焼きそば
李人氏(葦部李人)・・・御曹司。休日という概念がない。
私(桂藤さん)・・・・・運転手。休日はドライブするか近所を出歩いて満足するかの両極端。
娘・・・・・・・・・・・桂藤家長女。休日は割と父親への付き合いがいい。
カウンタック・・・・・・平べったい車。ドアを開くと翼に見えてカッコイイ。
焼きそばが食べたい。
そう思ったとき、読者の皆様はどのように行動なさるだろうか。自分で作る。専門店に行く。スーパーやコンビニに駆け込む。枚挙に暇がないほど、焼きそばを手に入れる手段はこの社会に溢れている。
だが、そうして手に入った焼きそばは、果たしてあなたの望む焼きそばだろうか。
自分で作った焼きそばは自分の期待の範疇を超えない。専門店の焼きそばは「その店オリジナルの味」に仕立てられていてどこか違和感がある。スーパーやコンビニに行けば、いつの間にか手にしているのはカップ焼きそば(焼いてはいない)だ。
ある意味、当然の結果だ。
なぜならば。あなたが欲しかったものは、だいたい500円で買える出来立てでビニールパック入りの焼きそばのはずだからだ。したがって、「焼きそばが食べたい」という根源的な欲求を満たす焼きそばを手に入れるためにあなたがすべきなのは、近所で露店が出るようなお祭りをやっていないか調べることだ。
裏を返せば、何かしらそういう機会がなければ、巡りあうことの叶わないレアリティの高い食べ物であると言える。だから今まで李人氏が焼きそばにありつくことはなかったわけだが……遂にその機会が訪れた。あの、口の中がボソボソする、愛すべき“こんなもの”に。
と、ここまで言っておいて難だが。
あなたが欲しかったものは~のくだりの時点で、読者の皆様に「いや、べつに……」と思われていたらどうしようかと思っている私である。
_人人人人人人人人人人_
> いや、べつに…… <
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さっそくいるようだな……これ以上現れる前に、さっさと前説から降りる私である。
*
家の近所で開催されるクラシックカーミーティングは、私にとって年に一度の特別な楽しみだ。
できれば車のオーナー側として参加してみたいものだが、愛車は乗り換えを繰り返し現在はファミリー仕様の三代目。出展できるような代物ではない。
ベンツならあるいは……とは思うものの、私の所有物ではない。仕事で運転手を務めているだけだ。今日はそんなベンツを離れ有給休暇を取り、このクラシックカーミーティングにやって来ているのだった。
「去年と出展してる車、変わってないじゃん」
このような心無い一言を放つ、娘を連れて。
暇そうにしていたので、昼食を奢ると言って連れ出した。嘘は言っていない。会場すぐそばの露店では焼きそばなど主食になりそうなものも売っている。
「何言ってるんだ。ほら、あのカウンタック。去年までは開けてなかったボンネットを公開してるぞ」
「カウンタック……ああ、あの平べったいやつ」
「そうだ! ようやく覚えたな。じゃあ何で平べったいのかは知ってるか?」
「……『いや、べつに』って答えときゃよかったかな」
その呟きは私の耳に届いたが、聞こえないふりをした。「焼きそばよろしく」と言い残して休憩所に去って行ったような気もしたが、私は翼を広げるようにドアを開けたスーパーカーを写真に収めるのに忙しかった。
会場内を見て回る。娘は「去年と変わっていない」と言っていたが、私は明らかに去年は出展していなかった車があることに気づいていた。
黒塗りのベンツだ。
心なしか、私が日頃運転している、葦部財閥のベンツとよく似ている。そう思って内部を覗き込むと、後部座席に誰かが座っていた。オーナーさんだろうか。ふと、その人物と目が合った。
「桂藤さん!」
「あれ、坊ちゃん!?」
気のせいではなかった。良く知っているベンツだった。
「えっ、一体どうしたんです、こんなところで」
「“こんなところ”」
「いや、そこは今ひっかかりを覚えるとこではないですから」
なぜ、李人氏がクラシックカーミーティングに。よく見たら、ここは出展ブースではなく通常の駐車エリアだったので、本当に出展しているわけではないだろうが。
「そのクラシックカーのオーナーが次の『仕事』の相手でして。ちょっと予定の時間より早く着いてしまって。イベントが終わるまで待っているんです」
さもありなん、と私は思った。
この手のイベントで出展者となるのは「俺のことはいいから俺の車を見てくれ!」というスタンスの人物が多いため、特に隠していたわけではないが実は大富豪です、というオーナーさんが紛れ込んでいてもおかしくはないと思っていた。
なお、本日の運転手は休憩と称してこの場を離れているらしい。どこかタバコを吸える場所を探しにでも行ったのだろう。
しかし、イベントが終わるまであと30分強。李人氏はここで待機しているつもりなのか。それだけの時間があれば――
「時に、桂藤さん」
ふと思った矢先に、声がかかった。
「休暇中であることは重々承知で、お願いしたいことがあるのですが……」
「なんなりと」
「『焼きそば』を、買って来ていただけませんか……」
「だと思いました」
会場に併設された露店コーナーからは、絶えずソースの匂いが漂ってきている。こんな状況でじっと待っていれば、腹が減って、ソースの匂いのもとを食べたくなるのは当然だった。しかし李人氏のようなオーラ溢れる御曹司がふらっと焼きそばを買いに表に出ては、おもしろおかしくSNSに画像をアップされてしまうことは必至。そこから実家にバレてベンツ飯最終回。これはまさしく。
「生き地獄です……!」
本当にそれ。
ともあれ、李人氏のお願いを二つ返事で引き受けた私は、さっさと焼きそばを買って彼のもとへ。
「あ、お父さんありがとー」
彼のもとへ辿り着く前に、焼きそばは簒奪された。横からひょいっと現れた、我が娘に。
「……えっ?」
「焼きそばお願いって言ったじゃない」
そういえば、私を放っておいて行ってしまう前に、そんなことを言い残していたような気がする。李人氏のために買ったものだが、今更「いや、お前のじゃない」と取り上げたら、娘の機嫌は悪くなるだろう。なに、もう一度買えばいいのだ。やれやれとぼやいて私は足早に踵を返す。
『――今年のミーティングもあと30分で終了の時間となりました。それでは、ここでオーナー様の御厚意により、カウンタックの運転権を賭けたじゃんけん大会を行います!』
その足を止めた私である。
*
父にも困ったものだ。
自分だけの趣味なのだから、妙な気を回さないで自分だけで楽しんで来れば良いものを。家族はなるべく一緒にいるべきだと考えていることはわかるが、こっちもいつまでも「すごーい!」「たーのしー!」だけ言っていられる子どもではないのだから。大人の口から聞きたかったらそういうお店に行けばいいと思う。
いきなり喋り出してなんだこいつはとお思いの読者の皆様、はじめまして。桂藤の娘です。いつも父がお世話になっております。たまに失礼なことをぬかすかもしれない父ですが、どうか御容赦を。
どれだけ失礼かというと。父がもう一度焼きそばを買いに行ったのは、さっきのあれは本当は自分用に買ったつもりで、私の言ったことなど忘れていたに違いないということ。でもせっかくだから一緒に食べてあげようと思って、取り上げた焼きそばはまだ手を付けずに持っている。
さて、父には「私は興味ないんだぞ!」とアピールするために「去年と変わっていない」と言ったが、黒塗りのベンツが停まっていることには気づいていた。車には興味がないのになぜベンツのことはわかるのか。父が今、運転している車だとよく話を聞かされているからだ。
そんなにいい車なのかねえ、と冷やかし半分、いや全部で見物しに近づいたら、ベンツの後部座席にぐったりしている人がいた。
ちょっと待て。
これ、やばいんじゃ。
「大丈夫ですか!?」
ドアを叩こうかと思ったが、知らない他人の車だと思いだして躊躇する。後から傷がついたと修理代を請求されたら面倒だ。どうしようか迷っている間に、ぐったりしていた、身なりの良い御曹司風の男が顔をこちらに向けた。緩慢な動作で上半身を起こす。ゾンビみたい。
「大丈夫です……」
「本当に? 具合が悪いんじゃないですか?」
「悪いと言えば悪いのですが……しかし」
「焼きそばを食べれば治ると思います」
「何言ってんですかアンタ」
ふざけているのか。心配して損した。
「だったら降りて買いに行けばいいじゃないですか。ほら、あっち。すぐそこですよ」
「そういうわけにもいかないんです」
「はあ」
「人を待っているので、ここを動くわけにはいかないんです」
忠犬ハチ公か。思った以上に可愛らしい理由だった。
「その人が焼きそばを買って来てくれるはずなので……」
「アンタほんと何なんだ」
可愛くもなんともない。こいつはただの横着だ!
「しかし、その約束の相手がなかなか来てくれなくてですね……」
もうすぐタイムリミットで、このままでは焼きそばを食べられないかもしれない、とスーツの男は言った。実にしょんぼりした表情で。
ふむ。
「だったらこれ、差し上げます」
私は持っていた焼きそばを差し出した。ハチ公も、ずっと同じ場所で待っていられたのは、周りの人に焼き鳥を恵んで貰っていたかららしいし。
「いいんですか!?」
「まだ箸をつけてはいません。買ったままですよ」
「ありがとうございます。お代を……」
「要りません」
「そこまでしていただくわけには」
「いえ。正直、親切心ではありません。これ以上関わりあいたくないからです」
「はっきりとした物言いですね」
「はっきり言っておかないと、後で何かあったとき家族に迷惑がかかるので」
「家族想いなんですね」
フン、と図らずも鼻が鳴った。家族想いの娘が、父親を放っぽりだして歩き回ってなどいるものか。
「時に、御嬢さん。どうして関わり合いになりたくない相手に、焼きそばを恵んでくださるのです?」
「それは……」
お祭りに来たのに、焼きそばを食べられないのは悲しいことだと知っているから。
*
父は昔から私たちを何かしらのお祭りに連れ出したがった。それこそ、お祭りならばなんでもいいやという勢いで。当時からクソガキだった私は、はいはいと承諾しながら、出発直前になっていやだとぐずる面倒くさい子供だった。でも、そういうガキほど心根はシンプルで、いざ到着してしまえば誰よりも楽しむ。冷めているつもりで、そんなフリをすることに熱くなる、この世で一番つまらない部類の子供だった。
クソガキの機嫌を取るのに、父も大変だっただろう。究極的には食べ物で釣られない子供はいないということで、焼きそばを買い与えるという手段を常套化していた。そうなると子供はつけ上がるもので、不機嫌なふりをすれば焼きそばにありつけると要らぬ知恵をつけたりする。
焼きそばを買って貰えなかった日は、突然やって来た。
私はその日も、しょうがないつきあってやるかという態度で、父が「うまいぞぉ!」と言いながら焼きそばを押し付けてくるのを待っていた。だが、終ぞその時はやって来なかった。クールキャラなんか捨てて、焼きそばはどうしたのかと尋ねる。
「もう、そういうのを嫌がる年頃かと……」
いつも焼きそばを買って来てくれた父にそう言われ、私は初めて意識したのだと思う。「いつまでも、この人の子どもではいられないのだ」と。
少なくとも、父はそう思っているのだと。
今まで「家族サービスをしてやっているつもりになっている父を喜ばせてやっているのだ」と斜に構えていた自分を、殴りつけて説教してやりたくなった。あんたがそんなんだったから、私は。
「……私は焼きそばぐらい、もう自分で買えるので」
「……」
割と、意味朦朧なことを呟いてしまった。何かしらツッコミがくるかと思ったが、スーツの男は焼きそばを頬張るのに忙しそうだった。早いよ。そして人の話を聞けよ。話してる最中に食ってるんじゃないよ。
「ふう……命拾いしました」
「大袈裟な……」
このまま要らぬ問答を続けていると、余計なことまで口走ってしまいそうな気がした。焼きそばもきれいさっぱり平らげられた。もう、いる理由がない。そのまま立ち去ろうとしたが、ふと思い直して振り返る。
「それ、“こんなもの”でも一応父に買って貰ったものなので。喜んでもらえたなら良かったです」
「ああ……これは貴女の“こんなもの”でしたか」
なんだか訳知り顔になったのが少し引っかかったが、かと言ってそこで深入りするのは愚の骨頂。今度こそ立ち去ろうとすると、今度はスーツの男の方が呼び止めた。
「お代の件ですが」
「結構ですと申したはずですが」
「いえ、そういうわけにはいきません」
咳払いするスーツの男。そんな仕草も様になっている。
「勘違いされているかもしれませんが、さきほど私が大人しく引き下がったのは、今日はカードしか持っていなかったからです」
シュッ、とトランプのようにキャッシュカード(明らかにランクが高そう)を広げるスーツの男。ブルジョワめ。
「お代はいずれ、必ずお返しいたします。差支えなければ、連絡先を……」
「あ、父から、個人情報はむやみに明かすなと言われていますので」
「わかりました。では今度、ばったりお会いした時に、お代を渡すことにいたしましょう」
「ストーカーって言葉、知ってますか」
「そうはなりません。偶然に頼りますから」
「偶然に」
「お祭りでしか手に入らないこの焼きそばのように、巡り合わせを楽しみにさせていただきます」
それよりも人と焼きそばを同列に語らないでいただきたい。
そのとき相手方が、ああそうそうと急に思いだしたように「良い御父上ですね」などと言うものだから、私はそれ以上のツッコミを入れることができなくなってしまった。不意に身内を褒められるのは、自分を褒められるよりも、なんというかちょっと、くる。
「どうかしましたか?」
_人人人人人人人人人人_
> いや、べつに…… <
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なんて捨て台詞だ、と自省する私である。
そのあとすぐ、父とすれ違った。手にはやはり焼きそば。あげておいて難だけど、やっぱり食べたくなってきた。今度は自分で買って来よう。有言実行だ。
*
じゃんけん大会は惜しいところまで残ったが、残念ながらカウンタックを運転することは叶わなかった。その後、急いで焼きそばを買って(途中で娘とすれ違いつつ)李人氏の乗るベンツへと走ったが、ベンツには運転手が戻っており、既に出発するところだった。私に向かって手を合わせるジェスチャーをした李人氏を、私は焼きそばを啜りながら見送った。だって運転手が戻ってるし。そんな状況で強くお願いされてもお渡しできませんよ。
後から聞いたら、あれは請願ではなく、謝罪のジェスチャーだったという。
「別ルートで焼きそばを手に入れてしまったので……申し訳ない、と」
まさか車を降りられたのでは。いや、だったらとっくに最終回通告が来ているはずだ。来ていないということは、バレなかったということだからそれはそれでもういいか。
ところで、その焼きそばの一件から、李人氏がやたらと「あのクラシックカーミーティングの会場近くに寄ってもらえませんか」と頼むようになってきた。私としては自宅の近くだから妙に気恥ずかしいのだが、それだけの理由でしかないので言われるがままに車を流している。
「それにしても坊ちゃん、どうしてここなんです?」
「いや、べつに……」
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> いや、べつに…… <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
「はあ……」
焼きそばがクセになったな、と名推理する私である。
露店で売ってる、あの焼きそばです。
見かけると、なぜか食べておかないと気が済まないあの味。




