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ギィ、とドアが軋んで開く。白い狼の毛皮をかぶった人物が、燭台で照らされた薄暗い部屋に入った。
「余計なことをするな、風白狼」
扉が閉まると、重々しい声が部屋に響く。狼の人物は声の主を見やった。そこにいるのは、同じく赤いライオンの毛皮をかぶった男。
「やだなあ。これは同胞の誘致ですよ、赤獅子さん」
ひどく軽い調子で、狼の毛皮をかぶった女性は笑った。その調子に、横で見ていた女性がため息を吐く。その女性も、青いドラゴンを模したかぶり物姿だった。
「相変わらず図太さは健在ね」
「その上『それが取り柄ですから』なんていうんだろう?」
「よくご存じで」
亀の甲羅に似た甲冑を着込んだ男が、ドラゴンの女性に同調した。そんな彼らの言葉を気にした風もなく、狼の女性は見えている口元だけをつり上げる。じっとその様子を睨んでいた“赤獅子”は、ふんと鼻を鳴らした。
「まあいい。ここに集めたのはじゃれあいのためではない。風白狼、お前にも重要な仕事がある――」
*****
僕のいる傭兵学校は国の軍隊から独立している。そもそも国家の運営とは関係のない、私立学校だ。だから独自で経営を行う『ソルダ自治委員会』があり、実はそれが国の軍隊にとって悩みの種であると聞いたことがある。後者は噂程度の情報で、特に気に懸けたことはなかった。つい先ほどまでは。
喧騒の聞こえる外の光景を、窓からそっとのぞき込む。外では黒と青とが入り乱れていた。青いのは国家の軍服。軍隊がこの学校を蹂躙しようとしていた。黒い服の、僕ら生徒側が押されている。傭兵学校といっても、大半は僕らのように実戦経験がない。だから上級生だけが応戦している状況で、そもそも数の点で負けていた。
どうしてこんなことになってしまったのか、僕にはわからない。ただ気付いたら大軍が押し寄せてきていて、僕ら下級生は避難させられていた。あの軍勢が入ってきたらどうなってしまうのだろう。そんな不安ばかりが募っていく。
突如つむじ風が巻き起こった。その風は木々を揺らし、侵入してくる青を吹き飛ばす。人の壁が開けてできた空間に、白い影が降り立った。狼だ。動物のそれではなく、毛皮を頭からすっぽりとかぶった人物だった。敵とも味方ともつかぬその人物は、生徒達を守るように軍隊と対峙した。
「私はソルダ自治委員会・四天が一人、風白狼! 有事にあたって馳せ参じた!」
はっきりとした声で狼の人物は言う。毛皮のせいで顔は見えないが、女性の声だった。
「四天だって?」
「“風白狼”なんていたか?」
僕の周りでざわめきが起こる。“四天”というのは自治委員会のトップにいる四人組で、“赤獅子”を筆頭に戦闘においても実力者達がそろっているということは、この学校での常識だ。だがあの狼の人物は、今まで見たことがない。
「まさか、四天最後の空白――!?」
誰かがそんなことを呟いた。それで僕もはっとした。僕らが知っている四天は、三人だけなのだ。四人目がいるらしいと言われつつ、容姿も名前もまったく不明だった。だから、あそこにいるのは――
「こうも侵入者にやられっぱなしでいるわけにはいかないからね、これ以上来るなら私が相手するよ」
風白狼と名乗った狼の人物はひらひらと手を振った。緊張感のない、軽い口調だ。
「たった一人で、戦場を変えられると思うな!」
怒号が飛んだ。ひるんでいた軍隊がまた攻め込んでくる。刹那、悲鳴が上がり、青の軍服は皆倒れ込んだ。風白狼は何かしているようには見えなかった。見えない刃が突如として軍隊に襲ったようだった。突撃を指示した敵のリーダーの顔が歪んだのが、ここからでもわかる。
「こう見えても四天の端くれだよ? 簡単に落とせるなんて思わないで欲しいな」
言い終わらないうちに、風白狼の周りにいくつかの小さな竜巻が起こった。彼女はけらけらと笑っている。わずかに覗く口元を見なくても、声の調子ですぐにわかることだ。戦闘など起きていないかのように、ひらひらと手を振る。
「早く帰りなよ。どうせあなたたちの役目なんてもう終わってるんだから」
「言わせてけば…! 構うな! 予定通り侵攻しろ!」
号令がかかり、青が再び押し寄せてきた。だがその瞬間、風白狼が動いた。つむじ風を巻き起こして突撃し、豪快に蹴散らしていく。風が収まったときには、折り重なるように倒れる人々と、その中で一人立つ風白狼の姿があるだけだった。地面は血で赤黒く染まっているのに、彼女がかぶった毛皮はなおも白く輝いていた。
嘘泣ぴえろさんからのリクエストで「白い狼(風属性)が出る話」でした。
この話は最近考えたものではなく、創作を始める前に頭の中にあった物語のうちの一つです。
なので、設定が荒いかもしれません。
作中に私の現在のHNである「風白狼」が登場しますが、もともとここで出てきたキャラのコードネームでした。それを流用しているんです。
こんな感じですが、如何だったでしょうか?