缶コーヒー
李人氏(葦部李人)・・・御曹司。富豪の世界は甘くない。
私(桂藤さん)・・・・・運転手。庶民の世界は甘くない。
何が缶コーヒーだよ軽食じゃねーだろ!
……と、思っておられる読者様。お気持ちは察してあまりあるが、だが待って欲しい。昔からよく言うではありませんか。「御曹司の車内限定軽食三昧」(軽食限定とは言ってない)と。
苦しいか。
しかし心の広い読者様ならきっと許してくれるだろう。お話の続きとは甘やかされてできるものである。
さて、缶コーヒー特有の甘ったるさが苦手だという方が意外にいるということは、殊更改めて述べることでもないだろう。そう言っているのに結局こうして文字に興しているのは単純な文字数稼ぎだ。そんな顔、しないでいただきたい。よくある話なのだから。
そんな裏事情は置いておくとして。
え、置いておいてはいけない。今回に限ってやけに食い下がりますね読者様。だって、本当に横行していますから。ここだけの話、登場人物に横文字だったり堅苦しい名前を与えていたりする目的はだいたいこれである。これ以上、この問題を突くと、読者の皆様は深淵を覗くことになる。是が非でも、ここで留めておきたい、と思うのは私の甘さだろうか。
だとしたら、こんなに嬉しいことはない。
齢を重ねる度になくしていくものを、辛うじて持ち続けていられるのだから。そんな風にプラスに受け取る、まだまだ甘ちゃんでいたい私である。
*
今日は静かだな、と私はちらりとバックミラーを窺う。映り込むのは、心ここにあらずといった風の李人氏。気の緩みを誘う、気だるげな午後のことだった。
私とて、社会人の端くれであり、ことその一点に限っては、御曹司相手にも先輩風を吹かせられる立場にある。その風が言っている。これは仕事でうまくいっていないときの様子だと。
間が持たず、何となく声をかけてみる。
「坊ちゃん、そろそろどこかに寄りますか。何かご希望は?」
「いや、べつに……」
「……」
あのフキダシが出ない。これは相当まいっているな。
こんなときにこそ軽食で気分転換を、と思うところだが、本人の気が乗らなければ意味がない。
結局、李人氏は、移動の間に軽食を所望することなく次の仕事に向かわれた。
さて。私はネクタイを締め直した。
こんなときに効くのは、『あれ』しかないだろう。冷房の名残を惜しみながら、『あれ』を求めて、夏と見紛う気温の街中へと繰り出した。ネクタイはすぐ緩めた。
ここでの仕事を終え、乗り込んだ李人氏はやはりすぐれない表情。そんな彼に、私は用意しておいたものを差し出した。
「桂藤さん、これは」
「缶コーヒーですよ、坊っちゃん」
*
「……喉にからみついてくるような甘さですね」
意外半分、案の定半分のコメントだった。意外なのは、李人氏にしては否定寄りの意見だったこと。案の定というのは、私自身、最初に口にしたときそう思った実体験からだ。
「坊っちゃんは、これまでに缶コーヒーをお飲みになったことは?」
「ありません。いつも、バリスタの淹れたてのものを」
だろうな、と思う反面、どうしても格差を感じる。
「羨ましいですな。私はもっぱら、自分で挽いていましたねえ」
「ご自分で?」
私はいつになく、余裕を見せて受け答えができた。
「下手の横好きですが、自分で豆を挽くこともできます」
「桂藤さんはコーヒーにお詳しいんですか?」
「ええ、少々」
学生の時分、上京してから身に付けた趣味だ。恥ずかしながら、何となく東京っぽいという理由で適当に選んだ。ただかぶれていただけだ。
「私も若い頃は、朝一番にエスプレッソコーヒーなどと洒落こんだものです」
あれはバスが出るギリギリの時間まで寝ぼけていた頭によく効く。コーヒーの中でも、あの格別な苦みが、目と胃袋を覚まさせてくれる。カフェでエスプレッソを嗜んでから、パンを買って朝食を済ませるのが私の学生時代の常だった。
李人氏はいまひとつピンときていないような様子だったが、こればっかりは、その時代を生きた者にしかわかるまい。驕りたいわけではないが、若者に対して、無条件で優越感を覚えられる数少ない特権だ。
まあ、別に優越感に浸りたかったわけではない。
「時に桂藤さん。どうして私に缶コーヒーを?」
「それはですね。この缶コーヒーは、働く……」
男の、と口にしようとして、思い直し、
「働く男の"こんなもの"だからです」
結局そのまま言うことにした。ベンツの中でしかしない話なのだ、ちょっとぐらい脇が甘くてもいいだろう。あちこちに気を使わなければならない現実の苦さなど、今は考えなくてもいい。
*
私が初めて缶コーヒーを飲んだのは、と振り返ろうとして気づいたが、初めてがいつだったかなんて覚えていなかった。ただ、やたら甘くて、イマイチだなあと判断した。それから大学生になりコーヒーにこだわるようになったから、再び口にしたのは社会人となってからになる。
「今では、特に抵抗なく飲むようになりました」
「何故です?」
李人氏は前のめりで聞いてくださっていた。私はその期待に答えるために、用意しておいた台詞を述べる。
「腰を据えて飲む淹れたてのコーヒーよりも、道端で飲む缶コーヒーの方がうまいときもあるんですよ」
これは受け売りだ。こうやって、誰かに伝えるときが来るとは……と感極まる私である。
「それには、『働く』ことが関係しているんですね」
理解力の高い聞き手で助かるやら残念やら。
「私は働き始めるようになって、あることに気がつきました。忙しくて、豆を挽いている時間もないやということに」
「だから缶コーヒーに手を出した?」
「ええ。背に腹は代えられないと……ところがですね、飲んでみたらこれが、なかなかどうして『うまい』と思ったんですよ」
理由は簡単。
疲れていたのだ。甘い物を欲していた。
「缶コーヒーは、そのときの私の状況にマッチングしていたんですよ」
大人になると、自分の甘やかし方がわからなくなる。
できて当然のことばかりが増えて、甘やかしてくれる人もいなくなる。
自分へのご褒美などといって物理的に甘い物を摂取しようとしても男ひとりでスイーツ巡りも憚られる。人前では食べないが、甘い物が嫌いではないというおっさんは結構いる。
缶コーヒーは、やはり淹れたてのコーヒーに比べれば"こんなもの"に違いはない。だが、働く男が、人目を気にせずに自分を甘やかすことができる貴重な一品なのだ。
さっと甘えて、さっと立ち直り、仕事に戻る。
腰を据えて飲む淹れたてのコーヒーよりも、道端で飲む缶コーヒーの方がうまいときもあるのだ。
*
李人氏の仕事の内容は、私には理解も、助言もできるようなものでもないだろう。だが、どんな仕事にも息抜きが必要だというのは変わらないはず。私が人生の先輩として振る舞えるのは、そんなときだけだ。すなわち、ベンツ飯。
李人氏は「私も、缶コーヒーを美味しいと言えるようになるまで、頑張ってみようかと思います」と吹っ切れた様子だった。無理をするのは良くないが、あの世界が一変する感じは是非とも味わってみていただきたい。
「ところで坊ちゃん」
私には気になっていることがあった。
「何か言いたいことがあるようですが……」
言おうかどうか迷っているというか。たしか、エスプレッソコーヒーのくだりから。私の問いかけに、李人氏は、
「いや、べつに……」
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> いや、べつに…… <
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「絶対なんかありますよね!?」
目を逸らしながら言うってそういうことでしょうが。私の無言の圧力に根負けしてか、李人氏は深く息をついた。
「でしたら、言わせていただきますが」
「エスプレッソは普通、食後に飲むものです」
運転中は黙っておいてくれた李人氏に感謝した。
待機時間いっぱい、ベンツの中で悶絶していた私である。
缶コーヒーです。
皆さんはコーヒーにこだわりはありますか。




