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場違いな光景に思わず背後の扉を振り返る。
入ってきた扉の向こうに広がるのは無機質なボス部屋で、視線を戻した先は、赤絨毯が敷かれ。壁に据え付けられた燭台のロウソクには火が灯る。漫画に良くある金持ちの屋敷を思わせる廊下が伸びている。
あまりもの落差にしばらく固まっていたが、人がいる可能性に思い当たり、オレは先に進むことにした。
フカフカの絨毯の上を歩く。
土足でいいんだろうか? 靴を脱いだほうが……と、一瞬考えたが、今履いてるのはスリッパをスッポ抜けないよう紐で縛った内履きで、土足には当たらない……いかん、何か思考がズレてる。
無機質なこれまでの光景との落差に頭が追いついていないようだ。
しかし、それでも警戒は怠ってはいない。
だから、儚げに揺れる蝋燭の火に照らされ、揺らめく影法師。ソコから湧き出るように現れた獣に反応する事ができた。
跳びかかって来る影に対し、拾ったばかりの木製の円盾を叩きつけるようにして迎撃。
硬質な牙と木板が激しくぶつかり、辺りに木片が飛び散る。
敵を弾き飛ばした手応えが有ったので、半ば反射的に詠唱を始め、手に持つ剣の切っ先で方陣を描き、締めの言葉を放つ。
「……よ 嗤え―――火を放てっ!」
中ボスとの戦いで、色々とコツを掴み、今やファイアショットは手慣れたものだ。
淀みなく唱えられた魔法は、期待道理の効果を表し、赤い絨毯を黒に染めるか如き影狼……黒妖犬を打ち据える。
しかし、致命傷には程遠い。
当然だ、火力が低いことは分かっている。だから、魔法は牽制。
方陣を描くのに使った切っ先をそのまま、放たれた火の塊を追尾するように、突き出す。
手応えが軽い……外したか?
いや、違う掠っただけ……いやいや、どうみても直撃したぞ?
紅一点ならぬ、赤く光る眼を除く全身真っ黒な犬っぽい化物。その胴体を確かに貫いたはずだ!
剣撃を外したのなら、切り返せば良い。
当たったのならば、そのまま振り抜けば良い。
何度も何度も死に戻ることで、身体に覚え込ませた単純な二択。それ故に、当たったはずなのに手応えが無いと言うイレギュラーに手が止まる。
そして、その隙を見逃してくれるほどモンスターは甘くはない。
足元に……床に沈み込むかのような……いや、実際に半分以上床に沈んでいる!? ……不味い! 盾を潜られた!?
幾度と無く経験して、馴れに慣れたと言っても、怪我すれば痛く、死ぬのは文字通り……死ぬほど苦しい。
だからオレは全力でソレを避ける!
くっ……脇腹に灼熱の痛みが走る。肉を抉られた。
だが致命傷じゃない。浅くは無いが深くも無い。
しかし、コレで死に戻りは確定だ。怪我の治療法が無く、物資がなさ過ぎて、応急手当すらままならない現状では、掠り傷以上の怪我が、そのまま死に繋がる。
まぁ中途半端に生きながらえても苦しいだけなんで、サクッと散って再起した方が効率的なのが憎らしい。
それでもまあ、ただ死ぬだけでは芸が無いと言うか……無駄死するくらいなら少しでもあがいて情報を得るべきだろう。
だからオレは戦意を滾らせて痛みに堪え、剣を引き戻しバーゲストを睨みつける。
さあ攻略方を考えろ。
観たこと感じたことを思い出せ。
当たったはずの剣がすりぬけた……物理無効か?
いや、相手からの初撃を盾で防げたから、それは無い。
ならば剣無効? 刃物無効? 通常武器無効? ……ゲームなら良くある仕様だが、違う気がする。
コレは現実だ。
非現実的な魔法なんてものが有っても、ゲーム様に単純なハズはない。
だとしたら答えは……。
「……来いよ化物。牙なんて捨てて、かかってこいっ!」
オレは軽口を叩き、敢えてフラグを立てた。
言葉が分かるわけではないが、オレはモンスターの意思が、なんとなく理解できる。
それは逆もまた真。
バーゲストが唸りを上げる。
オレの言葉は伝わらなくても、意思は伝わる。
「……来いよ化物。牙を折られるのが怖いのか?」
だから“挑発”も通用する。
不快に顔を歪め、一際大きな咆哮を上げ襲い来るバーゲストの牙と、迎え撃つオレの剣が交差して火花が散る。
一拍置いて、牙を砕かれたバーゲストがドサリと崩れ落ちた。




