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「……………」
無言でドアを閉じる。
まて落ち着こう。
ここはオレの部屋。自宅であり自室であり、二階建て一軒家のマイルームだ。
ドアの向こうは板張りの廊下。
正面の壁には安物の絵画が掛けてあり、隣の部屋には妹が居て、その向こうが一階に降りる階段になっている。
―――はずだった。
軽く息を呑み、ドアを開ける。
正面に見える壁は、剥き出しの石壁。
苔が生え、ところどころひび割れた年季の入った壁だ。
右を見る。
妹の部屋のドアは無く、奥にある階段も無く。さらに奥へと続いている。
左を見る。
本来なら行き止まりで、小さな棚に花瓶が置かれ、母の好きな花が飾られているはずだが……何も無い。
何も無いと言うか、壁が無い。代わりに通路が伸びている。
奥の方は暗くて良く見えない。
「……………」
ドアを閉じる。
「……………」
ドアを開ける。
「……………」
ドアを閉じる。
「……………」
ドアを開ける。
「……………」
ドアを閉じる。
二度見どころか三度見、四度見しても風景は変わらない。
「なんじゃこりゃー?!」
――――
―――
――
取り乱し、ひとしきり騒いだ後、呆然として力なく部屋に座り込む。
いつまでそうしてたか、不意に……くきゅぅるる……っと、腹が鳴った。
「夢……じゃねえよな……ははっ……クソがっ!」
壁ドンならぬ床ドンしても反応はない。
いつもなら階下の母親から怒声が飛ぶか、妹から壁ドンされるところだが、全く反応がない。
窓から出ようにも、窓の向こうは壁だ。
蛍光灯をつけてよくよく見てみると、ドアの向こうと同じような、冷たい石壁で塞がれていた。
助けを呼ぼうとスマートホンを起動するも圏外表示で使えない。
状況はさっぱり分からないが、出入り口は一つで、その先に広がるのは未知の道だけだ。
思い当たることは何もないが……寝る前にネットで見た。まとめサイトで話題になっていた、異世界モノの携帯小説が脳裏を過った。
「いやいやいや!? ねーよ!」
勇者として召喚された?
ゲームの中に入った?
異世界転生?
神かくしに遭った?
―――幻覚幻聴、オレの気が狂っただけ?
様々な状況を思い浮かべては、仮定と否定を繰り返す。
そうやって思い悩んでると……ぐきゅぅるる……っと、再度、腹が鳴った。
時計を見ると12時を回っていた。
これが夢でも幻覚でもないなら……オレは、いずれ餓死する。
一階に降りれば台所に冷蔵庫が有る。
降りなくても、隣の部屋に入れば、妹が買い置きしてるお菓子が有る。
だが、オレの部屋に食えるモノは無い……せいぜい、飲みかけのミネラルウォーターが一本、机の上に置いてあるくらいだ。
ドアの向こうがどうなってるのか分からない。
戻ってこれるかも分からない。
だが、何もしなければ死ぬだけだ。
だったら動けるうちに……今のうちに探索してみるしかない。
「男は度胸! 女は愛嬌! オカマは最強! ってな……!!」
やけくそ混じりに、どこかで聞いた迷言を叫び、己を鼓舞する。
そしてオレは、ペッドボトルの水を飲み干し、ドアを開け。
未知なる世界へと踏み出したのだった。
―――その直後。
意気揚々と通廊を曲がったところで、緑の醜悪で矮躯な怪物に襲われ……オレは死んだ。