有権者・川里俊生
2010年7月8日。長崎駅前。
「7月11日、参議院議員通常選挙の投票日です!」
「みなさん、民主党に投票して、衆参のねじれを解消しようじゃありませんか!」
「この一年でわかったでしょう、民主党に政治運営能力はありません、自由民主党をよろしくお願い申し上げます!」
「自民、民主、この二大政党の時代は終わりました、社民党の時代です!」
三台の選挙カーがそれぞれの主張を叫んでいる。その横を一台の長崎バスが邪魔そうに抜けていった。もちろん運転手は「奴」だ。
2110年7月7日。七夕。僕の今年の願い事は「なんとかしてくれ」だった。
落語家「それじゃダメじゃん春風亭昇太です!」
いつの間に家に上がりこんだ⁉
2010年6月2日。川里は神の島教会下バス停まで寝ていた客に飲みに誘われた。飲みに誘うぐらいだから初対面ではなかった。西浦上中学校時代の数少ない友人のひとり、虹京子である。にじこちゃんの「虹」と、くじたろうの「鯨」から名前がきていることを突っ込んではいけない。
虹「私、選挙に出る」
川「はあ?」
虹「覚えてる?2003年の夏の日のこと」
川「2003年?」
虹「覚えてないの⁉」
2110年6月1日。梅雨入り。登校中にカッパがはしゃいでいた。
2003年6月31日。川里は当時高校2年生だった。晴れが続いた暑い夏だった。
「川里、ちょっと寄り道せん?」
彼は魚津浩二。川里と同級生だった。
川「いや、今日は用事あるから・・・明日な」
魚「そお?じゃ明日な!」
2110年6月2日。雨でサッカーできなかった。暇なので図書館に行くことにする。
2003年7月1日。
魚「かーわーさーとー約束通り行くぞー」
川「はいはい」
魚津が見つけたという「ゆっくりコーラが飲める穴場」とやらへ向かった。
忘れもしない、築町パーキングビルだった。
2110年。館内に防犯カメラを発見。カメラ映りを気にして法律関係のコーナーに行ってみる。漢字が読めるやつを取っておこう。「これでいいのか少年法」これだこれにしよう。
落「これじゃダメじゃん春風亭昇太です!」
また出た!
2003年。虹と途中のバスで鉢合わせした。
魚「なぜお前も来た」
虹「いいじゃん川里くんに会うの西中卒業以来なんだから」
魚「確か当時は川里をサンドバッグにしてたよな」
川里の黒歴史だ。
虹「先に誰かいるみたいだよ?」
魚「はあ?俺の場所奪ったなあのガキ」
川「そこまで言わなくても」
魚「おい!どけ!」
2110年。向こうの世界、長崎市における事例があった。興味があるから少し読んでみよう。
2003年。
魚「・・・」
川「・・・」
虹「・・・・・・・」
魚「三三七拍子!」
川「そーれ!」
虹「現実から目を背けない!」
先客は動かなかった。いや、動けなかった。
川「死んでる」
川里自身、自分でも意外なほど簡単にその言葉を放った。
2003年7月1日、長崎市築町パーキングビル屋上から、当時4歳の男児が転落し死亡した。
魚「け、警察!警察だ!」
魚津は完全に気が動転していた。虹も同様だった。普通の人間なら当然だろう。しかし、その場に一人だけ、こういう非日常のものは見慣れたかのような態度の人間が、確かにいた。
2110年。僕が興味を持った事件は、長崎市男児誘拐殺人事件、通称「駿ちゃん事件」というらしい。漢字は読めない。
落「それじゃ」
言わせねえよ⁉
2003年。川里がこの件に関して衝撃を受けたのはずっと後だった。それは、男児の転落は事件だったこと、犯人は川里が卒業した中学校の生徒だったこと、そして、少年に言い渡された判決が、とても軽かったことだ。特に九州大学法学部を志望していた虹にとっては、この判決はどうしても許せなかった。
2110年。雨が上がった。図書館を出ると、カッパがひからびて倒れていた。落語家は座布団をあげたら帰った。
2010年。川里がやっと思い出した。
虹「やっぱりあの判決は許せない、少年法を廃止するべきだと思う」
川「へぇー、で、どこかの党から後援してもらうのか?」
虹「いや、無所属で」
川「なるほど、頑張れ」
その後、虹議員が誕生したというメールが川里に来た。しかし、国会では無所属の意向はほぼ無視されているらしい。虹議員は自分の意見を聞いてもらうため、新しい政党をつくる予定だ。虹議員に賛同する家庭持ちの議員も多数いるらしい。




