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[うわくっそ強そう……orz ヤルだけやってみるよ]
勇者の忘れ形見とも言える色褪せたスマートホン。
バックライトに照らされディスプレイに表示された「めぃる」を読み、老魔法使いは苦笑を浮かべた。
思い返すのは、勇者と過ごした日々。
破天荒で我儘な青年。だけど、繊細で意地っ張りな少年のような純朴な心を持った親友。
彼と過ごした短くも濃密だった激動の日々……。
恐らく“そう”なのだろう……。
「これが運命だと言うなら……なんとも皮肉なものじゃ……」
浮かべた笑みを消し。天を仰ぐ老魔法使いの胸中は複雑な思いで満たされる。
―――どうして“彼”なのか?
スマートホンを慣れない手つきでワイプして、アプリを開く。
自身の知る、この世界とは異なるテクノロジーで作られた“端末”
組み込まれたアプリは……“デウス・エクス・マキーナ”と称される、秘跡の産物。
アプリを開くと同時に無数の呪紋が無機質に流れる。
電子を霊子に、魔力を電力に。電荷を魔化して押し通す。
―――全ては予定調和の元に帰す。
静かに起動した魔法仕掛けの禍津神は、決められたルールに従い“世界”に干渉する。
アプリの起動を見届けた老人は、ソレが正しく動作していることを見て取り僅かに口角を歪ませる。
目線の先にあるスマートホンには……現在進行形でダンジョンアタックに挑む少年の姿が写っていた。
――――
―――
――
豪奢な館の豪華な部屋に踏み込んだオレは、館の主にしては見窄らしい男と対峙していた。
「―――……――! ……―――!!」
光を返さない死んだような目とは対照的に、愉悦に歪んだ口からは、ぼそぼそと呟くように呪文が唱えられ。骨のように細い指先で、見慣れたようで見慣れない図形が宙に描かれる。
―――真下、斜め下、逆斜め下。
―――宙に刻まれた文字は“Th”
―――続けて、斜め下、逆斜め下。鏡写しに、くの字を描くように斜め下、逆斜め下。
―――続けて刻まれた文字は“ing”
―――斜め上から斜め下。真下から真上に矢印を描き。
―――最後に刻まれた文字は“T”
文字が示す意味は棘、豊穣、勝利。意訳された答えは……稲妻っ!?
オレはとっさに剣を手放し、横に転がる。それとほぼ同時に、耳をつんざく轟音共に、オレの視界は焼きつくされた。
声が小さくて呪文がよく聞こえなかったが、紫電の蕪矢って感じか?
キーンと煩わしい耳鳴りと、狂った平衡感覚に惑わされ。致命的な隙を晒すも追撃はない。
「――!―……!――!!」
どうやらコイツもレイスと同じタイプらしい。
好都合といえば好都合だが……ムカつく。
短気は損気だと人は云う。そう父さんは教えてくれたが……今、ココでは間違いだ。だからオレは敢えて怒号を挙げ立ち上がる。
「うぉおおお! なめてんじゃねーぞっ!!」
霞む視界の向うに捕らえた。ミイラに等しい程、病的に痩躯な妖術師っぽい男を、オレは睨みつける。
―――心が折れたら負けだ。
爺さんが言っていたが、こいつは魔眼持ちだ。
気を緩めたら心を絡めとられ操られてしまう。
そうなったら鬼の砦の時よりヤバイ。
可能な限り目線を合わせないように立ち回り、ムカつきやイラつく心の憤りを、迷わず怒りに昇華して抵抗する。
―――気合で負けたら終わりだ。
逸らした視線が、床に転がった焦げた剣に止まる。
爺さんが言っていた通り、魔法にもある程度、物理法則が通用するってことは本当らしい。
……と言っても、避雷針に使えそうなのはもう無い。ついでに、武器も無い。
見た目は機敏に動く即身成仏だが、どうやらコイツはアンデットじゃないらしい。
試しに使った回復魔法も、普通に回復させただけだった。
そうなると、オレが使えるのは……いつものしょぼい火の魔法しかない。
爺さんから貰ったメールに書かれた、大量の呪文も無意味だった。
なぜなら全く意味が理解できなかったからだ……解せぬ。
どうやら、オレの謎の翻訳っぽい能力は……迷宮内でのみ有効らしい。
つまりオレが新しく魔法を覚えようと思ったら、モンスターの使ってくる魔法を見様見真似するしかない。
しかし、奴の声は小さく。何を言ってるかよく聞こえないので不可能だ。
残された手段は一つだが……。
ゴーレムみたいに削り切れと? 相手がぶっ放して来る魔法を避けながら?
―――無理ゲー過ぎるだろ!?
ちなみに、チャームアイの抵抗難易度は、24時間起きっぱなしでクソ眠いのを我慢するのと同じくらいです。
―――余裕でしょ?




