ゼリー飲料
李人氏(葦部李人)・・・御曹司。
私(桂藤さん)・・・・・運転手。
*仕様によりコンパクトな紹介に留めております。
時代はコンパクトである。
コンパクトとはいってもテクマクマヤコンとかラミパスルルルとかそういう話ではない。何でも小さくまとまっているものが良しとされる風潮なのだ。
スマートフォンはその代表格と言えるだろう。旧世代の電話に様々な機能を付加していった携帯電話とは違い、電話の機能も持った小型のパソコンとして作られた、なんでもできるツール。
たった一台あればカメラもウォークマンもいらない……というのはケータイの頃からだが、それだけでも我々の世代は驚きだった。現代の若者はそれでも飽きたらず、ズボンの尻ポケットに収まるほどの小型化を望んでいるらしい。これ以上画面が小さくなるのは、老眼には厳しいのだがなあ。
そろそろ読者の皆様が「いつ食べ物の話するんだ」とお怒りになる頃合いだろうか。
では、モノがモノだけに手短に済まそう。
今回も李人氏が「いや、べつに…」っていいます。ネタバレするなって? いつものことじゃあないですか、と開き直ってみる私である。
*
「桂藤さん、なんだか窮屈に感じませんか?」
一瞬、苦情かと思ってドキリとした私である。だが、ベンツ車内の広さは私がどうこうできる問題ではない。顔がでかくて圧迫しているという話でなければ。
「窮屈、ですか?」
そういえば、作者は今回、スマホからこの本文を書いているのだった。パソコンの回線工事の日程が延びてしまったらしい。おとなしくしていれば良いものを、スマホに慣れるために書いてみることにしたんだとか。あんな窮屈な画面で文字を打ち続けるなんて私ならしたくない。まあそれは関係ないだろうが。
李人氏は溜め息をついて応じた。
「はい、スケジュールが……」
「いつものことじゃあないですか」
大財閥の御曹司のスケジュールはキツキツ。当然である。が、そう仰りたいお気持ちも理解できる。ここ数日、軽食を食べるために寄り道する空き時間すら、李人氏にはないのだから。スケジュールを組んでいる側としては、そのような趣味は知らないので文句のつけようもないのだが。
「時に桂藤さん、こんな状況でも食べられる"こんなもの"はありませんか……?」
「そう仰るだろうと思いまして」
私は用意しておいたブツを取り出した。もちろん赤信号につかまるのを待ってからだったので妙な間ができた。
「これは……」
「ゼリーです」
10秒チャージでお馴染みの、忙しい人向けの栄養食品。まさに今の李人氏にぴったりの一品だ。
実を言うと、前々からこいつの出番がくるのではないかと用意はしておいた。なぜ、さっさと出さなかったのか。それは--
「これは……"こんなもの"なんでしょうか?」
その確信が持てなかったからだ。
*
初めてゼリー飲料を口にしたとき、宇宙食かよ、と思った。今となっては宇宙食にも様々な工夫やバリエーションが出てきているので馬鹿にしたものではないが、まあ何を言いたいのかと言えば「味気ない」ということだ。
これまで李人氏が召し上がってきたソース、マヨネーズ上等の軽食とはそこが大きく違う。
「どう食べるんですか?」
「キャップを開けてですね」
「はい」
「吸います」
「吸う!?」
おっとそこに引っかかったか。
「液体なんですか? ゼリーなのに」
「庶民の間ではそう珍しいことでもないんですよ。崩しながら飲むタイプのゼリー飲料は」
自動販売機でも見かけることがある。おでんやお汁粉の缶に比べればまだ普通だと思える程度の普及率ではないだろうか。
ちゅるちゅると吸っていた李人氏だが、あまりピンときてはいらっしゃらないご様子だった。
「なんというか……本当に食べた気がしませんね。皆さん、これで満足されているんですか?」
「してはいないでしょうなあ。何せ10秒ですし」
「……10秒?」
李人氏は顎に手を当てて思案する。
「私は20秒以上かかった。なんということだ!」
「え、いや、そんなに気にすることでは」
「いえ。食事にかける時間が10秒と明示されているからには、そこに意味があるはずなんです。例えば賞味期限とか」
賞味期限10秒はいくらなんでも早すぎやしませんか。
しかし……意外なところで興味を持っていただけて良かった。もしかしたら、今回はダメかもしれないと密かに危惧していた私である。
*
「18秒!? まだだ、まだ縮められるはず!」
「吸い込みが足りないんでしょうかねえ」
「ッ!? ガハッ、ゴホゲホッ!」
「最初から全力だと空気でむせますよねえ」
「ハッ……隅にまだゼリーの感触が」
「そこは全力でいかないとダメでしょうねえ」
「最初は8割の力、大部分を吸ったら10割の力……」
「大事なのは段階なんですねえ」
「5秒で終わった……だと……」
「早すぎましたねえ」
皆様は脳内BGMを何にしましたか。
私は『ロッキー』のテーマをかけっぱなしでした。
*
そのような苦労を経て、李人氏はついに10秒チャージのチキンレースを制するに至った。結局、10秒きっちりで召し上がったら何か違いはあったのか伺ってみると。
「いや、べつに……」
_人人人人人人人人人人_
> いや、べつに…… <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
1ラウンドを終えたボクサーのように、後部座席でぐったりしている李人氏はそう答えた。だろうとは思っていた。
「窮屈ですね……」
その声は、憂いに満ちていた。
李人氏は間食として召し上がったが、本来は食事をする暇もないほど忙しい人の主食となるべく販売されているのが、このゼリー飲料だ。その食事にすら10秒以内と急かされる、庶民を思ってのお言葉なのだろう。
バックミラーをチラリと窺う。
お腹に手を当てているのは見なかったことにする私である。
「ゼリーとは言え、こう何個も食べるとさすがに窮屈……」
見なかったことにしたのに。
「どうかしましたか桂藤さん」
「いや、べつに……」
_人人人人人人人人人人_
> いや、べつに…… <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
せっかくまとまりかけていた話をコンパクトに収めるため、断固たる思いで話を打ち切る私である。
「桂藤さん、ところで」
私である!
10秒チャージのゼリー飲料です。
スマホで文字を打つのがこんなに苦しいとは。




