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第三話


 私の耳に、ガラスの割れるような冷たい音が響いた。

 と、ほぼ同時に宮岡君が地面に倒れた。


 ・・・・・・城正学園三年の現生徒会長、沼田千鶴。


 私は、この昼休みを利用して仕事を終らせようと、自慢の手入れされたピンクの髪と大きな胸を揺らして、唯一印刷機のある一階の職員室に、三階にある生徒会室から降りてきた。

 そうして印刷も無事おわり、十数枚のプリントを持って、生徒会室に帰ろうとしたところに、階段から駆け下りてきた男の子とぶつかった。


 彼は宮岡隆史、年は私の一つ下で、彼が入学した当初からの男友達、市長の孫というのを知ったのはそれよりちょっと後だった。

 当時は何かと悪目立ちする新入生で、この島では結構顔が広く、すごい子が来ちゃったなぁ、と、前の生徒会長とため息をよく吐いたものだ。

 それに、本人はあまり喋りたがらないのだが、私が会長に立候補したとき、彼も副会長に立候補してくれた。

 校長を出し抜きたい私としては、校長を嫌ってる宮岡君が副会長になってくれるのは、またとないチャンスだった。

 ならなかの良い早姫ちゃんや、宮岡君の友達の桝田君もさそって、生徒会を本陣にしようと宮岡君が提案してくれた。

 

 そんな、宮岡君が、まるで私にぶつかったのも気づかない様に走っていく。

 そして、私は忠告としていじめてやろうかと、声をかけが、


 「グッ・・・・・・」


 と、突然苦しそうにこめかみを押さえ込んだ。

 その様子をみて逆に心配になって、


 「どうしたの宮岡君?」


 と声をかけるが、これも完全にスルー。

 彼は、何かを落とすように頭を振ると、そのまま校庭へ飛び出していった。


 「私の言葉を完全スルーとは、肝が据わってるわねぇ」


 そう言って私は、持っていた数十枚のプリントの存在も忘れて、靴を履き替え、あちこちにガタがきている木製ガラス戸を開こうとすると、明らか不審者らしき黒衣の男と隆史が対峙しているのが見えた。

 誰だろう?

 と、私が首をかしげたとき、黒衣の男は目に見えない速さで宮岡君の懐に入り込み、宮岡君の頭、正確にはおでこの辺りに、まるで熱でも測るように、そっと手をあてた。

 そのコンマ一秒後、40メートル程離れている私の場所まで、ガラスの砕けるような澄んだ鋭い音が届いた。

 耳を貫く程の音源で、宮岡君はうつぶせに倒れた。



 気が付くと、私は気を失った宮岡君に駆け寄り、黒衣の男を睨みつけていた。

 確信はないが、宮岡君を傷つけたのはこの男だろう。


 「あなた、宮岡君に何したの!」


 そう叫ぶと、男は、


 「・・・・・・それにしても本当に、小さな男だよ」


 といって、姿を消した。


 男は、消える瞬間まで宮岡君を見ていた。



   *

 「・・し・・・・・・たかし・・・・・・隆史」


 自分を呼ぶ声を聞いて、俺は重たいまぶたをゆっくりと開いた。

 白い天井と、その部屋を区切る薄緑のカーテンが視界に入る。理由はわからないが、俺は保健室に居るらしい。

 壁にかかっている時計を見る限り、今は6時限目の授業中ということがわかった。 

 白い蛍光灯に目を細めながら声の主を探すと、瞳に大きな涙をためている少女の顔が、すぐ隣にあることに気づいた。


 「早姫・・・・・・」


 と、俺はどこか痺れる手で、早姫の手を握り返した。

 早姫は、俺の手に力が入ったことに気が付くと、突然、


 「あぁ、隆史ぃ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 訳の解らぬまま、思いっきり抱きつかれた。

 俺が、早姫が抱き付いてきたことに内心ドキドキしていると、その隣に居た会長が、


 「あんたが突然倒れるから、早姫ちゃんってば、午後の授業抜け出して、今までずっと隆史の手を握ってたのよ」


 「え・・・・・・俺いつ倒れたんだ?」


 この保健室に横になっているのも充分不思議な出来事なのに、倒れた記憶なんて皆無だった。

 そうすると会長は、俺の心を見透かしたように、


 「あんた覚えてないの? 魂が抜けてるみたいで、黒衣を着た男に何かされたんじゃない」


 といった。

 そうして、俺の頭に、昼休みの出来事がフラッシュバックしてきた。

 ――もう一度忘れてくれ――

 まただ、また亜人に記憶を消された。どうやって記憶喪失にさせられたか解らないが、忘れていてくれと言ったのだから間違いないだろう。

 

 「あぁ、思い出した。嫌な予感がする。あの亜人が人の多い昼休みに学校に居ることがどうしても不思議に思える」

 

 昨日の晩の出来事を思い出しながら、そういって、さりげなく俺は、心配さしてしまった早姫の頭を軽く撫でた。


 「私も、あんたをここまでつれてきた後、その・・・亜人だっけ、そいつを見なかったか? とクラスメイトに聞いてみたんだけど、そんな奴見た記憶がないだって」


 会長は、そう言うと、さらに人差し指を立てて、


 「あんたの不思議を解く鍵の一つがこのことだと思うんだ。誰も見た記憶がない。つまりそれは・・・・・・」


 「俺と同じく、部分的に記憶が消されている。ってことか」 


 「たぶんね、そこで・・・・・・」


 と、言いかけた会長を俺は止めて、


 「この話はもっと安心できるところでしよう」


 「じゃあ、校長とかのいない学校の外がいいわね」


 「あぁ、校長と亜人が手を組んでいる可能性もあるしな」


 と、俺と会長は相談していると、ようやく涙をふき取った早姫が、


 「どうして隆史も千鶴さんも、そんなに頭良いの?」


 と、疑問を投げかけてきたが、会長は、


 「えぇ、こういう方面の回転は速いのよ」


 「ははは、会長はずる賢いからなー」


 「あはははは~。そうなのよ~」


 「うぎゃぁー痛い痛い痛い」

 

 「策士といいなさい」


 寝ているままの俺を押さえて、会長は笑いながら、思いっきり足の裏をつねってきた。


 「会長は策士なんだ、すごーい」


 そんな俺を傍らに、早姫は会長に、よく解らない羨望の眼差しを送っていた。

 俺の心配をしてたんじゃなかったのか・・・


 「ま、まぁ、話戻すけど」

 

 「ええ」


 会長は、すぐ俺のほうに向き直ってくれた。話が早くてとてもたすかる。

 そして俺は、パッと周囲を見渡し、誰も居ないことを確認して、こういった。

 

 「和也さんのペンションが一番良いと思う」


 

  *

 「もうちょっとで、和也さんのペンションが見えるはずだ」


 学校から出て、島を一周す国道を南に行った所に、仁の兄が営むペンションがある。

 もう五時をまわっていて、日は傾きだしたばっかりだったが、夕日が綺麗に空を染めている。

 昼間の暑さが残るアスファルトを、俺と早姫と仁と会長は、いつものように雑談しながら歩いていると、島唯一のペンションに到着していた。

 カランカラン、と扉を開け、俺は、


 「久しぶり和也さん」


 と、カウンターにいる和也さんに声をかけた。


 「いらっしゃい。よお隆史。とうとう彼女が出来たのかい?」


 「んな訳ねぇだろ」


 「なんだ、早姫ちゃんに千鶴ちゃんどのどっちにするか決めたと思ったのに」


 ほんとに、和也さんはこういうことばっかり話題にしてくる。

 けど、なぜかそれが嫌みにならず、逆に人気者って所は見習いたいところである。


 「に、兄さん。僕もかなり久しぶりなんだけど」


 「なんだ、仁いたのか。俺には早姫ちゃんと千鶴ちゃんしか見えてなかったよ」


 「ひどっ!」


 「まぁまぁ仁。落ち着けって」


 俺は、一応止めておく。

 この兄弟は、別に仲が悪いわけじゃないけど、仁はよく突っかかってるからだ。

 

 「それより、あんたたちここに来た理由忘れたの?」


 と会長が言うと、


 「え? ここのトロピカルパフェを食べに来たんじゃないの?」


 と、早姫がまた見当違いなことを言い出した。

 俺は、あきれて、会長に何とか言ってもらおうとすると、


 「早姫ちゃん、もちろんじゃない! マスター、トロピカルパフェ2つお願い」


 「了解」


 ・・・・・・なにか俺の知らないところで、目的が90度ぐらいそれてるような気がする。

 いや、確実にそれてるよね・・・・・・


 「おいおいおいおい! 会長こそ、ここに来た理由忘れたのか」


 「は~、解ってるわよ。トロピカルパフェでも食べなきゃやってられないのよ。ねー早姫ちゃん」


 「ね~」


 ダメだこいつら、早く何とかしないと。

 俺は、味方を増やそうと、

 

 「仁。お前もなんとかいってやれよ」


 そういって、仁のツッコミを期待したが、


 「どうせ僕なんて、名前だけの生徒会役員ですよ・・・・・・」


 無視されたのもあってか、ドーンと、かなり深い影に覆われていて、机に突っ伏していた。

 

 そして結局、生徒会会議は、会長と早姫がトロピカルパフェを、半分ほど食べたころに始まった。


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