて、まずは李人氏に召し上がって貰うことにした。

 緊張した面持ちで、包み紙からアメリカンドッグを引き抜く李人氏。まるで真剣を扱うかのごとく。

「これは……」

 棒を摘まんで一回転させ、しげしげと眺めてから李人氏は呟いた。


「やはり、コーンドッグだ」


 *


 李人氏が先ほどまで会っていたのは、アメリカ留学時代の御友人だったらしい。その御友人との歓談の中で、アメリカンドッグの話題が出たのだとか。

 実は、アメリカンドッグをアメリカンドッグと呼ぶのは日本だけで、欧米圏ではアメリカンドッグはアメリカンドッグではなくコーンドッグという名前らしい。更に厳密に言えば、コーンドッグとも製法が違い、コーンドッグの日本名がアメリカンドッグというわけではなく、アメリカンドッグはアメリカンドッグでしかないらしい……私いま何回アメリカンドッグって言ったかな。

 ともかく、アメリカでは街のいたるところにコーンドッグの屋台があり、揚げたてを食べられるらしい。日本の感覚だと、作りたてを屋台で食べられるというと、焼き芋、おでん、といったところだろうか。なお、李人氏は留学中も実家に食事を管理されており、屋台を見かけることはあっても口に入れることはついぞなかったそうな。

 以上のことをアメリカンドッグを時折ほおばりながら説明した李人氏は、今は棒にこびりついた衣の固い部分をカリカリかじっている。訊くまでもないが、特に感想はなさそうだった。

「なるほど。それで御友人は、日本にもコーンドッグがあるのかと思ったら、アメリカンドッグでがっかりしたと」


「いや、べつに……」

_人人人人人人人人人人_

> いや、べつに…… <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

「えっ!?今!?ここで出るの!?」


「日本はハイクオリティなアレンジが得意なフレンズだから気にしてないと言っていました」 

 本場の人は寛容である。

「ただ、それにまつわることで、困ったことがあったと……」

「と、言われますと?」


「これのお名前は、ご存じですか?」


 李人氏がバックミラーに映るよう掲げたのは、ケチャップとマスタードが半々の……例のアレだった。言われてみれば、名前なんてわからない。というか、これは引っかけ問題で、実はただのパックでよいのでは。しかし、李人氏はそのような戯れをなさる御方ではないし……。

 私は正直に「いえ……」と首を横に振った。

「ディスペンパック、というらしいです」

 ケチャップとマスタードの例のアレには、そんなハイカラな名前がついていたのか。知らなかった。

「私は存在自体を知りませんでした」

「まあ……そうでしょうな」

「私の友人も知りませんでした。と言うより、日本人以外は、このディスペンパックのことを知らないらしいのです。つまり、日本国内でしか流通していない状態に等しいのだと」

 衝撃だった。

 アメリカンドッグの付け合せなのだから、一緒に海を越えてやってきたのだとばかり。まさか日本発祥だったとは。

 李人氏の御友人も、得体の知れない物体の正体がわからずに戸惑ったらしいが、折り曲げて中央からケチャップとマスタードを出す「使用法」を覚えてからは、手が汚れなくて済む素晴らしい工夫だと絶賛していたという。

「ああ、そうか。困ったこと、というのは」

「はい。外国人……少なくとも、短期間訪れるだけの観光客にとっては、一見しただけではディスペンパックの使い方がわからないのです」

 合点がいった。運転手である私は、李人氏のスケジュールを把握している。だから李人氏はアメリカンドッグ、正確にはそれについてくるディスペンパックに興味を持ったのだ。

 李人氏がこれから向かおうとしているのは、来るべき日本で開催されるオリンピックに向けた、外国人観光客の増加に伴う利便性の向上をテーマにした意見交換会である。


 *


「先ほど、アメリカンドッグを購入するところを見学したとき、店員さんは何の疑いもなくディスペンパックを袋に詰めようとしていました。私がマスタードがダメだと――これは嘘なんですが――オーダーすると、客の好き嫌いには対応していただけましたが。しかし、それでも出て来たのはケチャップのみのディスペンパック。こういったバリエーションまで存在しているということは、よほど浸透しているんでしょうね。まったく知らない人間を相手にするかもしれないというシミュレーションは、果たしてされているのか……細かいところが気になってしまいまして」

 ただ、相槌を打つだけの機械と化している私である。運転はしっかりやっているが。

 無礼な話だが、私はこのとき、李人氏は本当にトップに立つべき人間として教育を受けて来たのだと実感した。ディスペンパックという便利なものが日本にしかないという話を、私のような庶民が「へー、日本ってすげー」で片づけてしまうところを、李人氏は「それは外国人にとってトラブルのもとになるのでは?」というところまで観点を広げて見ているのである。

 その思いは、続く李人氏との会話で更に深まった。

「となると……何かしらの広告でも流すべき、なんですかね」

「いえ。CMを垂れ流すのは費用ばかりかかって、広告やCMの類はそもそも見ないという人々が決して少なくない現状を鑑みると、経済的にも効率的にも良い手段とは言えません」

 はあ、と私の口から出たのは感嘆の溜息である。決して話が理解できなかったからなんとなくした生返事ではない。ないったらない。

「少ないコストで、人々が自発的に見て、日本と海外のギャップまで認識する。どうせやるなら、そこまで仕向けなければなりません」

 はあ、と私の口から出たのは以下略。

「自発的に見る、ですか。難しい話ですね」


「いや、べつに……」

_人人人人人人人人人人_

> いや、べつに…… <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

「二度目!?しかもまたこんなところで!?」


 思わず振り返りそうになったが、運転中だったので踏みとどまった。

「桂藤さんもご存じですよ。ほら、この間、カップラーメンの時に――」


 李人氏が提唱したのは、「注目を集める動画配信者にディスペンパックを使っている様子を配信してほしいと依頼する」ただそれだけであった。私に話したことをそのまま、意見交換会でも提案したらしい。その成果は……「ディスペンパック」で検索すれば、確かめることができる。

 動画が配信され、海外から『なんだこれは!?』『やはり日本は未来に生きていた』などのコメントがつき、その様子がまとめサイトで記事になり、その記事を目にした日本人が「そうだったのか!」と驚いている。この一連の流れで、仕込みがあったのも、コストがかかったのも、最初の依頼だけ。人を動かす、いや、人を操るというのは、こういうことを言うのだと、何だか身震いしたのを覚えている。


 とんでもない人を後部座席に乗せているのだと、今更ながら自覚する私である。


 さて、ここから先は余談である。

 李人氏が意見交換会に出席されている間、私はベンツの中でコンビニで買ったアメリカンドッグを食べたのだが、あっ、と声が出てしまった。

「どうしたんですか桂藤さん」

「いえ、ソーセージが思っていたものと違っていて……近頃のアメリカンドッグは、きちんとした肉を使っているんですねえ。私がよくサービスエリアで食べていたのは魚肉ソーセージだったと思うんです、が……」

 忘れ物があったと言って戻って来た李人氏に聞きとがめられていた。

「魚肉。いいですね、宗教上の問題を軽く超えてしまう素晴らしい食材です」

「は、はあ」

「時に桂藤さん」

 あっ、これは。この流れは。

「さっきは半分仕事だったので雑念があり、ベストコンディションではなかったんですよ。その魚肉ソーセージのアメリカンドッグ、この会が終ったらぜひ食べに行きましょう」

 一方的に言いつけて、意気揚々と会に向かってしまった。ああ結局また、高速道路にまで立ち寄るルートを再計算しなくてはならないのか。頭を抱える代わりに、食べ終わったあとの棒を噛む。

 だが、やはり李人氏のこういうところに、ほっとする私である。

Swindさんからのお題で、アメリカンドッグでした。ありがとうございました!

なんだか理屈っぽくなったので次はぱーっとバカやりたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ