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かき氷

李人氏(葦部李人)・・・御曹司。昔ならかき氷を削って貰っていた方。

私(桂藤さん)・・・・・運転手。昔ならかき氷を削ってあげていた方。

桂藤の娘・・・・・・・・桂藤家長女。かき氷よりフラッペが好き。

「ぎゃああああああああああああ!!」

「ぐわああああああああああああ!!」


 読者の皆様におかれましては、残暑お見舞い申し上げます。

 いきなりお見苦しいところを見せて申し訳ない。大絶叫を上げながらベンツの運転席から転がり出てきたのが私である。ガチャでいえばN。同じく大絶叫を上げながら後部座席から出てきたのが御曹司の李人氏。ガチャでいえばSSR。埋められない格差がそこにはある。

「坊ちゃん、生きておいでですか!」

「桂藤さんが生きているなら私も生きています!」

 路上でのたうち回る大の大人が二人。

「何ですかあの熱気は!この世の地獄(ヘル・オン・アース)ですよ!」

「坊ちゃん!今は感覚が麻痺していますが、アスファルトも相当な熱さです!」

「なんということだ!どこへ行っても地獄じゃないか!」

 もう説明はいらないだろう。


 暑いのである。


 今年の夏は実におかしかった。例年より気温が高い傾向にあるとかそういった曖昧な話では収まらない。そんなこと言われるまでもなく、皆が肌で体感したはずだ。クソ暑いと。

 暑過ぎていつものシャレたタモさん風の導入も全部ふっとんだ。夏のせいである。

 その夏もようやく終わり、涼しい秋に……なっている場所ばかりではないのだ。油断しているとまた気温が上がる。だというのに――

「ベンツの冷房がお釈迦になってしまうとは……」

「桂藤さん、やはり修理に出した方が」

 その提案については私も基本的に同意である。問題は、今はまだ李人氏の「仕事」の途中であり、修理に出すならその後で、と考えるのが常識だということだ。

「そうですね、仕事を放り出すわけにはいきませんね」

「ええ、私も坊ちゃんも、こうして無事なんですから」

「時に桂藤さん。では仕事を休んでいい時とはどんな時でしょう」

「体調を崩した時です」

「今すぐ罹患する可能性のある体調不良とは」

「複数ございます」

「そのうち、最も責められないであろうものは」

「熱中症です」

 しばし、私と李人氏は見つめ合う。そして同時にベンツに向かって駆け出した。目的は同じだった。私は運転席、李人氏は後部座席のドアを開け、転がり込むようにベンツに乗り込んだのだ。


「ぎゃああああああああああああ!!」

「ぐわああああああああああああ!!」


 ダメだった。二回もお見苦しいところを見せて申し訳ない。

 車の中でわざと熱中症になろうという考えが浅はかだった。ちょっと気分悪いなんてレベルじゃない、死の気配を身近に、肌で感じた。大人でこうなんだから子どもなんか絶対に放置しちゃいけないよ、絶対。

「も、もう一度!」

 李人氏が再び立ち上がった。そうまでして休みたいならいっそ仮病とか、御曹司なんだし気まぐれでドタキャンしてもいいのではないかと思うのだが、真面目な御仁だからな。どうしても本当に熱中症になったから仕事を断りたいのだろう。

 私も彼の心意気に打たれ、後押しをすると決めた。

 具体的には運転席に向かうと見せかけておいて方向を急転換し、李人氏が乗り込んだあとの後部座席のドアに背中を押し付けた。これで中からは開けられまい。

 ドンドンドン!と叩いているのがドア越しにすげぇ伝わってくるが、李人氏、これがあなたの選んだ道です。あなたの尊い犠牲で、我々ふたりが涼を得ることができるのです。いやーノブレスオブリージュってこういうことを言うのですなあ。

 とは言うものの、炎天下で熱された鉄板に背中を押しつけている私だって結構キツイ。熱中症にかかって仕事先に連絡して冷房の修理を手配してからなんて悠長なこと言わないで、今すぐに涼みたいものだ。こんなときは――

「坊ちゃんは御存知ですか? 日本の夏にはおなじみの……」

 返事がない。

 あれ、ほっときすぎたかな。

 やっべえぞ。


 *


「――はい、はい。ええ、承りました。お大事にと、先方にお伝えください。よろしくどうぞ」

 恙なく電話を終えた私は、その顛末を李人氏に伝える。

 私と李人氏の目論見は、仕事相手の方が熱中症で倒れてしまうという、何だか申し訳ない結果に終わった。外を出歩くからかかってしまうと思われている熱中症だが、実は、搬送件数は屋内でかかったケースの方が多い。件数を稼いでいるのは、クーラー嫌いの高齢者であろうと分析されているが、今回の仕事相手も結構なお歳だったからなあ。さもありなん、という感想以外出ない。

「ということで、ベンツはすぐに修理に出します。今日はもうフリーですね」

「わかりました。時に桂藤さん」

 はいなんでしょう、と応じる私である。

「よくもやってくれましたね」

 もはやこれまでか、と腹切る私である。

「腹を切れとまでは言いませんが、要求があります」

「要求ですか」

「先ほどの、日本の夏にはおなじみの――とは、何ですか」

 おっとそこに着地するのか。私ってば意外に交渉上手なのかもしれない。

「かき氷、というものです」

「“かき氷”」

 食いついた……ッ。

「簡単に言うと、氷を粒になるまで細かく砕いて、シロップをかけたものです」

「ほほう。シンプルですね」

 ええ、とてもシンプルです。砕くだけで氷はめちゃくちゃ美味しくなるんです。

「それは無償の振る舞い品ですか?」

「200円~300円します」

「……えっ」

「500円ほど値がついているときもあります」

「ちょ、ちょっと待ってください。砕いて、シロップをかけただけの氷がですか?」

 はい。砕いて、シロップをかけただけの氷が、です。

 親愛なる庶民であらせられる読者の皆様も、一度くらいは思ったことはあるはずだ。何でこの程度の手間しかかかっていないものに値がつくのか。しかもワンコインでは買えないとか。いくら暑いからって足元見るのも大概にせえよと。

「しかし、買ってしまうのです」

「それは本当ですか……? 金銭感覚を狂わせる何かがかき氷にはあるんですか……?」

「あるかもしれませんねえ」

「氷ではないとしたら……シロップに……常習性のあるものを……」

「それ以上いけない」

 そんなもん仕込まれてたらそれこそ500円、1000円、10000円でも済まなくなる。トランクケースいっぱいの札束でないと買えないかき氷なんて全然爽やかじゃない。ひょっとしたら頭の中はスーッとするのかもしれないが。

「どんなシロップを使っているんです?」

「いちご味とかメロン味とか……まあ、いろいろですね」

 言いながら、この味付けのバリエーションの豊富さが、客についかき氷を買わせてしまうカラクリの一端を担っているような気がしてきた。選択肢のすり替えというテクニックだ。買うか買わないか、ではなく、買うならどれか、という意識にさせてしまうのである。

 まあ、夏に刺激された頭では、「これはただの氷である」などと冷静な判断は下せまいて。


_人人人人人人人人人人_


>  待 っ た !  <


 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


 読者の皆様、ご無沙汰しています。桂藤家長女です。

 おそらく父が知らないであろう知識を補足するために参りました。小説の形式を乱して申し訳ありません。まあでも、今更そんなに畏まるような小説でもないし。いいかなって。


 さて、お話したいのはかき氷のシロップについてです。

 いちご味、メロン味と様々なバリエーションがあることは父が既に申し上げましたが、結論から言うと、かき氷に通常使用されるシロップに味の違いはありません。

 ただ、俺はたしかにいちご味よりメロン味の方が好きだったぞ、というような方。あなたの感覚が間違っていたというわけでは決してありません。

 それは何故か。厳密に言えば、「〇〇味」に使われている香料や着色料はそれぞれ違うので、シロップすべてがまったく同じというわけではないのです。

 人の五感の割合は、視覚が87%、聴覚7%、触覚3%、嗅覚2%、そして味覚が1%。

 つまり目で見て「ああ、この色はいちご味だな」と思ってしまえば、味覚は「視覚がそう言ってるならいちご味に違いない」と判断してしまうのです。鼻を摘まんで食べると味がしなくなるという話は有名ですから、その逆で、香料でいちごのような匂いにしておけばもう完璧でしょう。

 つまり、いちご味の方が好き、メロン味の方が好き、と感じることは、いたって正常な感性であり、あなたをバカ舌だと断じるものではありません。ご安心ください。


 御清聴ありがとうございました。

 え、この勢いで本編に乱入したりはしないのかって。


_人人人人人人人人人人_


> いや、べつに…… <


 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


 ……。

 何だか新しい情報が挟まったような気がするが、私の言うことは変わらない。

 まあ、夏に刺激された頭では、「これはただの氷である」などと冷静な判断は下せまいて。

「……桂藤さん、そのかき氷なんですが」

 私は最後まで聞かずに頷いた。李人氏は意外そうな顔をなさったが、それは何かを食べようと言ったときは、私がたいてい一度は難色を示すからだろう。だが今回は熱中症になりかけたのだ、すぐに水分補給して悪いことはあるまい。

 というかぶっちゃけ、私のせいだし。


 *


 かき氷の歴史は古く、史実上の記録に初めて登場するのは平安時代だという。当時はもちろんかき氷機など存在せず、氷を小刀で削って作っていたらしい。そんな手間がかかるものだから、貴族などの特権階級しか口にできなかったとも。

 その観点から考えると、かき氷が200~300円するのは、人件費であるというのが最も納得のいく結論だろう。たとえ、かき氷機の登場(産業革命)により簡単に作れるようになって一般的な食べ物と化したとしても、暑い中、立ちっぱなしでかき氷を作ってくれる人は確かに存在するのだから。


 だが。


「桂藤さん」

「何ですか坊ちゃん」

「どうして氷に何百円も払ってしまうのか……そんな疑問を抱きましたが」

「ハイ」

「結局はこういうことなんでしょうね」

「その通りですなあ」


 私たちは最初に目に入った、かき氷ののぼりのある店で買おうと決めていた。

 500円だった。


「安いですね……」

「ええ、お安い……」


 人が、砂漠の真ん中で見つけたオアシスに飛びつくのは、無償で水が飲めるからだろうか。否、たとえ「無断利用は1万円いただきます」という看板があったとしても「じゃ、やーめた」となる奴はいないだろう。足元をいくら見られようが、かき氷を食べたいったら食べたいのだ。


「坊ちゃん。窓は全開ですがベンツの中は灼熱です。買って戻って、溶けないうちに速攻でキメなければならない。しかしそれは……」

「相応のリスクを覚悟しなければならない、ですよね。できていますとも……!」

 瞬時、私と李人氏は見つめ合う。そして同時にベンツから降りてかき氷の売り場に走り出した。目的は同じだった。私はいちご味、李人氏はメロン味のかき氷を購入し、転がり込むようにベンツに乗り込んでかき氷を口にかきこんだのだ。


「ぎゃああああああああああああ!!」

「ぐわああああああああああああ!!」


 かき氷が原因だとしてもアイスクリーム頭痛って症名なのかなと思う私である。


今年は暑かったですね。これっきりにして欲しい。

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