<16>
此の世に存在しうる地獄は多い。
血煙舞う戦場。
大旱魃からの飢饉。
死に至る伝染病の蔓延。
貧困による犯罪と暴動。
魔物の大暴走による蹂躙。
数ある地獄のような場所で、もっとも危険で悍ましいと称されるのが……魔宮である。
神の試練と称される迷宮とは違い。
人類にとって害悪でしか無い存在、それが魔宮だ。
なぜならば魔宮の作り手は、神ならぬ悪魔。
そう、魔宮とは、言葉の意味通り……。
―――魔の住まう宮殿なのである。
魔宮の造形は多肢に渡る。
地を脅かす空中要塞。
天に楯突く尖塔。
母なる海を犯す海底城塞。
陸海空、遍く汚染するかの如く、魔宮はいかなる形にも姿を変える。
その中でも、最も数多いとされるのが……地下迷宮であった。
「……術式は正常じゃ」
「……老師、魔力回路の点検が終わりました」
「……真核への迂回路の接続を確認」
「……秘跡……起動。老師様、準備出来ました」
「……術式介入を開始します」
数多の地下迷宮の中でも、最も巨大で凶悪とされる魔宮が有る。
それは魔王自ら造ったとされる大迷宮……。
「うむ……順調じゃな……あとは何処まで、改竄できるかじゃな……」
“万魔殿”と称される魔の坩堝。
当世の勇者が唯一、攻略しなかった……攻略出来なかった不可侵の迷路。
そんな、余人には挑むことすら許されない。恐るべき大魔宮の前に立つ者たちがいた。
当世随一の魔法遣いと、その弟子たちである。
―――彼らの目に怯えはない。
地に刻まれた強大な魔法円と周囲に精緻に刻まれた魔文字。
要所に設置された触媒と、複雑な術式が組み込まれた魔法装置。
宙に展開されるは複雑怪奇な立体型複層式魔法陣。
それらを束ねるのは、貴色である紫のローブをまとう。老師と呼ばれる大魔法遣い。
“生死を分かつモノ”と称された勇者一行の一人。生涯最後の挑戦が始まる。
「では、始めようぞ……真理の塔の長……。
―――ブライトン・ブラムスターの名において命ず!
「……輪唱。嘆くもの、哀れなるもの、救われたくば……唱和せよ」
「……追唱。罪深きもの、罰を受けしもの、許されたくば……唱和せよ」
「……合奏。悍ましきもの、嘲笑われしもの、貶されたくなくば……唱和せよ」
「……斉唱。理に生きるもの、情に生きるもの、生に迷いたくなくば……唱和せよ」
「「「「―――閉じた世界よ……自滅せよっ!」」」」」
それは、偶然であり、必然であり、自然な成り行きであった。
―――世界が揺れた。
魔王の遺志。
魔法遣いの思惑。
そして、ごく普通の高校生の意思を問わず。
理は、法則に沿って、答えを出す―――
[非管理者ブライトン・ブラムスターより要請がありました……“success”]
[魔宮パンデモニウムに要求……“success”]
[真核の軌跡を参照……“access start”]
[真核の軌跡に介入……“success”]
[魔宮パンデモニウムの管理者に通達……“error”]
[管理者“****”からの応答がありません]
[“Guest”からの“Access”を遮断します……“error”]
[ンkhンbリュイ;オgfcンkぐdjぬg……“warning”]
[致命的なエラーが出ました……儀式を強制終了します]
―――こうして、この世界にまた一人。
“主人公”が生まれた。
―――――
―――
――
絶望の底から奇跡的に生還……死に戻りしたオレだが……新たな絶望に包まれている。
ははっ……そりゃそうだ。
ココが安全地帯だと、そんな保証なんて有るわけが無い。
悪夢から覚めて、爽やかに目覚めたオレの目に飛び込んできたのは……ぐちゃぐちゃに荒らされた自室だった。
どうやら、オレが3Fの鬼の城塞に囚われていた間に、モンスターが部屋に侵入して、荒らすだけ荒らしていったようだ……。
備蓄しておいた武器は無く。
タンスや机も荒らされ、着替えの服も、ろくに残っていない。
しばし唖然としていたが、唐突に、くくく……はははっ……あーははははっ!!! ……と三段笑いを決めた後、オレは立ち上がる。
―――ああ、良いだろう。
―――良いさ。
―――奪われたなら、奪い返せば良いっ!
―――荒らされたなら、荒らし返せば良いッ!!
―――殺されたならっ! 殺し返せば良いッ!!!
度重なる鬱憤は限界を超え、ついにブチ切れたオレは、残骸の中から適当に拾い上げた木片を片手に部屋から飛び出したのであった。




