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<29>

 万魔殿の攻略。

 

 上層部が完全に崩落すると言ったイレギュラーによって、正攻法での攻略が不可能となった最後の迷宮。

 

 この攻略が終われば、魔王の残した負の遺産は全て片付き、泰平の世となるはずである。

 

 それ故に、民衆及び。各国の主要人も迷宮の攻略を望み、その経過に注目している。

 

 しかし、それはある意味、失敗できないと言うことであり。解決の目処すら立たない現状では、ある意味、ババ抜きのような様相を呈していた。

 

 攻略できれば英雄だが……失敗してしまえば大戦犯となる。

 

 リターンも大きいがリスクも大きい。

 魔王との大戦による被害からの復旧は進んでいるものの、ハッキリ言って余裕など無い。

 

 されど放置はできない。

 

 迷宮は“歪み”である。

 世界の理を歪ませて、設計者の定めた理に沿わせた異常な空間である。

 

 放置すれば、湧き出す魔物が増え、魔に当たられ人心も荒廃し、気象は荒れて天変地異が巻き起こる。

 

 ならば禍が具現化する前に、迷宮を攻略……歪みの原点“(コア)”を破壊するのが最善手となる……これが、世界各国共通の認識であった。

 

 だから迷宮の放置は許されない。

 

 だけど、失敗の責任は取りたくない。

 また、成功しても……本当に災禍が収まるとも限らない。

 

 そこで彼らは、英雄と言う“個”に託した。

 

 個人に任せるならば、成功しても利するのは個人であり、国家間のパワーバランスには関係ない。

 失敗して損するのも個人ならば、やはり国家間のパワーバランスに関係ない。

 

 英雄は孤独である。

 

 例え形式的に国に仕えても、英雄は英雄としてしか扱われない。

 ここで言う英雄は、特定国家にとっての英雄ではないからだ。

 

 ―――勇者。

 

 魔王という全人類共通の敵である魔族の王。

 それを討ち倒したる天の御使い。運命に選ばれし稀代の英雄。

 

 されど彼は、役目を果たしあるべき地へと還った。

 

 残されたのは負の遺産である未攻略の迷宮と……勇者の仲間であった。

 

 一人は勇者と共に姿を消し。

 一人は残った魔物と迷宮に対処するため連合(ユニオン)を設立。各種組合(ギルド)を統合し体系化させようとして……事故死した。

 

 最後に一人残された彼……ブライトン・ブラムスターは、仲間の志を継ぎ。組合機構(ギルドシステム)を作り上げた。

 

 そして現在。真理の塔の長として……影から迷宮の攻略を手助けしてきた。

 

 彼としては、色々と不本意だった。

 

 勇者の境遇。各国の態度、民衆の浅はかさ。魔王の……魔族の思惑。

 

 喜劇と悲劇は表裏一体。彼にとって魔王討伐は、華々しい戦果である同時に――――でもあった。

 

 “魔”の“法”を繰る魔術師の頂点である自分と、魔に属するモノの頂点である魔王。

 

 法とは理であり、理は合理でもある。

 

 だが迷宮は理を歪ませる……非合理な存在だ。

 

 ならば果たして、己と同じく魔術の頂きを知る魔王が、そんな無利益な事をするのだろうか?

 

 彼は知っている。この考えが異端である事を。知られれば、英雄の立場すら怪しくなると理解している。

 

 しかし彼は探求者だ。

 真理の塔の長である以前から、真理を求め続けていた。

 

 ハッキリ言えば、彼にとって魔王の脅威も、人類の興廃もどうでも良かった。

 

 異邦人である勇者のあり方に興味があった。

 親友であり恋敵であり強敵でもある勇者と、迷うこと無く勇者と命運を共にしたかつての婚約者の二人の生き様には羨望があった。

 

 恋い焦がれ、実ること無く謀殺された想い人の遺志を継いだ事に後悔はない。

 

 だから今でも彼は、彼女の遺志……勇者(スケープゴート)を必要としない世界を作るために尽力しているのだ。

 

 そんな彼に、万魔殿の攻略が委ねられた。

 

 ああ、世界はまだ……変わってなどいなかった!

 

 彼は忸怩たる思いを押し殺し、長として……最後の英雄として勤めを果たすことにした。

 

 だからだろう。賭けにも近い。

 失敗すれば、歪みがさらに広がり、取り返しの付かない事態になる可能性を知っていて尚、彼は儀式を実行した。

 

 今の彼は惰性で生きている。

 

 自身もソレに気づいているが……どうもしようがない。

 

 今の彼に光はない。

 

 ―――なかった(・・・・)

 

 

 

 「……さて、次はどうするかのぉ」

 

 貴色である紫(パーピュア)のローブを身にまとった老魔術師は思案する。

 

 迷宮の理(システム)に干渉できる事は証明された。

 

 だがコレは想定内であり驚く事もない。

 元々魔王と言う……“人”が作り上げたシロモノであるならば、己に出来ぬ筈がないとの自負もある。

 

 老魔術師は思案する。

 

 世界の理を操ることが可能ならば……世界を変えることが出来る。

 

 老魔術師は思案する。

 

 今はまだ迷宮と称された、ちっぽけな閉ざされた世界にしか適用されていないが……もし、裏返す事ができたら?

 

 老魔術師は思案する。

 

 世界は変わってない。変えることは出来なかった……そして、今後も変えることは出来ないに違いない。

 

 老魔術師は思案する。

 

 しかし、理は変えれる。理が変われば世界も変わる。

 

 老魔術師は思案する。未来は暗い。伸ばした手は届かない。

 正攻法では無理だった……ならばと試した賭けには勝った。辛勝とすら言いがたいが、成果はあった。

 

 「いっそのことワシが…………ん?」

 

 こうして老魔術師の思考は危険な方向に進み。

 世界に新たな“魔王”が誕生しようとした時、運命はガチャリと切り替わる。

 

 「ぴろぴろり~ん!」

 

 運命の鐘と言うには間の抜けた無機質な電子音(・・・)が、心理の塔の最上階にある。老魔術師の私室に響いたのだった。

 

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